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執事コンテストと亀裂⑮




「かしこまりました、お嬢様。 それではお茶にいたしましょう。 もちろんスイーツもご用意しております」
伊達は淡々と執事役をこなしていく。 先程藍梨は泣き止み、再度『どうしたの?』と尋ねるが『何でもない』と藍梨は答えた。
『今日は練習を止めてもう帰ろうか』とも言うが、藍梨は『練習する』と言い、結局はコンテストの練習をすることになったのだ。
「もう藍梨はばっちりだね」
「直くんもね」
そう言って、互いを見つめ笑い合う。 藍梨は真面目な性格のため、プリントを貰った昨日のうちには台詞を全て憶えてきていた。
伊達もプリントを貰った次の日、つまり今日には完璧に台詞を憶えていた。 それはきっと、藍梨の足を引っ張らないようにと伊達なりに頑張ったのだろう。

練習を終え、帰りの支度をしている最中に、藍梨は伊達に向かって言葉を発する。
「・・・直くんも、一緒に帰ろう」
「え、でも・・・」
伊達は昨日、藍梨に『一緒に帰ろう』と誘っていた。 だが、その時は断られた。 伊達は“無理もないか”と思いすぐに諦めがついたのだが、今日は何故か藍梨から誘われる。
急な言葉に戸惑いつつも、断る理由なんてないためその誘いに承諾した。 

そして――――一緒に帰る帰り道は、二人にとってとても広く感じた。 もう時刻は17時を過ぎているし、辺りは既に暗くなりかけている。 
制服を着た学生は、ほとんど見受けられなかった。
「藍梨さ。 その・・・苦しいことがあったら、ちゃんと言ってな?」
気を遣うように、隣にいる藍梨に優しく声をかける。
「俺は何があっても、藍梨の味方でいるから」
藍梨は嬉しかった。 伊達から、その言葉を言ってもらえて。 そして――――藍梨は寂しかった。 
今日の放課後、結人に声をかけられたのは嬉しかったが、彼が言った言葉は藍梨にとってより胸を苦しめただけだった。 

誰か自分の傍にいてほしい。 一人になんてなりたくない。 どうか自分を、見捨てないでほしい―――― 

それで最終的に藍梨が選んだのは、伊達だった。 

藍梨は、伊達を利用しているだけなのかもしれない。 だがそれを知っている上で行動を起こしている。 だけどこのままではいけないとも思っている。 
いつかは、告白をしなくてはならない。 『本当は、私は結人のことが好きなんだ』と。 でもその時は、今なのかもしれない。 これ以上、伊達を利用したくない。 
彼は今でも、藍梨のことを信じてくれている。 彼をこれ以上裏切りたくない。 だから、今をチャンスに言わないと――――
「・・・直くん、あのね」

藍梨が伊達に気持ちを打ち明けようとした、その瞬間――――目の前に、3人の不良グループがやってきた。 

伊達もその不良たちに気付き、藍梨を背中で隠すよう一歩前へ出る。
「お、可愛い子連れてんじゃんよー。 ちょっとその子、俺たちに貸してくんねぇ?」
「・・・何を言っているんですか」
伊達が彼らに抵抗している中、藍梨は何も動けずにその場に固まっていた。 そして――――藍梨がたった一つ、今できること。 それは、結黄賊のメンバーに連絡することだった。
このままだと彼は、不良たちにやられてしまうかもしれない。 

そう思い、誰かに連絡をしようと携帯を取り出すが――――手が、止まってしまった。

藍梨の頭の中に一番最初に思い浮かんだのは、やはり結人だった。 だが、今は彼に連絡したくない。
そんなことを言ってる場合ではないと分かっているが、それだけはできなかった。 こんな時に結人に頼ってしまう、自分が許せなかったのだ。 悩んだ挙句、真宮に連絡した。 
今いる場所を伝え『不良たちに絡まれた』とメールする。 それを送り終えたのと同時に、不良たちは距離を詰めてきた。

そして――――伊達が、殴られる。

「ッ、直くん!」
藍梨はその場に倒れ込んだ伊達を支えにいこうとしたのだが、彼が殴られた瞬間に藍梨は不良らに捕まってしまった。
「ちょっと、放してよ!」
必死に抵抗するが、相手は藍梨の発言を一切聞き入れてはくれない。 
そして藍梨が捕まっている間、伊達は不良らに殴られ続け――――その光景を見ていることしかできない藍梨の目からは、涙がこぼれそうになっていた。 だが、その時――――

「彼女を放してもらおうか」

「あ?」
その言葉を言い終えた瞬間、一人の少年が藍梨を捕まえている男を思い切り蹴り飛ばした。 そしてその勢いで転びそうになる藍梨を、そのまま支えてくれる。
藍梨を助けた少年――――真宮は、藍梨が無事なことを確認し、次に伊達を殴ったりしている不良たちの前へ足を運び――――相手の攻撃を避けつつ伊達を助け、そして避難させた。
「あぁ? 何だよ手前」
真宮の突然の登場で、不良たちの怒りは更に増す。 その時、真宮は藍梨に向かって口を開いた。
「藍梨さん! 悠斗にもここへ来てもらって!」
「え?」
「北野でもいいんだけど、ここからだと悠斗の方が近いから!」
“北野”という名が出るということは、怪我の手当てができる人を呼べということなのだろうか。 藍梨は彼の言う通り、悠斗に連絡した。
連絡した後、伊達に近寄り『大丈夫?』と声をかける。 彼は傷だらけだった。 だが意識はあるみたいで、伊達は真宮のことを驚いた表情をしながらずっと見ている。

