第六十一話
模擬戦は、学園の保有する広いフィールドで行われる。
ルールは模擬戦用の武器を使用し、相手に致死判定を与えるか、降参させるかで終了だ。
使用できる魔法に限界はないが、威力を限界まで絞られる特殊なフィールド結界が展開されていて、相手を殺す心配はむしろ物理攻撃よりなさそうだ。
このフィールド結界は、古代遺跡から発掘したものをそのまま使用しているそうだ。
コピーなんて出来るはずがないくらい複雑怪奇な魔法陣らしく、運用はこの学園でしか出来ない。また、あまりに強大すぎる魔法はやはり結界の効力を破るらしい。
俺の場合は《真・神威》辺りがそれに該当するだろう。
まぁ、使う予定なんてないけど。
思いながら、俺とアマンダはフィールドに立っていた。
フィールドは森。選択はアマンダが行った。影になる部分が多く、俺にとっても好都合だ。
「まさか、初めての模擬戦の相手が、お前だとはな」
森の中、少しずつ距離を取り始めたところで、アマンダはつまらなさそうに言ってきた。
どうやら俺のレアリティのことを揶揄しているらしい。
魔物から仲間を犠牲にして這う這うの体で逃げたヤツが何言うかって感じだ。
とはいえ、それを口にするつもりはない。アリシアから、絶対に内密だから、と釘を刺されている。
「そりゃ申し訳ないことだな」
嫌味を籠めて返事をしてやると、アマンダはちっと舌打ちした。
ある程度距離を取ったところで、俺とアマンダは振り返る。距離にして凡そ十メートル。
今の俺なら一瞬で距離を詰めて首を刎ね飛ばすか、魔法で一気に片付けるか。十分に間合いの範囲内だ。
「まぁいい。お前なんて一瞬で片づけて終わりだ」
そう言って、アマンダは長剣を構えた。とはいえ、刀身はただの布を固めたものだ。
加えて、俺たちにはショックアブソーバーと呼ばれる
このせいで、模擬戦は一度に三組しか出来ない。残った生徒は好きなところで観戦が許されているが、俺たちのところには誰もいない。
ちなみにこれも同じく強力な魔法の前では無力だ。
とはいえ、これである程度は強力な打撃を受けてもかすり傷程度で済むらしい。
つくづく安全に配慮された模擬戦だ。
俺はフィルニーアと毎日のように模擬戦を繰り広げたが、いつ死んでもおかしくなかったぞ。
「おいおい、手加減してくれるとかないの?」
「はぁ? んなのするワケねぇっつうの。観客もいねぇんだ、さっさと終わらせるぞ」
とても貴族様とは思えない口汚さだな。
まぁ教官もいないしな。監視役のはずの教官は、別の模擬戦で問題が発生したとかでそっちへいってしまった。いつ戻れるか分からないから始めていいぞ、と言い残して。
俺としては好都合である。
「とっとと――死ねっ!」
宣言した瞬間、アマンダは地面を蹴った。
長剣を構えたまま、一直線に跳んでやってくる。
って、アホ?
俺は思わずため息をつきそうになってしまった。動きがあまりにも遅い。
踏み込みも甘ければ腰の入れ方も甘い。っていうか、森の中でそんな距離を一気に詰めようとしてどうすんだよ。
そもそも障害物が多いこの森の中では、全速を出すことは難しい。まして低く跳躍しての接近など。
俺はさっと横に跳んで茂みの中へ入る。
当然、跳んでいるアマンダは反応をし、着地して勢いを殺す。
俺はその間にさっさと茂みから逃げて森の中へ入り込んだ。
「む! 隠れたか!」
いや、障害物を使うのは当たり前でしょうよ。なんで俺が卑怯な扱いになってんだ。
思いながらも、俺は違う意味でややこしいアマンダの相手に早くも腐心し始めていた。
普段の俺なら、ここで気配を完全に殺し、闇討ちパターンで仕留める。
だが、それをしてアマンダに勝ったとしても、卑怯だのなんだの言って文句を言ってくるに違いない。そうしたら解呪させる絶対条件である、圧倒的な敗北感を与えられない。
ってことは、正々堂々と正面から戦ってぶちのめすしかないのか。
あまり好きな方法ではないが、圧倒的にやらせてもらおう。
「隠れても無駄だっ! くらえ、風王剣っ!」
ため息を漏らすと同時に、アマンダがスキルを発動させる。
強靭な風を纏い、周囲に吹き散らす技のようだ。
轟、と暴風が荒れ、木々さえも薙ぎ払われる。
威力だけは中々のものだと褒めてやるが、それにしては魔力消費が大きいぞ。
大方恵まれたステータスでごり押ししているだけなのだろうが……。
仕方なく、俺は魔力を高める。あえて、相手に分かりやすいように、だ。しかも姿を見せて放つというサービスだ。
「《フレアアロー》」
撃ったのは、ただの火矢だ。
当然撃ち落とせるはずなのだが、アマンダは気付くのに一拍遅れ、なんとか弾いた。
って、おいおい、マジかよ。
俺は思わず立ち尽くしてしまった。今ので振り遅れるの? バカなの?
