第六十九話
「た、タイマンだぁ……?」
動揺を押し殺しつつ(殺せてないけど)エッジは強がりを見せながら言ってくる。
俺はお構いなしにずかずかと距離を詰めていく。
「そうだ。タイマンだ。お前と俺のな」
「はぁ? んだそりゃ」
エッジは怪訝になりながら、不機嫌な表情を見せた。まぁ分からないでもない。フツーならアマンダが主力になるはずで、アマンダがエッジと戦うと思うだろう。
俺も最初はその想定だった。
アマンダが鍛えてくれと言ってきたので、実戦経験を積ませて対処させつつ、適時俺とポチが盾を剥がしつつフォローをいれる。そんな想定だった。後衛のニコラスとセルゲイは相手後衛の妨害だ。
だが、そんな小賢しい真似はやめだ。
コイツは俺の逆鱗に触れたんだ。万死に値する。とはいえ、学園生活のこともあるし、メイからの懇願もあった。ということで、こうして周囲には見えないフィールドを展開したのだ。
わざわざお膳立てしてやったとも言う。感謝してほしいぐらいだな。
「かっかっか! マジかよお前、この俺に勝てるってか?」
「ああそうだ、こいつを忘れてた」
「おいこら無視してくれてんじゃねぇぞ!」
更に無視しつつ、俺は腰に巻いていたポーチから四つの菱形の小さいボックスを地面に転がした。
直後、ばちっ、と音がする。
異変はすぐにやってきた。
「なんだ? ショックアブソーバーが……」
「一時的に妨害する
「んだとコラァ!」
相手が気付くより早く煽ると、案の定エッジは頭に血を昇らせて暴言を吐いてくる。
少し考えれば分かるんだけどな。コピー不可能な古代の
もちろん売られているはずはない。俺が偶然作れてしまったものだ。魔力をバカに食う上にそれだけの機能なので、使う機会はないと思ってたけど。
俺は野蛮に笑いながら、模擬戦用ではなく、木製のナイフを抜く。切断能力はないが、《クリエイション》で造ったものだ。
とはいえ、殴れば当然痛いし、下手したら骨折くらいはするだろう。
それを見て、エッジは怯むように後ずさった。
「やるんだろ、タイマン。それとも怖じ気付いたか」
「んなわけねぇだろ、殺すぞ!」
「じゃあ決まりってことで。まぁ安心しろよ。殺すことはしないからさ。あ、でもお前は殺す気でこいよ? ……──じゃないと、遊びにもならねぇからな」
そう挑発してやると、エッジはぶちギレたように全身から凄まじい魔力を迸らせた。そして両手両足に炎を宿す。
そうだ、それでいい。全力でこい。その上でぶっ潰さないと俺の気がすまない。
「死ねコラァァァアアアアア!!」
火炎を迸らせ、エッジは突っ込んでくる。
なるほど。踏み込みは悪くないし、スピードもある。しっかり身体を鍛えている証拠だろう。
だが、その程度だ。
俺は半身になって突き出された拳を回避。連動させて踏み込みながら回転。バックハンドブローでエッジの側頭部を撃ち抜いた。
「っがっ……!?」
衝撃に呻きながら、エッジはその場に崩れる。
そこを狙って、顎を蹴りあげてやった。そして跳ねあがった頭を片手で掴んでそのままアイアンクローへ入る。
ミシミシ、と骨の軋む音がした。
「あっだだだだだだっ!?」
激痛に悲鳴をあげるが、エッジは抵抗するように拳を握り、炎を俺にぶつけようとしてくる。
ほう、やるな。
俺はすぐにアイアンクローを解除し、バックステップで躱す。
「やってくれんじゃねぇかゴラァァァァァアっ!」
瞬間、弾道のようにエッジは地面を蹴って飛び込んでくる。
俺は素早く迎撃の姿勢を取ると、エッジは片足で着地し、斜めに方向を切り替えながら潜り込もうとしてくる。
反射神経が鋭いな。
これはアマンダよりも強い。
本能的に判断しつつ、俺は後ろに下がりながらナイフを投擲した。鋭い狙いで相手に向かう。
「そんなもん、ソッコーへし折ってやる!」
