第二十一話
それから、三日後。
城下町を更地にしてしまう程の破壊は大火災を呼び、城を残してほとんど燃え尽きてしまった。
まぁ、元から城下町に火は放たれていて、フィルニーアが介入しなくてもこうなってた可能性はあったけど、それでもまだ少しは残ってたと思う。
ともあれ、反乱軍の主力である魔物軍団は根こそぎ倒され、更にこの破壊に恐れた農奴たちは逃亡、もしくは投降。残った一部の騎士たちや地主たちによって雇われた傭兵は抵抗したが、これもフィルニーアが奇襲を仕掛けてあっという間に鎮圧した。
その余波で、古参の地主が集まっている地域が半壊したらしいけど。
結果、実に一週間近くに渡りフィリストリア全土を覆った反乱は、僅か二日で鎮圧された。それもドラゴンに乗ったフィルニーア単独で。
俺はというと、ただフィルニーアに付き従っていただけだ。
それがどうなったかというと、俺のレベルが急上昇した。
二八だったはずのレベルが、五五にまで上がったのである。
おかげでステータスも急上昇し、ぐっと身体が楽になった気がする。
身体能力とステータスには密接な関係があるからだろう。
理屈は単純で、ステータス数値の基礎となるのが身体能力だ。つまり、身体を鍛えておけばそれだけステータスが上昇するのだ。その上昇値だけは
このおかげで、俺は騎士団で新人ながら班長を務められるシーナより強くなってしまった。
手合わせを求められたので答えたら、あっさりと撃破出来たからだ。
さすがにヴァーガルよりはまだ劣るだろうけど、それでも負ける気はしない。
「ま、今のあんたになら相応しいレベルになったさね」
というのは、フィルニーアの弁だ。
ちなみに反乱軍に魔物が多かった理由だけど、どうやらスフィリトリアには魔物の巣があるらしく、そこで魔物使いの能力を使って攫い、狂気薬を与えて狂わせ、戦場に叩き出していたとのこと。
中々手の込んだ方法だが、経済的に見ればその限りではない。
何故なら、魔物使いの能力は非常に貴重で、そんな連中を雇って魔物を操り続けるより、攫うだけにして狂気薬を投入する方がコストが安いのだ。
ゴブリンやコボルト程度の魔物なら、狂気薬の服用量は少なく済むしな。
で、その魔物使いがどうなったかと言うと、フィルニーアの魔法の一撃で倒されたっぽい。
なんで《ぽい》かと言うと、魔物使いと分かって対峙してないからだ。でもそれが分かったのは、フィルニーアとドラゴンが暴れて地域を半壊させた時のことだ。
──固有アビリティ《ビーストマスター》を継承しました。
と、いきなりステータスウィンドウが開いたのだ。
この固有アビリティとは、個人が所有する特殊能力のことだ。レアリティが高ければ高いほどそれを証明している場合が多く、また、そのスロットの数も多い。
俺はR(レア)だからスロットは三つある。固有アビリティは何も保有してないけど。
その一つが埋まった形だ。
継承というのはそのまんま、相手を倒したり、委譲してもらうことで手に入れることを言う。ちなみに相手を倒した場合は確率で継承される。
今回の場合、フィルニーアが倒したんだけど、俺はパーティを組んでたわけで、フィルニーアの固有アビリティのスロットは全て埋まっていた。それで俺に継承されたんだろう。
とんでもない幸運だ。
まぁ、後は
今回の成果はこれぐらいだな。
それで今、何をしているかというと。
「でぇいっ!」
「ほら、腰が甘いぞ!」
「はいっ!」
メイをシーナに鍛えてもらっている。
城の敷地内に屋内訓練所があって、そこでの訓練だ。まぁこれは俺とシーナが模擬戦するにあたって、俺が勝ったら訓練つけるって約束だったので、それを実行してもらってるだけだけど。
シーナは新人騎士でも班長なので、剣術、槍術、投擲、格闘術のそれぞれにスキルを持っている。
特に剣術はスキルレベル五だったので、重点的に訓練してもらうことにした。
俺はその光景を見ながら、勉強に励んでいた。
──魔物に股がりながら。
「いやー、小さい女の子なのに頑張りますねぇ」
その隣で、セリナもまた魔物に股がりながら訓練の様子を朗らかに見守っていた。うん、おかしいよね。
今、俺とセリナが股がっているのはベオベアーという種類だ。見た目は熊そのものである。見た目通り凶暴で、なまくらな剣なら斬られても逆に折ってしまうくらいの強靭な皮膚に、巨躯に似合わない俊敏性と巨躯に似合う怪力を誇る。
まぁ、ぶっちゃけゴブリンを弄んで殺せるぐらい強い。
そんなバケモノを従えてられているのは、《ビーストマスター》の固有アビリティのおかげだ。
だが、アビリティを持ったところですぐに使えるわけではないのがこの世界の世知辛いところである。
「あらあら、魔力が乱れてきてますよ?」
セリナが笑顔のまま指摘してくる。直後、ベオベアーが唸りを上げた。まるで何かに抵抗するように、身体をわなわなとさせ始める。うわやば。
俺は慌てて意識を集中させ、魔力を循環させる。
この《ビーストマスター》というアビリティは、自分の魔力を魔物が好むフェロモンに変化させるものだ。この力が強くなればなるほど魔物は魅了され、言う事を聞くようになる。
