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第六十二話

 俺が模擬戦で勝利したのは、当然ながらクラスに動揺を与えた。
 なんとかテキトーに言い訳して、最後はアマンダが油断しすぎて偶然のクリーンヒットが当たったってことで片付けた。苦しい言い訳ではあるが、目撃者がいないのだから押し通した。
 アマンダはその日、解呪の影響か目を覚まさなかったので、アリシアに連絡して早退させた。アリシアにそう言い訳したから何とかしてくれと言ってあるので、帳尻はあわせてくれるだろう。

 で、俺はと言うと。
 懐疑と好奇の視線に晒されつつ、授業を受け切った。
 休み時間は俺に話しかけてくる奴もいた。

 俺は同じことを繰返し言った後は完全スルー決め込んだが、セリナだけはどうしてもスルー出来なかった。
 だって「話して下さらないなら、ここで伽を……」とか言い出したのである。俺は露出狂ではない。っていうか誰かに聞かれたらどうすんだ。

 まぁセリナは俺の力を知っているしな。
 それでもアリシアのことは伏せてテキトーに伝えておいた。

 それから、セリナからも情報が入った。セリナは立場上誰にでも優しく話しかけるお姫様ポジションを確保しているらしく、色々な情報が入るようだ。そしてアマンダが倒されたことは広まっていないらしい。
 理由は、他のSSR(エスエスレア)の連中が広めないようにしたのだとか。
 格下に負けたとか、沽券に関わるからか? プライドだけは一人前の連中だな。

 まー学園に広まらないなら俺としてもメリットだ。

 かくして俺は、今日もなんとか一日を乗りきったワケで。
 教室を出るとメイが待っていて、俺はすぐに家路へついた。とにかく精神的に疲れた一日だったのだ。

「今日も一日お疲れ様でした。大変だったようですね」
「ああ、うん」

 俺は疲労の残る息を吐いて、そっと夕焼けの空を見上げた。

「今日はさっさと風呂に入りたいな」
「では帰ったらすぐにお風呂を沸かしますね」
「頼む」

 言うと、メイは嬉しそうに頷いた。

「依頼も無事に完遂されたようで、喜ばしい限りです」
「ああ、そうだな」

 あっさり解決できたおかげで、報酬は今日にも届けてくれるそうだ。それを思うと、少しだけ心が軽くなった。
 もちろん今回の依頼も非公式扱いだ。
 公にすると色々とやかましい連中が出てくるからな。俺にも当然やってくるが、アマンダの方にも非難が集中するはずだ。

 もしそれで真相も解明しないといけない、となって詳しく調べられたら、ポチのこともバレるかもしれないし、そうなったらもう収拾がつかない。

 今回の報酬もそれを危惧してか、上乗せされているはずだ。

「それで、報酬って何がくるんでしょう?」
「お金と物資だな」
「物資?」

 おうむ返しに訊いてくるメイに頷いて、俺は懐から小さなデバイスを取り出す。メイはそこに視線を移して驚いた。

「それって、ショックアブソーバー?」
「レプリカだけどな。《クリエイション》を利用してコピーしてみたんだけど、見事に失敗した」

 具体的に言うと、《アクティブ・ソナー》で構造を調べ、そのまま《クリエイション》で作ったのだ。何回か試したが、模倣した物体にしかならない。
 本物であれば、持ち主の魔力に反応するのだが、こいつはうんともすんとも言わないのだ。
 もちろん原因は解っている。

「どうも《クリエイション》じゃあ魔石を生み出すことが出来ないみたいなんだよ」

 そもそも《クリエイション》は俺のオリジナル魔法だ。俺のイメージ力にそって魔力が消費され、物質が生成される。これは周囲の物質を集めて組成しているので、そういうのが豊かに含まれる土壌がないと使えないのが難点だ。
 加えて、俺に詳しい知識がないと再現できない。

 この制約のせいで、魔石が作り出せないのだ。

 魔石というのは、各地の鉱山から算出される、魔力を溜め込んだ特殊な鉱石、としか知らない。
 そんな魔石だが、魔法道具(マジックアイテム)の核になっている。この魔石を加工し、魔法陣を刻むことで始めて魔法道具(マジックアイテム)になるのだ。

「もしそれで作れたら凄いことですけどね」
「魔石は高いからなぁ……特にコイツには純度の高い魔石がいるし」

 純度の高いものとなれば、指先程度の大きさでも金貨一枚する。金貨一枚は一般人なら一年間は暮らせるぐらいの価値がある。純度の低いものでも銀貨数十枚はする。
 これが魔法道具(マジックアイテム)がバカみたいに高い原因である。産出量が多くない上に加工が大変だからとテキストには書いてあった。

