執事コンテストと亀裂⑫
数分前 沙楽学園
「頑張ってアタックしろよー!」
「こんなチャンス、滅多にないから!」
伊達は今、学校の廊下を歩いている。 両隣にはいつも一緒に行動している、友達二人が付いていた。 どうやらこの二人は、伊達に向かって何かのエールを送っているようだ。
「分かっているって」
伊達はそれだけを返し、3人は並んで廊下を歩く。
「それで、いつコクんの?」
片方の友達が、ニヤニヤしながらそう尋ねてきた。 その質問を聞き、困ったような表情をしながら小さな声で返していく。
「別に、告白なんてまだしないよ」
そう言うと、両側にいた友達が同時に声を張り上げた。 伊達のその発言に、どうやら反論しているようだ。
「それじゃ、俺は行ってくるから」
教室の前に立ち、友達の方へ振り返りながらそう口にする。 そんな伊達を見送るよう、二人も笑って送り出した。
「おう、頑張れよ」
「じゃあな」
二人が教室から離れていくのをしばらく見てから、伊達は意を決して扉を開ける。 その瞬間――――目の前には、一人の少女が現れた。
彼女は今、伊達には背を向けて窓から外を眺めている。 その後ろ姿は、どこか寂しそうな印象を与えていた。
「・・・藍梨?」
彼女を名を小さな声でそう呼ぶと、藍梨という名の少女は伊達の方へ振り返り小さく微笑んだ。
「何を見てたの?」
藍梨を気遣うように優しくそう尋ねると、彼女は一瞬悲しそうな表情をするが――――すぐ笑顔になって言葉を返す。
「ううん、何でもないよ」
笑ってそう言うが、伊達は彼女の一瞬の表情を見逃さなかった。 だから、彼女の今の笑顔は本物ではないとすぐに気付く。
だってそれは、藍梨が悲しい表情をしたからというより――――彼女が先刻見ていた窓のその先には、夜月と隣のクラスの結人が一緒に帰っていく姿を、一瞬だが見えてしまったから。
伊達はその二人の男子を見て、そっと口を開き藍梨にあることを尋ねた。
「藍梨ってさ。 色折のこと・・・どう思ってる?」
「え?」
突然の質問に、彼女は驚いた表情を見せる。 だが何も答えずに俯き出すと、伊達は慌てて口を開いた。
「あ、いや、ごめん。 何でもない。 忘れて?」
そう言って、苦笑する。
―――どうして、あんな質問をしてしまったんだろう。
―――本当は、そんな答えなんて聞きたくもなかったのに。
伊達はこの時“藍梨が質問に答えなくてよかった”と心の底から思った。 だけど彼女のあの沈黙は“きっと色折とは何かあるんだろうな”と、気付いていた。
「あ、そうそう。 これ台詞のプリント。 さっき、先生から貰ってきたから」
そう言いながら、バッグからプリントを取り出し藍梨に手渡す。 それと同時に、彼女の顔を見た。 やはり――――悲しそうな表情をしている。
―――今の藍梨は、一体何を考えてそんな顔をしているんだろう。
「練習・・・しよ?」
とりあえず、今はこれでいい。 彼女に不安な思いをさせないよう、自分がリードして物事を進める。 伊達は今、藍梨とこうして一緒にいられるだけでも幸せだった。
だから彼女が悲しそうな表情をしていたことについては、あまり考えたくはなかった。
だって――――藍梨と一緒にいる今の時間を、無駄にはしたくなかったから。
数分前 1年4組
みんなが教室から出て自分の家へと帰っていく中、未来は悠斗のもとへ走って駆け寄り、焦り口調で悠斗に尋ねる。
「悠斗! 藍梨さんは何だって?」
未来は藍梨と話したことの結果が早く知りたくて、先刻のホームルーム中もずっとそわそわしていたことを悠斗は知っていた。
「ユイのことは、今でも好きだって」
結果を端的に告げると、彼は悠斗と同様安堵した表情を見せる。
「それで、藍梨さんが伊達をペアに選んだ理由は、止めてほしかったからなんだって。 ユイに」
「止めてほしかった?」
そこで未来に、藍梨から聞いたことを全て話した。 それを聞き終えた後、彼は腕を組みながら言葉を放っていく。
「そっかー・・・。 まぁ、ユイと藍梨さんの気持ちがただすれ違っているだけだと思うんだけどなー」
今の意見は、悠斗も同じものだった。 どちらかが素直に気持ちを打ち明ければ、すぐに解決できるのは確かだと思う。
「悠斗、実はさ・・・」
突然、未来は小声で悠斗の名を呼ぶ。 そして一度口を噤み、周りをキョロキョロとし始めた。
「何?」
「・・・よし、伊達は今いないな。 実はさ、悠斗が藍梨さんと話している間、伊達が丁度教室に戻ってきたから声をかけてみたんだよ」
「え、伊達に?」
その発言を聞いてすぐに聞き返すと、未来はゆっくりと頷いた。
―――伊達に声をかけるなんて、凄いな・・・。
伊達はクラスで人気者なため、声をかけるには難しい立場でもあった。 そんな状況の中、未来は彼に話しかけたというのだ。
「それで、俺聞いたんだよ。 どうして藍梨さんを誘ったのか」
「・・・」
悠斗は何も言わずに、未来から出る次の言葉を待つ。 そして――――彼は申し訳なさそうに笑いながら、こう返した。
「そしたら、まぁ・・・。 誤魔化す感じで笑ったりしてさ、答えてはくれなかった」
「ちょ・・・」
その言葉を聞き、悠斗はがっがりして肩を落とす。 そんな悠斗を見て、未来は慌てて口を開き言葉を付け足した。
「あ、でもまだ続きはあるぜ? 伊達が答えずにいたら、伊達といつも一緒にいるダチ二人が来て」
確かに伊達は、いつも3人で行動している。 だから悠斗の頭の中には、すぐその二人の顔は思い浮かんだ。
「それで、その二人が伊達の代わりに答えてくれたんだよ。 ・・・伊達は、藍梨さんのことが好きだから、だって」
「・・・」
―――やっぱり、そうだったんだ。
「あれ、驚かねぇのか?」
未来が不思議そうな顔をして反応がない悠斗を見つめる。 そんな彼に対し、悠斗は視線をそらした。
「まぁ、そうだとは思っていたよ」
そう口にすると、彼は難しい表情をし出して何かを考え始める。 『どうかした?』と尋ねると、未来はなおもそのような表情をしたまま言葉を紡ぎ出した。
「んー・・・。 直接は聞いていないんだけどさー。 ・・・おそらく伊達は、ユイと藍梨さんが付き合っていることを知らないと思うんだ」
「・・・え?」
―――確かに二人が付き合っているのを知らないとなると、藍梨さんを誘ってもおかしくはない。
―――伊達は・・・悪気があって、藍梨さんを誘ったわけではなかったのか。
悠斗も同時に考え込む中、未来は諦めたかのようにこう呟く。
「まぁ・・・難しいな。 二人の様子を、今は黙って見守るしかねぇのかな」
その発言に、悠斗は小さく頷いた。 そう、まだ自分たちが出る番ではない。 そう思った悠斗たちは、少しの間何も動かずに彼らを見守り続けることに決めた。