執事コンテストと亀裂⑬
待ち合わせ場所
「久しぶりだね、夜月くん」
結人と夜月は今、柚乃の目の前にいる。 柚乃は夜月の姿を見て一瞬驚いた表情を見せるが、すぐ笑顔になった。
彼女には『夜月も連れていく』ということは伝えていなかったため、驚くのは無理もない。
「お久しぶりです、柚乃さん。 元気そうで何よりです」
そう言って、夜月は微笑み返した。 どうして柚乃に対して敬語なのかというと、彼女は結人よりも一つ年上だからだ。
未来が柚乃と電話をしている時敬語を使えていなかったことは、通話していた者が未来だということで、聞かなかったことにしてほしい。
柚乃も未来の性格を知っている上で、そのことに関して特に触れはしなかった。
二人が簡単に挨拶を交わし終えたのを確認し、早速結人は彼女に向かって話を切り出す。
「それで? ストーカーって、アイツか」
そう言って、斜め後ろの道の角に隠れている明らかに怪しい男を見て目配せした。 そして柚乃は、小さな声で『そうだよ』と返事をする。
「とりあえず、本当にアイツが柚乃を追っているのかどうかを確かめよう。 だからまず、適当にそこら辺を歩こうか」
その一言で、3人は揃って歩き出した。
歩いている間、夜月と柚乃は楽しそうに話している。 彼女のことは夜月に任せ、結人は一人藍梨のことを考えた。
―――今頃は、伊達と一緒にこの時間を過ごしているのかな。
―――藍梨は今、どんな気持ちでいるんだろう。
―――・・・もしかして、俺よりも伊達と一緒にいた方が、楽しかったりすんのかな。
藍梨のことを考えるたびに、結人の思考は悪い方へと進んでいく。
―――あーもう、このままだと駄目だ!
―――元の関係に戻りたいと思う前に、藍梨のことを信じられなくなっちまうじゃねぇか。
―――今は柚乃のことだけを考えよう。
―――ストーカーの件を終わらせてから、藍梨のこと考えれば・・・。
―ドスッ。
「あ、わりぃ」
前をまともに見ず歩いていると、丁度角から現れた不良たちにぶつかってしまった。 あまりにも突然な出来事だったため、謝り方が雑になってしまう。
そして思った通り、それでは相手は納得してくれなく――――
「あぁ? もっとちゃんと謝れよ! 何だよ、その適当な謝り方は」
「あの、その・・・。 えっと・・・」
この時の結人は、何も言うことができなかった。 普段ならすぐに謝り対処はできるのだが、今回だけはそうはいかない。
何故ならば、藍梨のことを考えていたり柚乃のことを考えていたりと、頭が混乱していたため今の状況を瞬時に把握できなかったからだ。
そして今もなお険しい顔をしながら睨み付けてくる相手を目の前にして、より何も言えなくなり口を噤んでしまう。
そんな時――――横から、救世主が現れた。
「あー、すいません。 コイツちょっと、今体調が優れていないみたいで」
夜月は結人をフォローするよう男たちに向かってそう言葉を放ち、結人と柚乃を庇うようにして一歩前に出る。
―――俺も、何かしなきゃ・・・。
「ユイ」
何をしたらいいのかと困っていると、夜月が正面を向いたまま名を小さな声で呼ぶ。 そして続けて、口を開いた。
「ユイは柚乃さんを守ってやって。 そして、俺に命令をくれ」
彼はこちらへは一切顔を向けず、言葉だけをそう投げかける。 そして結人は後ろを振り返り、別の男を確認した。 柚乃に付いてきているストーカーは、まだいる。
「ユイ」
夜月がもう一度名を呼んだ。
―――そうだな・・・ここは、夜月に任せるぞ。
そして結人は、仲間である彼に命令を下す。
「夜月、コイツらを頼んだ」
その言葉に夜月は小さく頷いた瞬間、目の前にいる不良らは夜月に向かって襲いかかった。
だが――――それからの時間はあっという間に終わる。 彼は15秒くらいで、相手を全員無力化したのだ。
「夜月、こっちだ!」
結人は柚乃の手を引いて、先にある近くの角へと走った。 ストーカーが隠れて3人の状況を窺えない場所まで来て、結人は夜月に礼を言う。
―――結局・・・ストーカーは、柚乃に付いてきたか。
「結人」
すると突然柚乃が名を呼び、彼女の方へと身体を向けた。
「何だ?」
「お願いがあるの」
そして少しの間を空け、柚乃はゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「あのね、ストーカーが私に付いている間、私の彼氏役になってほしいの」
「は・・・ッ! 何を言ってんだよ、俺には」
「藍梨ちゃん、でしょ?」
柚乃は笑って、結人の彼女の名を口にする。 この時夜月は、隣で驚いた表情を見せてきた。 きっと彼は“柚乃が藍梨のことを知っている”ということに驚いたのだろう。
それは無理もない。 柚乃と藍梨の事情は、結黄賊の中でも真宮にしか伝えていなかったのだから。
―――柚乃は、隣に男がいればアイツは諦めるとでも思ったのか・・・。
確かにその案はいいと思うが、結人には本当の彼女がいる。 だからすぐには了承できず、返事に困っていると――――夜月が、結人の代わりに答えてくれた。
「柚乃さん。 ユイは明日から学校のイベントのために放課後忙しくなって、帰りも遅くなるんですよ。 だから彼氏役としてずっと一緒にいるのは、ちょっと厳しいかも」
―――あぁ・・・そうだ。
―――明日からは、梨咲とコンテストの練習が始まるんだ。
―――藍梨のことばかりで、梨咲のことはすっかり忘れていた。
「だから代わりに俺が、柚乃さんの彼氏役になろうか?」
「・・・は?」
―――夜月が?
「待てよ夜月、それは」
「別にユイ、俺だったら嫉妬はしねぇだろ?」
そう言って、夜月は笑ってみせる。 柚乃は少し納得していないような感じがしたが、その意見に賛成してくれた。
きっと彼女は、本当に結人とよりを戻したかったのだろう。 嘘でも結人と付き合いたくて、あんな案を出したのだ。
だがもしコンテストに出る予定がなかったら、きっと今頃は柚乃の彼氏役になっていただろう。
だから今“俺はコンテストに出ることになっていてよかった”と、この時初めて思った。 柚乃には申し訳ないが、結人には藍梨がいる。
―――そう・・・これでいいんだ。
ストーカーが付いているため結人たちは柚乃を家まで送り、夜月と二人で近くの公園で少し話をした。
「本当、夜月には頼りっぱなしで悪いな」
「いいって。 でももし俺がいつか、壁にぶつかって困った時・・・。 そん時は俺を、ちゃんと助けてくれよな」
「あぁ、もちろんだ」
結人は笑って、夜月にそう返した。
これで今日一日は終わった。
そしてこれは後から聞いた話だが、夜月があの時に言った『だから代わりに俺が、柚乃さんの彼氏役になろうか?』という発言は、やはり結人のことを思ってのことらしい。
あのまま結人が柚乃の案に賛成すると、また藍梨のことで複雑になるだけだから、そうならないためにも夜月が代わりにその責任を負ってくれたのだ。
当然、彼には感謝をしている。 だから結人は、いつか夜月が困難にぶつかったとしたら“必ず助けてやる”と心に誓った。
そして――――今日起きた、結人が不良にぶつかってしまって喧嘩を売られた時のこと。
あの些細な喧嘩が、今後酷いことに繋がってしまうなんて――――この時の結人は、思ってもみなかった。