 もし俺が《クリエイション》で産み出せたら、もう左団扇確定だったのだが……この異世界、そこまで甘くない。
 まぁそもそもこの異世界は俺に甘くない気が凄くするけど。

「でもコピーしてなんとなく分かってきた。研究する必要はあるけど、なんとかなりそうだ」
魔法道具(マジックアイテム)の作成ですか?」
「ああ。まずは簡単なものを作ってみるところから始めるけどな。早速今日から始めるぞ」

 もちろん生活必需品レベルにまで浸透している以上、一般人でも購入できる魔法道具(マジックアイテム)も多い。
 その場合は、価格を抑えられるように大量生産し、粗悪品に近い魔石が使われている。そのせいで耐久性にも問題があり、定期的な買い替えが必要になるけど。
 俺はそういう安いアイテムから造ることにしていた。

「でも、それなら魔石を買いにいかないといけませんね。今から開いてるショップはあるでしょうか」
「その心配なら要らないぞ」
「え?」
「もう届いててもおかしくない、帰ろう」

 そう言って、俺は家路を急いだ。
 俺の予想通り、帰宅すると玄関には大量の荷物を搬入しようとしている業者がいた。

「わ、なんですかアレ」
「アレがアマンダを助けてやった報酬だよ」
「ああ、物資っておっしゃってましたね」

 俺はさっさと業者に向けて走り、業者に話しかけて荷物を受け取る。
 家の中にうずたかく積まれた木箱は、リビングの一角を占めた。

「ほぇー、何が入ってるんですか、コレ」
「魔石だよ」
「ええっ!?」
「純度の高いやつも低いやつも、とりあえず集めてもらったんだ」

 俺は荷物を見上げてから、早速一つを開ける。
 中にはいっぱいの魔石があった。サイズも不揃いだが、数だけはある。

「こ、これっていったい幾らくらいするんでしょうね……」
「この屋敷が何個か買えるぐらいみたいだな」
「ちょっと頭が痛くなってきました」

 それをあっさり手に入れられるアリシアの財力は凄まじいな。

「とりあえずお風呂沸かしますね」
「ああ、頼む」

 メイはパタパタと風呂場へ向かった。
 俺はその間に、あえて色の塗られている木箱を開ける。ここには本が入っていた。
 アリシアの書斎にあった、魔法道具(マジックアイテム)関連の書籍である。学園のテキストがあまり頼りにならないので要求したのだ。

 俺は早速何冊か手に取り、タイトルを確認して有用そうなのをチェックした。

 もし良いのがあれば、防水加工して風呂場でも読むつもりだ。
 俺は数冊チョイスしてソファに腰かける。

 んー、なんか違うな。

 ペラペラとめくっては置いてを繰り返し、最後の一冊に手をかけた。お世辞にも保存状態が良いとは言えないが、タイトルが「研究日記」とあったので選んだものだ。
 中を開けて、俺はビンゴ、と確信した。

 これは転生者の記した手記のようなものだ。
 彼は俺と同じく魔法道具(マジックアイテム)の開発に着眼し、様々な方法を試していた。
 まずは簡単なものの作成から、高度なもののコピーまで。
 そのたびに詳しく考察されている。どう失敗したか、さえもだ。
 俺は早速読み込んでいく。

 やっぱり、いたんだ。俺以外にも着眼して開発しようとした転生者が。

「ご主人様。お風呂の準備が整いました」

 メイが控えめに呼んでくる。どうやら風呂の支度が出来たらしい。

「うん、入るよ」
「分かりました」

 俺は本を閉じて答えた。
 この屋敷の風呂は広い。浴槽も三人くらいなら同時に入れるくらいだ。
 俺は湯気の立ち込める中、さっさと身体を洗う。シャワーがあるのはありがたい。なんてったって現世と同じ感覚で風呂に入れるからな。

 防水加工を終え、俺は風呂に入って更に読み込んでいく。

 これを記す転生者は、どんどんと追い詰められていく様子が分かる。
 同時に、俺は何が原因でオリジナルの魔法道具(マジックアイテム)が作れないのかを掴んでいた。

 これは――。

「失礼します」

 がちゃ、と、風呂場の扉が開かれる。
 何だ、と思う間もなく、メイが入って来た。

 って、はい?

 いきなりの事態に唖然としていると、メイはバスタオルで身体を隠しながらも、顔を赤くさせていた。

「あの、お背中、流します……」

 と。

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