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第五十八話

 自己紹介が終わった後は、健康診断と学園における生活の授業、そして学園の案内で終わった。

 しんどかったのは学園の案内だな。
 ガチでバカでかい。
 元々は湖に浮かぶ島とその周囲を埋め立てて造ったものらしいが、その敷地全部が学園だ。
 冒険者を育てる名目なので、色々な訓練場があるからだ。森や草原なんかもあった。

 それに校舎も結構大きいしな。新入生が迷うというのはもはや風物詩だとか。

 だったらもっと案内板を増やせよ、とか思ったりもする。
 まぁきっとこれも冒険者を育成するためなんだろう。きっと、たぶん。

 とりあえず色々と詰め込まれたおかげでゴチャゴチャしてる頭を整理しつつ、俺はメイと帰宅した。
 王都を救ったことを非公式にする代わりの報酬として、王が用意したこの家は、外観こそフツーだったが、内装は徹底的にリフォームされていた。

 どれぐらいかというと、全部に最新式、がつくぐらいだ。

 快適とかそんな次元じゃねぇな、もはや。
 家は二階建ての四LDKだが、リビングはめっちゃ広い。キッチンもデカい。風呂もトイレも二つある。
 貴族の息子連中は、交流のためにホームパーティとかも良くやっているようだから、こういうのは貴族仕様なんだろう。

「クラスの様子はどうでしたか、ご主人様」

 紅茶を淹れながらメイは訊いてくる。
 結局、今日、傍にいたのは入学式だけだった。メイとしては気が気じゃなかったかもしれない。

「んー、あぁ、まぁ、かな?」
「全然よくわからないんですけど……」
「とりあえず、セリナ以外とは話さなかったかな」
「え、そうなんですか?」

 意外な表情をメイは浮かべた。

「っていうか、そのセリナともほとんど話してない」
「ええっ!?」

 さすがに王族で領主の姫ともなると格が違うようで、注目を集めていた。他の連中からひっきりなしに話しかけられていたのだ。
 クラスは貴族様の塊のようなものなので、さすがのセリナも相手をしなければならず、結局会話らしい会話はしていない。

 まぁ、熱視線だけは浴びてたけど。

 そんなこともあり、俺は誰とも会話していない。
 ただ淡々と授業を聞いていただけだ。現世の頃と同じである。
 俺としては何とも思わないのだが、メイはどうやら違うようだ。

「で? そっちはどうだったんだ?」
「こちらは和気あいあい、って感じです。まぁ、一部にご主人様自慢をしている方々もいましたが……」

 メイは思い出したのか、苦笑していた。
 転生者には必ずつくと言う付き人。これは何も一人とは限らない。二人から三人従えるヤツもいるし、貴族連中も付き人を従えてくる。
 多くの場合は貴族の中でも末弟だったりするが、たまに能力に優れた一般人からも選ばれるらしい。
 メイは貴族枠である。フィルニーアが王都で養子にしていたからな。詳しくは知らないが、確実にフィルニーアの血縁関係だろうと思う。

 このおかげで、メイはクラスに難なく溶け込んだらしい。
 フィルニーアさまさまだな。

「それにしても、学園ってドキドキしましたが、楽しそうなところでもあるのですね」
「まぁ、そうだろうな、色々と学べると思うし」

 俺は可能な限り、メイに教育はしてある。
 文字や計算といった基礎教養から、食事作法に至るまで、だ。
 俺がフィルニーアから学んだそのままを伝授してある。貴族所作もあったから、教養は高い方のはずだ。それでもたった一年であり、足りないのは明白だ。
 メイはこれからどんどん賢くなっていくし、どんどん学んでいくんだろうな。
 それにメイには友達がいない。一年間ずっと森の奥に引きこもっていたんだから当然なのだが、さすがに不憫だ。これを機に友達も作っていって欲しい。

「ご主人様は、その、大丈夫なのですか?」
「何がだ?」
「その、誰とも話さなかった、なんて……もしかして」

 ああ、そういうことか。
 すぐに察した。レアリティが原因でイジメられてると危惧したのだろう。

「大丈夫だろ。どっちかってぇと俺が話さないようにしてたし」

 学園における目標は、あくまでもそこそこの成績で無難に卒業することだ。ただでさえ目立つ立ち位置にいるのだから、大人しくしておくことに越したことはない。
 そう言うと、メイは納得してくれた。
 もちろん今後、そういう事態は考えられる。そして学園長からもその可能性も示唆された。
 学園と言う立場なので、あまりに理不尽であれば注意するが、基本的には自己で解決しろ、という内容だった。

 まぁ冒険者は実力と名声の世界、言うなれば弱肉強食。

 それぐらいなんとかしろってことだろう。
 もちろんやっかみをかけてくるなら対処するつもりだが、その方法も考えていかないとダメだろうなぁ。
 最初のうちは、こっちからの接触を拒絶していれば大きなトラブルにはならない、はず。路傍の石には誰も気に止めないだろ? それと同じことだ。