素早い反応でエッジは拳を振り上げるが、ナイフは急に俺の手元へ戻った。
糸だよ。ナイフの柄に糸をしばりつけて、そのまま手元に引き寄せただけである。
「──は!?」
意表をついた瞬間、俺は懐へ潜り込んでいて。
ナイフをエッジの脇腹に叩き込んだ。
「ぎゃああっ!?」
地面に叩きつけられても、エッジは激痛に脇腹を抑え、悶えている。骨は折らない程度には加減したが、だからこそ衝撃が腹に残って痛いのだろう。
けどそんなもん、メイが受けた痛みに比べれば。
「何してんだ、起きろよ」
俺は睥睨しながら言ってやる。
すると、まだ戦意が残っているらしく、エッジはなんとか起きようとしてくる。
「て、めぇ……」
悪態つきながら、エッジは睨んでくる。
これは――わざとだな。
「死ねっ! 《エアロカッター》!」
飛び起きながら、エッジは魔法を放ってくる。不可視の刃が至近距離で放たれてくるが、読んでいたのであれば驚くことはない。
「《クラフト》」
俺は冷静に魔法を発動させ、風の刃を防いで見せる。
唖然としたのはエッジだ。まさか防がれると思ってなかったのだろう。まして、光魔法の防御魔法ごときで。
俺はその隙をついて、一瞬で肉薄してナイフを突きつけた。
「これでもう、何回死んだかな?」
「テメッ……! っがっ……!」
「お前はメイを苦しめた。その報いは存分に受けて貰うぞ」
そのナイフで顔面を殴り飛ばし、俺は低い声を放つ。
「覚悟しろよ。ちょっとやそっとで終わると思わないことだ」
「んな、なにをっ……」
俺は一歩前に出る。同時に、殺意を全開にした。
物理的な圧力を与えるほどの威力のそれは、エッジを震え上がらせた。だが、エッジはそれでも魔力を高めてくる。
「だったら、だったらぁぁぁっ!」
エッジが地面を蹴る。伸び上がるような動きで俺の顔面を狙ってきた。
直後、膨大な風が拳に集められ、暴風となる。
直撃を食らえばただでは済まないだろうが、甘い。
「《クラフト》」
再び出現させた見えざる壁に阻まれ、拳が俺の目の前で止まる。唸る風は霧散し、一部は反発してその突き出された拳へ威力を叩き込んだ。
ごきっ。
鈍くこもった音。それは、エッジの拳を砕いた音だ。
見事に指は折れてあらぬ方向にまがり、それだけでなく手首もだらんとなっていた。これは、前腕部くらいまで骨折したか?
「あっがあぁあぁっ!?」
苦痛の悲鳴をあげ、エッジはその場で膝をついた。
「最近さ、俺、
俺はその一つを懐から取り出す。単なる手のひらサイズのボックスだ。それをエッジの折れた手にぶつける。
「例えば」
言いながら魔力を注入すると、ボックスは淡い光を放ち──急速にエッジの拳を再生させる。ボキボキと音をたてながら骨折が強引に修復され、傷ついた細胞も新しい細胞へと生まれ変わっていく。
皮膚がぼこぼこと沸騰するように泡立ちながら再生していく様はちょっと気持ち悪いな。
「────────っ!?」
エッジが声にならない悲鳴をあげ、その場に転げ回る。
この
これは参考にしている文献と同じものだったから知ったが、真実だったようだな。
未だ転げ回るエッジを睥睨しながら、俺は構える。
「どうした? なんでこんな目にとか思ってるツラだな。けど当然だろ。お前はメイを苦しめたんだ」
「っが、はっ、くっそがぁ……」
涙を流しながら激痛に苦しむエッジは、まだ敵意を俺にぶつけてくる。魔力もまだ集まってきているな。
大した戦意である。
だったらそれを全部折ってやる。
「おおおおおおおっ! 炎王絶拳っ!」
再生させた腕とは反対の腕に炎を纏い、エッジが殴りかかってきた。本人適性が火だからだろう、かなりの高熱だ。
相当な自信もあるのだろう、エッジは捉えた! と今にも喝采をあげそうな表情だ。
じゃあ、折るか。
俺は急速に魔力を練り上げて
「《フレアアロー》」
じゅわっ!
