第三話
俺はグラナダ・アベンジャー。年齢は一〇歳。この俺――《斎藤 純太》の、ここ、ライフォードという異世界での名前だ。
異世界ガチャとかいうワケわからんものの景品にされて、この世界に転生させられたワケだ。
この世界は、地球で言えば日本人が良く持っている中世ヨーロッパの世界観そのまんまだ。まぁ食生活が全然違ったり、意味不明な文化があったりするけど。他には剣と魔法が主流のファンタジーワールドってぐらいか? まぁいい。
俺はめちゃくちゃ美味しい空気を今日もいっぱいに吸い込む。
いつも消毒液と無駄に菌を殺しまくった空気とは違って、この自然に満ちた世界の空気は美味しいのだ。
目の前には凹凸のある草原。奥に森。さらにその奥はこの付近を治める領主が住む中心町がある。
まさにゲームの風景そのままの田舎村だ。俺はこんな場所で一〇年間生活している。
「よっこいせっ、と」
まさに牧歌的な雰囲気の中、俺は牧歌的な生活を営んでいた。
すっかり使い古した鍬を持ち上げて、俺は腰をしっかり据えて地面に打ち付ける。重い手応えと共に土が掘り返され、健康的な茶色が見える。土の隙間からはミミズが出てきていて、土の状態が良いことを俺は確かめた。
俺は一通り周囲の土を掘り返し、解していく。更に石灰――卵のカラやら何やら――を入れてまた土に混ぜていく。こうすることで作物がより育ちやすい、さらに良い土壌になる。
「よしっ」
すっかり太陽が昼を示す頃、俺はようやく農作業を終えた。
「おー、さすがグラナダ。もう農作業を終えたのか」
そう言いながらやってきたのは、黒ずくめに尖った三角帽子を深々と被った、しわくちゃな顔と鷲鼻が特徴的な老婆だった。ふわふわと上下しているのは箒にまたがって浮いているからである。
この人はフィルニーア・アベンジャー。
見るからに魔法使いなこの人は、もちろん魔法使いである。それもこの田舎村の外れの森に住む、村でも唯一の魔法使いだ。齢は確か二〇〇とか言ってたけど、村長曰く四〇〇は下らないらしい。どんだけサバ読んでんだ。
とはいえ、異世界転生したはいいけど、赤ん坊の状態で森に捨て置かれるという、開始からぶっ飛びハードモードな人生をスタートさせた俺を拾い、女手一つで育ててくれた恩人でもある。
「まぁな、ざっとこんなもんだ」
俺は鍬を肩にかけながら鼻を鳴らして言う。
俺が耕した畑は何ヘクタールになるだろう。計算式覚えてないから分からねぇや。けど、ぶっちゃけて言うと一〇歳の子供が朝から昼にかけて耕せる広さではない。というか、大の大人でも不可能な所業だ。
「うん、土の状態も悪くないね。
指先をくぃっと曲げただけで耕した土の一部を持ち上げ、手元に引き寄せたフィルニーアは土の状態をまじまじと見て満足そうに笑んだ。
この耕作は生活のためだけではない。俺の訓練のためでもある。
「これでしばらく土をなじませれば、作付けも出来るだろうさね。今年も豊作が見込めそうだ」
「当然だ」
ちなみに土に石灰を混ぜて栄養状態を良好にするこの手法は、俺の持っている現代知識の賜だ。土が良くなるまで少し時間がかかるが、その分栄養豊富な作物が良く育つのである。この手間だけで、市場で稼ぐ金が跳ね上がるのだから、大した手間ではない。
「それじゃあ、家に帰って座学と行こうかの」
「えっ。早く終わったから、その分休ませるとかないのかよ」
「当たり前じゃ。日々精進これあるのみ」
思わず抗議の声を上げると、フィルニーアは魔女らしい不気味な笑みを浮かべて言い放った。
――この世界には、《レアリティ》と《レベル》いう概念がある。
言うまでもないけれど、一応解説しておく。
この《レアリティ》は予め与えられた才能をランク付けしたもので、習得できるスキルも違えば、カンストレベルも違う。ついでに能力の上昇値も異なる。《レベル》は一定の経験値を手にすれば上昇するアレである。
ちなみに《レアリティ》は、
の八種類ある。
一般人のほとんどが
俺はというと、異世界転生してきたというのに
ソシャゲで言う初期だけ使われていずれ倉庫番となる主人公ポジ、もしくは即座に素材として合成されるか、割と二束三文で売り払われる。課金者から最も疎まれるランクでもある。
一言で言えば残念ランクである。
それでも、この世界では雑魚いモンスターなら一撃で瞬殺できるし、一通りのスキルも習得できる。一般人として見れば破格の性能であり、騎士としても十分に上を狙っていけるランクらしい。
だが、俺のような異世界転生者から見ると、やっぱり残念ランクである。
異世界転生すると同時に、この異世界でやるべきことはあのクソアホチビ失敗レイヤー女神から知識として与えられている。
曰く、一定の能力値、もしくは一定の年齢に達したら王都にある
調べたら、その学園には
ふざけんじゃねぇっつうの。
そんな中に飛び込んだら、俺なんて最弱、劣等生もいいとこだ。
だから俺はその数値に達した時、今まで何度もその学園に入学できるであろうフラグ的なイベントの発生に立ち会ってきたが、その全てをへし折って来た。誰がそんな怪物大集合地帯に入学なんてするか。
一応、剣とか魔法とかには憧れがあったし、フィルニーアから教えてもらえるから鍛えているは鍛えているけど、世界を救うなんてとんでもねぇ。恵まれた連中がやればいいんだよ、やれば。俺はちょっとだけ恵まれたこの才能で、この田舎村で大きい顔して生きてやる!
そう誓っているのである。
「こらグラナダ。何握りこぶし作って妄想しとるんじゃ。キモいぞ。というか見てて痛い」
「息子に対していきなりハードな言葉ぶつけんなよ!」
痛いとか久々に聞いた言葉だ。っていうか心外な発言だ。
「俺はこの田舎村で生涯過ごすって誓いを改めて建ててただけだっつうの」
「転生者とはとても思えない発言さね」
呆れた様子でフィルニーアは言った。
この世界において、転生者は非常に珍しい存在だ。だが、それだけに有名だ。実際、多くの転生者たちは偉業を成し遂げている。一番最近では、魔族が占領していた島を奪還したらしい。
「フツー、転生者ってのは世界を救う使命に燃えてるんだけどねぇ。まぁ強くなることに貪欲ってのはあんたも同じだけど……」
「何言ってんだよ。俺のレアリティは悲しいR(レア)なんだぞ。世界を救うなんてぜってぇ無理」
「言うねぇ」
「そういう偉大な功績はレアリティがくっそ高い連中に任せればいいんだっつうの」
こう言うと、フィルニーアは黙り込む。というか、呆れて何も言わなくなる。もう何年もこのやり取りを重ねればそうなるだろう。
「まぁいいさね。とにかく行くよ。時間は待っちゃくれないんだからね」
「アッハイ」
フィルニーアは魔法の一撃で森を焼き払うことが出来るバケモノだ。とはいえ、この田舎村では守り神的な存在で、村人が困っているとなれば甲斐甲斐しく手助けする、ちょっと捻くれたお人よしだ。昔は都でも名を馳せたらしい。
俺は素直に従った。
これも、この田舎村で隠遁と暮らすためである。