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第五十九話

「頼み……ってなんですか」

 俺は思いっきり警戒しながら訊く。
 まぁ、今は学生の身分だ。出来ることと出来ないことがあるし、メンドくさそうならそれを理由に断ればいいか。

「いや、実は簡単なことなんだけどね。ある貴族と会ってもらいたいんだ」
「貴族と?」

 それはそれでメンドくさいな。
 思わず顔を顰めると、ハインリッヒはますます苦笑した。

「僕ももっと後にした方がいいって申告はしたんだけど、どうしても聞き入れてくれなくてね」
「どういうことですか、その貴族が俺に会いたいって言ってるんですか?」
「そういうことだね」

 あっさりと認めるハインリッヒ。
 このタイミングでメイが戻ってきた。湿ったタオルと乾いたタオルの両方用意してきていた。
 ハインリッヒは礼を言ってから湿ったタオルを受け取り、鎧についた血を拭う。

「あの、ハインリッヒさん、その貴族はどうやって俺のことを知ったんですか?」
「どうもこうも、彼女はフィルニーアの血縁関係なんだ。というか、直系の系譜を持つ貴族だね。そして、僕の義理の姉でもあるんだ。だから、魔法に長けている一族でもあって、特にテンセイ術に秀でていたんだ」
「なっ……」

 あっさりと明かされ、俺は絶句した。
 しかもテンセイ術って。
 俺は受験資格を得るために王都を東奔西走していた。その際、悪事を働いていた占い師四天王とかいう、テンセイ術においては重要なポストにいるっぽい連中をまとめてぶっ飛ばしている。
 当然その界隈では噂になったはずだ。
 あれ、でもあの時の俺は変装していたし、そもそも名前も名乗ってはいなかったぞ。

「その関係で、君、結構派手に立ち回ったみたいじゃない?」
「それは、仕方がなかったんです」

 思い返せばかなりの無茶をしていたとは思う。
 とにかく時間を最優先にしてたし、余裕も本当になかったからな。

「で、一応その貴族は関係的に占い師を統率してる関係もあって、調査に出たみたいでね。そこで君の魔法の痕跡を見つけたんだ。かなり特殊な術式だったみたいでね。それで僕に調査依頼がやってきたってワケ。僕としては身内のお願いだから断れないし」

 どこか疲れたようにハインリッヒはため息をついた。
 あ、これもしかして俺怒られる流れか。

「国賓の証を使っていたね? 王にそれとなく訊いたら、今の時期でその証を所持しているのは君だけだったよ。すぐに分かったね。僕としては正直に報告せざるを得ないから、君の情報を提供した」
「うぐっ」

 さすがにハインリッヒを責めることは出来ない。
 ハインリッヒは職務に忠実なことをしただけだからな。
 地味にハインリッヒから非難めいた雰囲気が出ていた。あれだけ注意したのに、と言外に訴えられている。
 受けて当然の非難だ。何せ、忙しいはずのハインリッヒの片手間を取らせたんだから。

「そうしたら、君と会いたいって言われてね。こうして僕が迎えに来たってこと」
「そ、そう、ですか……」
「一応言っておくけど、君の身をどうこうってつもりはないよ。君がぶっ飛ばしてくれた連中は、最近目に余っていたらしいからね。だからただ純粋に君と会いたいんだよ。それに」
「まだあるんですか?」

 俺はもうお腹いっぱいだ。

「君の付き人、メイちゃんの苗字はリアトクスだったね?」
「ええ、そうです。フィルニーア様から頂きました」
「今回の依頼人は、アリシア・リアトクスさんだ」

 ぴし、と、俺の脳内が石化した。
 つまりあれか、そういうことか。

「ということで、君もメイちゃんも会っておいた方が良い。もちろん、これは断ることも出来るよ。ただ、もしそうなった場合」

 とたん、ハインリッヒの全身からとんでもない威圧が放たれる。
 その凄まじさは、俺が思わず戦闘態勢を取り、メイが俺の盾になるように庇うくらいだ。
 なんだ、この威圧感は。

「強制的に連れていくことになる。そうなったら骨が折れそうなんだ。いくらなんでも、無傷で君を捕まえられるとは思っていないからさ」
「……っ!」

 じわり、と背中に汗をかきながら、俺は身構える。一瞬でも油断したらやられそうだ。
 やばいな、この人とんでもないぞ。
 もちろんステータスの上では俺の方が有利、のはずだ。だが、それ以上に中身が違う。俺よりも遥かに視線を乗り越え、戦ってきたものが纏える何かだ。

