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第9話

「……色々傷つくんですけど」
ぼそりつぶやくマムシの周六。
それを聞き流しながら、林太郎(りんたろう)は横に立ち、白衣の下の鞘から刀を抜く。

土御門(つちみかど)の大先生もヤキがまわったか! 姑獲鳥(バシリスク)ったっけ? 石化の呪いを持ってるこんな大物が出てくるところに、子供ふたりでいかせるなんてよ」
マムシはツバを吐く。
林太郎は小さく肩をすくめた。
「土御門先生にも、まさか波山(コカトリス)ではなく、その王たるバシリスクが現れるとは予見できなかったのでは?」
「ケッ、陰陽師(おんみょうじ)の総帥もアテにならんな!」
「むしろ、わが国最高峰の千里眼の裏をかいてくるなんて、(あやかし)たちも中々やりますね」
「……林太郎、おまえ、なんか楽しそうだぞ」
「え? またぁ〜そんなぁ、そうですかぁ〜そんなことないですよ〜」
否定しつつ、林太郎の口もとはゆるみっぱなし。目じりに喜色がうかんでいた。
荒木又右衛門(あらきまたえもん)が『鍵屋(かぎや)(つじ)』で三十六人斬った、この『伊賀守金道(いがのかみかねみち)』をふるうにふさわしい妖だなぁ、なんて、全然、まったく思ってないですから、ホントにホント!」
言うなり、刀をかまえてバシリスクへと斬りかかる。
「あ、おいそれ、『伊賀守金道』じゃなくて『和泉守金道(いずみのかみかねみち)』! 鍵屋の辻決闘も講談(ハナシ)だから!ウソだからな!」
マムシは(ほえ)ると、刀の柄をにぎりなおし、林太郎に続く。

「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
林太郎は、手にした「伊賀守金道」を縦横に振るう。
刃風(かぜ)巻きおこるたびに、大蛇の首がはね飛び、石になり、砂と()てる。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
まぶた重そうな茫洋(ぼうよう)とした表情はそのままに、腕の動きはさらに加速。
再生しようと蠢動(しゅんどう)する頭なき首を次々と斬り飛ばす。

「マムシさん、いまです!」
尾である大蛇に復活の間もあたえず、白刃走らせバシリスク本体––––巨大な鶏に迫った林太郎は叫ぶ。
「お!見せ場を上役に譲るその心遣い、お前、出世するな!」
マムシは喜声はじかせて、湯島の山奥で手にして以来、ちゃっかり己の得物(もの)にしている「鬼丸国綱(おにまるくにつな)」と「ニッカリ青江(あおえ)」、ふた振りの銘刀(めいとう)を振り上げる。
「今夜は水炊きで決まりだ!」
マムシがバシリスクに斬りかかる––––が……

––––ドシュ!

鈍い音が鳴るのと同時に、マムシの身体が「く」の字を書いて吹き飛んだ。
苦鳴(こえ)すらあがる間も無く、(くう)をきって玄関から外へと、まるで「おはじき」がごとく跳ね去る。

「……ウソでしょ⁉︎」
林太郎は唖然とした。
バシリスクは黄色く濁った三本の足の指を振りかぶり、振り抜き、マムシに叩きつけ、突き飛ばしたのだ。
圧倒的な打撃力。

––––クッケェェェェェェェェェェ!

黒光りするバシリスクのくちばしが、目にも止まらぬ早さで林太郎に迫る。
両眼を失った妖鳥は、感覚だけで小癪(こしゃく)な人間––––林太郎を撃った。
「……ッツ!」
手にする「伊賀守金道」を横に構えて、槍か(きり)のように鋭利なくちばしを防ぐ。

––––パキキキーンッ!

高く澄んだ音を響かせ、「伊賀守金道」はバシリスクのくちばしの前に屈した。半ばから折れ、弾け飛び、数回円を描いて廊下の壁に突き立つ。
「……⁉」
刃の折れた箇所を見つめつつ、声をしぼり出す。
「そこまで史実にそわなくてもいんじゃない」
林太郎は苦笑する。
「伊賀守金道」––––マムシの言った通り、金道の弟、和泉守金道が作りしものなのかも知れないが––––最初の持主である剣豪荒木又右衛門が鍵屋の辻の決闘で手にした時も、敵方の打撃を受け、刀身が真っぷたつに折れた。

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