「どうした? 今のがお前の必殺か? まぁそうかもしれないな、何せお前は光適性の
と、俺をバカにしながらまた突貫してくる。
俺はお前のアホさ加減に呆れてただけだっつうの。
ちらりと俺は周囲の気配を探る。やはり見学してる生徒はいない。まぁ森の中っていうのもあるけど、他に面白そうな対戦カードがあったからな、そっちにいったんだろう。
ちなみに付き人たちもお留守番である。
アマンダがようやく俺に接近する。長剣の間合いに入った瞬間、大振りで攻撃してくる。
一撃必殺のつもりなんだろう、きっと。
俺はあくびをしながらナイフを取り出し、見え見えの剣の一撃を受け止めた。
「……なにっ!?」
「おいおい、この程度かよ」
もし生徒が見に来たらメンドーなことになる。俺はさっさと終わらせる方向にシフトした。
俺はカン、と軽く剣を弾き、地面を蹴って肉薄する。
超接近戦においては、長剣よりナイフの方が圧倒的に優位だ。
「うぉっ!?」
さすがにそれは理解しているのか、アマンダは後ろに退避する。
だが、重心が後ろに傾き過ぎている。次の動作に支障が出るのは愚か。つか、そもそもそんなトロい動きで逃げられると思ってるのか?
俺は地面をもう一度蹴り、高速で走りながら更に接近する。
「見え見えなんだよっ!」
アマンダは吠えながら、腕だけで長剣を振り回す。もちろんそんなもの、牽制にもならない。
「わざとだよ」
俺は言ってやってから、ナイフで長剣を弾く。
あっさりと長剣を弾かれて、アマンダは驚愕の表情を見せる。俺はそんな顔面にまず頭突きを見舞った。
「ぐわっ!」
アマンダのショックアブソーバーが反応し、ダメージを打ち消す。
だが、その代わりにダメージ判定が入り、機器に蓄積された。
アマンダはたたら踏んでなんとか止まる。剣を落とさなかったことだけは褒めてやろうか。
「てめぇっ!」
怒りをぶちまけながら、アマンダは俺へ突撃してくる。
まったく、甘い甘い。
俺は接近を許した振りをして、長剣の振り下ろしを半身になって回避、さらに足を引っかけて地面に転がせてやる。だが、アマンダはさすがに反応を見せて片手で着地、さらに強引に身体を捻って俺に蹴りを向けて来た。
「遅い」
俺は後ろに下がって回避し、魔力を高める。
アマンダはその間にアクロバティックな動きで起き上がって着地する。
「《エアロ》」
「ぐおおっ!?」
放ったのは風の塊だ。どん、と衝撃音が響き、直撃を喰らったアマンダは吹き飛んだ。
「くっそ、さっきから小賢しいっ!」
ダメージ判定を一応気にしながらも、アマンダは着地して剣を構えた。そこに魔力が集まっていく。
俺はその流れに違和感を抱いた。
これは、風だけじゃない!
「風魔王剣っ!」
闇属性を付与してきたかっ!
俺は黒く吹き荒れる風から回避するために大きく右へ跳んだ。
「一発だけと思うなっ!」
それを待っていたかのように、アマンダはまた風を放ってくる。さすがにここは
俺はさらに右へ跳んで回避した。
「ちょこまかとっ! おらおらおらっ!」
それが気に入らなかったのか、アマンダは風を連打してくる。乱射に等しいが、それだけに範囲が広い。
全部捌いても良いのだが、ここは一つ、と。
「《ベフィモナス》」
俺は地面を踏みしめて魔法陣を発動させ、壁を生み出す。闇の猛威とも言える風は壁に直撃し、あっさりと亀裂を入れてくると、音を立てて破砕してくる。
飛礫がやってくるが、俺はすでに魔力を高めていた。
「《エアロ》」
魔法を発動させ、吹き荒れる風で瓦礫を操作し、逆にアマンダへ向けて飛ばす。
「なめんなぁぁぁっ!」
アマンダは吠えながら剣を振り回し、次々と瓦礫を撃ち落としていく。まだ僅かに風が残っていたか。
しかし、足元が疎かだ。
「《ベフィモナス》」
また地面を踏んで魔法を発動させ、植物のつたを呼び寄せる。それらはあっという間にアマンダを締め上げた。
「がっ!?」
「はいチェックメイト」
俺は一瞬で間合いをつめ、ナイフを首に叩き付けた。
ショックアブソーバーが発動し、ダメージを振り切らせる。
同時にショックアブソーバーから魔法の光が高々と打ち上げられた。試合終了の合図だ。
俺は一つ息を吐いて、魔法を解放した。
「なっ……」
茫然自失。
絵にかいたような表情で、アマンダは膝から崩れ落ちる。チャンスは今しかないな。
「《エンシェント・エンジェル》」
即座に魔法を発動させ、俺はアマンダの中に巣食う呪いを殺していく。
反応が消えたのは、すぐに分かった。
「く、く、そ……」
「お疲れさん」
意識を失って前のめりに倒れたアマンダに、俺はそう言ってやった。