「というわけで、一緒についてきてくれると助かるんだけど」

 ふ、と、その威圧が消える。

「……分かりました」

 解放された俺は、ただ頷くしか出来なかった。 

「それじゃあ早速行こうか。時空転移魔法で送るから。あ、タオルをありがとう。ちょっと酔うかもしれないけど大丈夫。場合によっては手足くらいバラバラになっちゃうかもだけど、ちゃんと繋げてあげるから安心してね」
「……え?」

 笑顔でとんでもないことを言ったハインリッヒは、俺の肩をしっかりと掴んだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ようこそ、リアトクス家へ」

 転移魔法でやってきたのは、書斎のような場所だった。
 そこに用意されていたのは一脚のテーブルと、二つのイス。体面する形で、その女性は座っていた。

 って、いきなり姿を現したはずなのに、驚きもしないのか。

 涼しい顔の女性は、後頭部で髪を綺麗に纏めていて、身に纏っているドレスもいかにも貴族らしい。
 だが、それだけではないことは一目でわかった。
 彼女の体内を循環する魔力は整然としていて、それでいて力強い。これは、優秀な魔法使いの証拠だと良くフィルニーアが言っていた。事実、フィルニーアもそうだったな。
 もちろん彼女はフィルニーアには及ばないのだが。

「どうぞ、おかけになって」

 涼やかな声で促され、俺とメイは緊張しながらも席に座る。

「それじゃあ僕はお風呂にでも入ってくるよ。姉さん、借りるね」
「ええ。従者にお湯を沸かせてあるから、すぐに入れるわ。ご苦労様」
「それはどうも」

 言い残して、ハインリッヒはあっさりと退室した。
 これで残されたのは、三人だけだ。
 異様に重い空気が流れ、俺は密かに汗を流す。メイもそわそわしてどこか落ち着きがない。

「そんなに固くなる必要はないわ。別にテンセイ術界隈を牛耳ってるからって特に今回の行動を咎めるつもりはないし、その辺りはハインリッヒから伝えさせたはずだけど」
「それはお伺いしてます。だからこそ、どうして俺に会いたいのかな、と」
「あら、そりゃそうでしょう? だって、フィルニーアばあ様の最後の息子でしょう? 会ってみたいと思うのは当然だと思うわ」

 アリシアに薄く微笑みかけられて、俺はドキッと胸を跳ね上げさせた。
 そういえば、この人はフィルニーアの葬式の時は姿を見せていなかったな。でも、確か葬儀代とか言って大量の金を送ってきてくれていた。
 何か事情があって来れなかったのだろうが、だからこそ今、この機を逃したくなかったのか。

「君がグラナダ君で、付き人のメイちゃんね。メイちゃんのことも聞いているわ。あのフィルニーアばあ様が、わざわざ私のところへ駆けつけて、名前を使わせてくれって頼み込んできたぐらいですし。まぁ、あれは王都での買い物が必要でもあったからですけど」

 言いながら、ちらりとアリシアはメイを見る。
 メイの背中には大剣が背負われていて、視線はそこに注視されていた。そうか。これはかなりの業物だけど、王都で仕入れたものだったのか。
 だが同時に、俺は見抜いていた。この人は半分嘘をついている。

「それで、本当の用件はなんですか?」

 俺はいっそ素早く切り出した。
 悪いが、明日も学園の授業がある。正直言って長々と話すつもりはない。

「……あら、さすがに聡いのね」
「ええ、確かに俺とメイに会いたいっていうのも本音の一つなんでしょうけど、他にもありますよね。そうじゃないと、俺とメイの魔力を探ろうとしてきませんから」
「あらあら良く分かったわね」
「こう見えて、魔法使いなんで」

 言い返すと、アリシアはやっと外面という仮面を外した。涼やかだった表情は消えうせ、どちらかというと明るい表情になる。どこかフィルニーアっぽかった。

「まぁいいわ。貴方達の実力はある程度把握出来たし、これならお願いできそうだしね。聞くところによると、色々あったみたいだけど、無事に学園の特進科へ入れたそうじゃない」

 おまけに少し口調まで変わる始末だ。

「私の用件は単純よ。今年、学園に入学した子――アマンダ・クィンティについてなの」

 名前を言われて、俺は思い出した。
 確か、クラスの自己紹介の時にいたな。レアリティはSSR(エスエスレア)だった。
 緑色の髪を短いソフトモヒカンに仕上げた、キッツい目つきの男。自己紹介はさっさと済ませていたが、確か転生者ではなく、この世界出身だったはずだ。
 セリナへ執拗に言い寄っていた一人でもあったな、確か。

「そいつが、どうかしたんですか?」
「その子をぶっ飛ばして欲しいの」
「え、嫌ですけど」

 俺は思いっきり即答した。
 なんかデジャブだな、この返事。とか思いながら。

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