「ご主人様が大丈夫とおっしゃるなら……」
「でもまぁ、対策はしておいて損はないからな。ってなワケで、俺は早速研究しようと思うんだ」
「研究?」

 怪訝になるメイに、俺はカバンから数冊のテキストをテーブルに広げた。

魔法道具(マジックアイテム)ですか?」

 表紙を読み上げたメイは、ますます怪訝になった。

「これは選択授業のテキストなんだ。これには魔法道具(マジックアイテム)に関する歴史で、こっちは実技のテキスト。こっちは理論考察だな」
「それは分かりますけど……」
「ついでにもう読んだ」
「早いですね!?」

 それだけ暇だったんだ。
 休み時間とか空き時間とか、みんなが交流している時間は全て空気になって読書してたし。ついでに前世でも読書ばっかしてたから、やたら読むの早くなったしな。
 あれ、なんだか褒められたことじゃない気がするぞ? でもまぁいいか、いいよね、うん。っていうか俺は今誰に確認したんだ? きっと誰かだ。

「まぁ、熟読したわけじゃあないけど、大体のことは分かった」
「さすがご主人様です」
「いや、中身が大したもんじゃなかったからな」

 俺は正直がっかりした。

「歴史書って書いてるけど、歴史っぽいのは最初だけ。しかも考察だらけで穴だらけ。その後は発掘履歴みたいなもんだな。誰がいつ、どうやって発見して、それがどんな功績だったのか、みたいな」

 暇つぶしにはなったが、それ以上のものでもなかった。

「こっちの実技テキストは組み立て説明書。こっちの考察理論は、おそらくこういう理論で成り立っているだろう、という推測と、今は再現出来ないだろう魔法陣の効果をなんとなく示してるだけだ」
「そうなんですか」
「つまり、これらを学んだとしても、あんまり意味はない」

 まぁ、既存の魔法道具(マジックアイテム)を作ることは出来るようになるだろうけどな。
 王都でそういう店を巡ったことはあるが、どれも品揃えは似たようなものだった。有用性のあるものはある程度出ているということもあるのだろうが。

 ちなみに新しい魔法道具(マジックアイテム)は、どこかからか発掘しなければならない。それを丸々コピーしているだけに過ぎない。
 もちろん、そのコピーの度合によって性能も変わるので、腕を磨かなけらばならないのだろうが……。
 問題は俺の欲求を満たすものではなかったってことだ。

「だから、研究することにしたんだ」
魔法道具(マジックアイテム)を、ですか?」
「ああ。作ってみようと思ってな」

 魔法道具(マジックアイテム)は、それこそ魔法剣や杖といった武器に始まり、アミュレットや生活便利道具まで幅広い。
 ここまで生活に浸透しているというのに、その実解明は進んでいないのは不思議だ。

「な、なんだか凄そうですね」
「っていうか、今まで誰も着手してきてなさそうってのが不思議なんだけどな……」

 転生者はこの世界にたくさんいる。今までここに着眼してないヤツはいないはずだ。

「それはね、グラナダ君」

 声は真上からやってきた。
 見上げると、天井が歪んで見えて、それが空間の歪みだと気付いた時にはハインリッヒが姿を見せていた。……っておい!?
 ハインリッヒはいつもの爽やかイケメンスマイルを浮かべながらゆっくりと着地する。

「ごめんね、こんな格好で」

 苦笑しながら謝るハインリッヒは、高そうな鎧に身を包んでいた。だが、返り血でドス黒くなりつつある深紅色だ。それに付随するように、死の臭いが漂ってくる。

 これは、相当な魔物を倒しているな。一匹や二匹じゃないぞ。

 世界最強の戦力らしく
 俺は目線だけでメイにタオルを持ってくるよう指示を出し、メイは頷いてから席を立った。

「っていうか、格好もそうですけど、なんてトコから出て来たんですか」
「ああ、ごめんね、時空転移魔法にまだ慣れてなくて」

 なんだその超絶魔法。っていうかそれを慣れてないとかいうか。
 俺は辟易しつつも、嫌な予感にも駆られていた。ぶっちゃける。この男が絡んでくるとロクなことがない。何回かしか会っていないが、俺は確信をもっていた。

「それで、悪いんだけど、ちょっと付き合ってくれないかな」
「付き合う?」

 おうむ返しに訊くと、ハインリッヒは少しだけ困ったような表情を浮かべた。

「そうなんだ。申し訳ないんだけど、ちょっと助けてほしいんだよね」

 ――助ける? 世界最強の、男を?
 俺は嫌な予感が直撃したことを悟り、顔をひきつらせた。

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