「さーて。 大切なダチをあんな目に遭わせてくれたんだから、ちゃんとお返しもしてあげないとね」

真宮はそう言いながら相手を睨み付け、不良たちのもとへ歩いていく。 そう――――真宮は、結人からの喧嘩の了解を得なくてもいい。 
それはもちろん、彼は副リーダーだから。 結黄賊は、リーダーである結人か副リーダーである真宮のどちらかに喧嘩の許可を貰えば、喧嘩してもいいことになっている。
殴って、蹴って、殴って、蹴っての繰り返し。 彼は一瞬にして相手を無力化することができるのだが、伊達に苦しい思いをさせたからかそんな簡単には終わらせない。
そして真宮が、一人の男を相手にし喧嘩している――――その時。 

真宮の後ろにいる先程まで倒れていた男が静かに立ち上がり、ゆっくりと真宮の背後に近付いていった。
真宮は目の前にいる男に夢中で、後ろから歩み寄る男には気付いていない。 それにその男の手には、木の棒が握り締められている。 それは、近くに落ちていた物なのだろう。
このままだと、彼がやられてしまう。 伊達はその光景を見て、耐えられずに声を張り上げた。
「真宮、後ろ!」
「え?」
真宮がその声により後ろへ振り返るのと同時に――――男は、木の棒を真宮に向かって振り上げていた。 が――――その棒は、落ちてこない。

そう――――真宮の真後ろには、悠斗の姿があったのだ。 

悠斗が相手の攻撃を押さえ付けている。 そして木の棒を相手から奪い取り、その男を軽く蹴り飛ばした。
「真宮、大丈夫?」
「あぁ、ありがとな」
心配してくれる悠斗に、苦笑しながら礼を言う真宮。 そしてもう一人――――未来も、この場に来ていた。
「ったく、後ろもちゃんとアンテナ張っておけよ」
笑いながら、未来はそう言葉を放つ。
「ん、気を付ける。 二人共頼んだぞ」
メンバーが揃ったところで、ここからが反撃の開始だ。 悠斗は未来に先程奪い取った木の棒を渡し、3人同時に男たちに向かって襲いかかる。

そして――――それからの時間はあっという間で、すぐに相手を無力化した。 悠斗は相手が動かなくなったのを確認し、すぐに伊達のもとへと駆け寄る。 
そして、彼の手当てをし始めた。
真宮は手当てをできる北野を呼ぼうとしたのだが、家が遠いため諦め、結人でもよかったのだが、藍梨との今の関係を考えると難しいと考え、最終的に悠斗を呼ぶよう頼んだのだ。
「で? どうして未来もいるんだ?」
その真宮の質問に対し、未来は手に持っている木の棒を近くに投げ捨てながら言葉を返していく。
「今日は暇だったから、悠斗ん家にいたんだよ。 そしたら、悠斗が『藍梨さんが呼んでるから行ってくる』って言うから、俺も付いてきた」
「なるほど」
悠斗は黙々と伊達を手当てしている中、真宮は藍梨に向かって口を開いた。
「藍梨さんは平気?」
その言葉に、藍梨は小さく頷く。
「そんなに傷は深くないから、明日にはマシになって少しは治っていると思う」
悠斗は伊達に向かってそう言うと、手当てを終えその場に立ち上がった。 
そして伊達は、ここにいる彼らを不審な目で見つめながら――――静かに、言葉を放つ。

「・・・お前らは、一体何なんだよ」

「「「・・・」」」
その言葉を聞いた瞬間、3人は黙り込んだ。 いや、だが実際この場で一番困惑しているのは伊達なのだろう。 
だって彼の目の前では今、見慣れない“喧嘩”が繰り広げられていたのだから。 そして答えないのも悪いと思い、真宮がこの場の代表としその問いに答えてあげた。

「別に? 喧嘩が少し強い、ただの男子高校生さ」

「・・・」
これ以上彼に質問されないよう、真宮は続けて言葉を放つ。
「さてと。 それじゃあ、俺は伊達を家まで送るわ。 このままだと危ないし、伊達の両親にも謝らないとな。 だから未来と悠斗で、藍梨さんを家まで送ってくんね?」
「いや、待てよ。 俺は一人で帰れる」
伊達はその意見に即反対する。 そんな彼を見て、負けじと真宮は食らい付いた。
「いや、送るよ。 謝りたいんだ、伊達の両親に。 伊達に怪我を負わせちまったこと。 ・・・きっと、ユイならそうすると思うからさ」
この時、伊達は思った。 “どうしてここで、色折の名が出てくるのだろう”と。 だから伊達は、真宮の言っていることがよく分からなかった。

そう――――結人は中学の頃からそうだった。 もし結黄賊ではない人が、自分たちの喧嘩に巻き込んでしまったら。 そして、そのせいでその人が傷を負ってしまったら。 
結人はその人が傷を負うたびに、その人を家まで送っていた。 そして、その人の両親にも謝っていた。 『俺の私情で喧嘩に巻き込んでしまってごめんなさい』と。 
だから真宮は、少しでも副リーダーとしての責任を果たそうとあんな発言をしたのだ。 だが結局、未来たちと別れた後――――伊達は、両親には会わせてくれなかった。 
そして、家まで送るということも拒まれた。 真宮は無理強いはしたくないため、諦めたのだが――――

「やっぱり俺は、ユイには敵わねぇのかな」

真宮が一人で帰っている途中、ふとあることを思った。 今頃、結人は何をしているのだろう。 漠然とした不安が、真宮を大きく包み込む。
「・・・柚乃さんや高橋さんのことで、悩んでいなきゃいいんだけど」


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