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第11話

天下の名槍(めいそう)––––蜻蛉切(とんぼぎ)りと皆朱槍(かいしゅのやり)に両翼を(つらぬ)かれたバシリスクは巨体を激しく振るわせ、その(いましめ)めから逃れようとする。

––––ギギギギギギギャァァン!

頭を天井に叩きつける。何度も何度もうちつける。
鋭い爪を持つふたつの足を振り回す。
だが、床から浮かされたそれは空を切るだけであった。
羽根が飛び散り、世界を白一色に染めあげる。

––––ギギギギャァァン!

吠えるたびに、身悶(みもだ)えは強く大きくなる。

––––ギシギシギシギシ!

ふたつの槍の柄が弓なりとなり、
「くっ!」
「うぅ!」
ふたりの少女の顔が苦悶(くもん)にゆがむ。
このままだと槍が折れるのが早いか、握っている者たちが(はじ)け飛ぶのが早いか、という段に至った時––––

––––バゴォォォォォォン!

天井が轟音とともに裂け、黒い物体が飛び込んできたら。
「セイリャァァ!」
裂帛(れっぱく)の声––––人間の、男の気合いに満ちた叫びが、尾を引き床へと落ちてきた。

––––ピギャア!

化鳥の短い鳴き声。本来はもっと長く、高く響くはずであった。
だが、それはできなかった。
天井板をぶち破り、木粉塵(もくふんじん)とともに現れた男––––黒一色の甲冑(よろい)を身にまといし者は、手にした刀でバジリスクのとさかから股まで、一気に斬りさげた。まさに一刀両断である。

ふたつに裂けた巨大な鶏は、左右に分かれ、揺られ、倒れながら石となり、砂と消えた。
「パトリック!」l
林太郎(りんたろう)は叫ぶ。
「ラフカディオ!」
栄子(えいこ)は怒鳴る。
「ハーンさん!」
(きん)は声をあげた。

目の前に降りたった者を、三人それぞれ違う言葉で呼ぶ。
そして、そのどれもが甲冑男の名前であった。
––––パトリック・ラフカディオ・ハーン。
金糸のような美しい髪と、海のように深い青い瞳の右眼と、太陽のように燃えるような赤い左眼を持つその西洋人は言った。
「コイズミヤクモ、タダイマケンザーン!」

いましがたバシリスクを両断した、四尺(120センチ)はあろう、おのれの大得物(おおえもの)をまじまじ見る。
「さすがは石をも斬る利剣(りけん)大太刀石切丸(おおたちいしきりまる)。もっとも、(あやかし)は斬ってから石になったけどね」
ニャリとした––––同時に、
「あだッ!」
金髪の側頭部に衝撃が走る。
「うまいこと言った、みたいな顔すんな!」
廊下に座りこんでいる栄子が、割れた板を小泉八雲(こいずみやくも)の頭めがけ、投げつけたのだった。

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