音をたて、エッジの腕は炎ごと溶けた。
「…………あ?」
肘から先を失ったエッジが呆気に取られる。
「どうだ。初級魔法で腕ごと消された気分は」
「な……な……んで……っ」
「はい再生な」
「────────ィィッッ!?」
また生々しい音を立て、腕が生えてくる。
なんか、ナ○ック星人みたい。
「そうそう。俺、今後のために自分の戦闘スタイルを確立したくてさ、色々と模索もしてるんだよ。ちょーっと練習台になってくれよ」
魔力を周囲に浸透させ、地面に埋まっていた礫を浮遊させる。
一つや二つではない。十や二十だ。
「あっがああっ!」
それらが一斉にエッジの全身を殴る。文字通り全方位からの攻撃で、倒れることさえ許さない。
色んな場所で骨が折れ、出血するが、構わなかった。
「安心しろ。道具がなくなるまでは再生してやるから」
そして、悲鳴が上がった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
試合終了の合図が鳴る。
俺は風の魔法で霧を飛ばしながら離脱した。
霧を全部吹き飛ばすと、エッジのチームは全員倒れていて、俺たちは全員無事だ。
俺は静かに教官を見た。
「あ、ああ。試合終了だ。アマンダチームの勝利だな」
教官はフラッグを上げてそう告げた。
霧のせいで何が起こったのか、観客含めまるで分かっていない様子だった。それでも拍手くらいはくれてもいいと思うんだが。まぁそこまで大番狂わせでもないか?
だが現実としてエッジたちは倒れていて、俺たちは無事。今はそれだけでいい。
「そうだ教官」
「なんだ?」
「途中からショックアブソーバーの調子が悪かったみたいです。お互いにダメージが入ってしまって困ったんですけど」
俺は証拠隠滅のために申告した。
「そうなのか? 仕方ないな、せっかく調整からかえってきたばかりだったんだが、もう一度出すしかないな。怪我とかはないか?」
「こっちは大丈夫ですけど、エッジ君が痛がってましたね」
申告すると、早速教官は伸びてるエッジへ向かい、慌てて救護を養成していた。
ちなみにエッジは俺との戦闘を覚えていない。
これも失敗作で偶然出来た、忘却効果のあるものだ。
これは嫌なことを忘れてストレスを軽減させてやる魔法を応用したものだ。故に、発狂寸前まで恐怖を植え付けた後に使うと忘れてくれる。とはいえ、怖い思いをしたらしいことは残るので、完全に敗北したことは悟るだろう。これでクラス内での偉そうな物言いはマシになるはずだ。
とはいえ、魔力はごっそり持っていかれるし、失敗すると記憶が消えてくれなかったりするので、簡単ではない。というか、二度と作れない。
効果を知ってから何回も作ったけど、結局成功しなかったからな、この道具は。
あー、さすがに危険な橋を渡った。
魔力がほとんどなくなった疲労感を露わにしつつ、俺は安堵のため息をついた。
「よ、お疲れさん」
そんな俺に声をかけてきたのは、アマンダだ。
セリナもすぐに駆け付けてきてくれる。今回は付き人も観戦できるので、メイもだ。少し遅れて、ニコラスとセルゲイもやってきた。
無事に勝つことが出来て、みんな嬉しそうだ。
「さすがグラナダ様ですねぇ、見事なお点前でした」
「よく見えませんでしたけど、気配で何となく感じました。さすがご主人様です」
「まぁ、お前なら出来ると思ってたし」
「「うん、スゴかった」」
とまぁ、そこまではいいとして。
俺はふと視線を移す。そこには、高速でアマンダに撫でまわされているポチがいた。
何故かすごく悲しそうな顔をしている。
「で、アマンダ。何してるんだ?」
「あ、ああ、これか、すまん、止まらないんだ」
一応訊ねると、アマンダは少し鼻息荒く言う。
「こう、なんだ、もふもふでふっかふかでふわっふわで可愛くて白くてっ」
「そ、そうか」
俺は若干どころじゃなく引きながら返事をするしかなかった。
何あの高速移動。俺より速いんじゃね?
「もうしばらく借りてて良いだろうか?」
「それは好きにしていいけど」
「きゃいんっ!?」
「ああ、なんという幸せだろうか。ではしばらく借りるよ」
もはや千手観音のように見える残像をポチの周囲に出現させながら、アマンダは礼を言った。
あれなのか? シーナといいアマンダといい。ちょっと脳みそがアレな連中はみんなポチにハマるな。
ポチの物悲しそうな鳴き声を聞きながら、俺はそんなことを思っていた。