その第一段階が、魔物を屈服させることだ。
俺は今その訓練を行っていて、先生は他でもないセリナだった。
「そうですそうです。その調子ですよー」
笑みを絶やさず、セリナは子供を褒めるように拍手した。
ちょっぴりムカつくが、言い返す余裕がない。というか、出来ない。
セリナのレアリティは
それに、俺が《ビーストマスター》を手にしたと分かったら指南役を買って出てくれたのだ。逆らうなんてとんでもない。
こんな能力がありながら戦わなかったのは、俺と初めて出会った時には既に魔力が枯渇していて(だからシーナが体調を気遣っていたんだ)、ヴァーガルと二回目の戦闘時は周囲に魔物がいなかったからだ。
「いいですか、屈服させている魔物さんは、フェロモンが切れるとすぐに暴れます。なので、常に一定量のフェロモンを吸収させなければなりません。その量は魔物さんの種類や、自分自身の魔法適性や相性なんかで変わるので、まずはその加減を知りましょう」
「お、おう……」
俺はなんとか返事をするしかできない。
この魔力をフェロモンにして吸収させ続ける、というのが、死ぬほど難しい。
しかもこれが基礎だって言うんだから、かなり訓練しないと使いこなせそうになさそうだ。
「この加減が分かれば、魔物さんと仲良くなれるのかどうかが分かります」
セリナは呼吸をするようにベオベアーを屈服させながら人差し指を立てた。
「つまり、この屈服の度合で相性が分かるんです。効果が無ければ諦めます。少ししかない場合は、フェロモンの種類を《屈服》から《威嚇》に切り替えて相手を追い払う方がいいですね。それで、効果が十分見込めれば、《屈服》から《主従》に切り替えます。これに成功すると、魔物さんを意のままに操れるようになります」
つまり俺は三種類のフェロモンを使えるようにならないといけないわけだ。
まず、相手の身動きを封じる《屈服》。
次に、相手を威圧して逃がす《威嚇》。
次に、相手を意のままに操る《主従》。
今の俺はまだ《屈服》のフェロモンしか使えない。けど、それだけでも対魔物戦ではかなり有効性があると思われる。
「まぁ、まずは《屈服》のフェロモンを自然に出せるよう習得していきましょうね」
「りょ、了解」
俺は頷いて、また意識を集中させる。
くそ、少しでも油断したらすぐに魔力が乱れてフェロモンが薄くなってしまう。
「そういえば、フィルニーア様はどちらへ行かれたんでしょうね。せっかくお会い出来たのですから、魔法について講義していただきたかったのですが」
セリナは頬に手を当てながら言う。ちなみにベオベアーはくったりと屈服して寝そべっている。むしろもう主従させてるんじゃないだろうか。
「フィルニーアは、確か依頼の達成金の交渉に向かってるはずだぞ」
「あら、そうなんですか。それならしばらく戻ってこれないかもしれませんね」
それはフィルニーアがもたらした破壊のことを言っているのだろう。確かに俺もやりすぎだとは思う。冗談抜きで更地にしたからな、城下町。
復興を考えると頭が痛いはずだ。
「そういえば、メイさんを奴隷扱いしていた地主、行方不明だそうですね」
「確か、アガルバス、だっけか」
俺が名前を口にすると、セリナは黙って頷いて肯定した。
「彼はスフィリトリアの南、アルージェ地方の有力な地主でした。今回の反乱も主力の一人でしたし、捕まらないというのは大きいですね。土地は接収出来ましたけれど」
「まぁ、消し飛んだ可能性が高いからな……」
ちなみにフィルニーアが半壊させた地域というのは、まさしくそこである。
傭兵や騎士たちが面白いように吹き飛ばされてたから、巻き込まれていたとしても何らおかしくはない。ちなみにメイの姉だが、当然捜索したものの、遺骸さえ見つからなかった。ただ、大量の骨を埋葬、というか捨てたような痕跡のある井戸があった。姉はそこに捨てられている可能性が高いのだが、さすがに特定できないし、それをメイには言えない。
俺の指摘に、さすがのセリナも苦笑を浮かべた。
「近いうち、その地域に新しい地主を置かねばなりません。色々と体制を見直す良い機会にはなりましたし、農奴たちの環境も待遇も改善されていくことでしょう」
「それは切に願ってるよ。あ、でもだからってメイは返さないからな?」
「分かっておりますよ。メイさんは既に貴族籍ですし、農奴ではありませんから」
そういえばそうだった。フィルニーアが獲得してきたんだったな。
俺は必死で訓練に打ち込んでいるメイを見た。
「さて、それでは私のフェロモンは解除しますので、グラナダさん、この子も屈服させてくださいな」
「はぁっ!?」
「もし失敗したら、私食べられちゃいますね。そうなったら割と大変なことになると思いますので、緊張感をもってお願いしますね。最悪死罪だと思いますし」
「ええええっ!?」
いや、確かに王族の娘を大変なことにさせたらそうなるんだろけど!
っていうか分かっててやらせるの!? 実はド鬼畜かコイツ!
「それじゃあ、スタートしますね」
「拒否権ないの!? ああ、ちくしょう、やってやるよぉ!」
有無を言わせないセリナに向けて俺は叫び、魔力を籠めるのだった。