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第8話

––––(それ)は黒い衣装に身を包んだ、ひとりの男であった。
彼はバシリスクの足下に転がるショウをすばやく抱きかかえると、さっと身をひるがえし、少年ふたりのところへ––––國男(くにお)寅彦(とらひこ)、ともによく知る人物だった。
「ハブさん!」
「青大将!」
ふたりの呼びかけに、男は舌を打ち鳴らす。墨色の僧衣に身を包んだ「マムシ」の周六、その人。

彼はショウを片手で抱きかかえると、あいた手で國男の肩を押して強引に振り向かせる。
「ハイハイ、お子ちゃまの時間は終わった終わった、さぁ帰れ帰れ」
「……ま、まだ終わってません!」
國男はマムシの手を邪険に払う。
「まだ戦える! やれるから!」
寅彦も鼻息荒く、言い返す。
マムシは寅彦が空の鞘を背負っているのを見てとると、はぁはーんと鼻を鳴らし、
「素手であれを?」
親指を立てて、肩越しにバシリスクを指す。

両目を失った巨大鶏(ばけもの)は、やたらめったら首を振り、猛然と羽ばたき、荒々しく床を踏み鳴らしていた。

––––シャーシャーシャー!

尾の大蛇たちが、潰された両目の(かたき)め、と牙をむき出して寅彦たちに迫ってきた。

「……あ、やっぱりムリ!」
寅彦はくるり、くびすを返すと我がちに遁走開始(にげだす)
「……寅め」
一瞬前の気概(きがい)はどこへやら、一目散に玄関へとかけていく寅彦を唖然と見送っていた國男は、突然背中に重みを感じてつんのめった。
耳たぶにやけになまめかしい吐息がかかる。首を曲げれば、寝入ったショウが背中に寄りかかっていた。それまで抱きかかえていたマムシが國男に背負わせたのである。

「ショウを連れて、早くお前も逃げろ」
「ムジナさんは?」
「マムシな、マムシ! いきもの違ってるから! 悪意を感じるわ」
唾を飛ばしながら子供に本気で怒鳴るマムシは、ふり返りざま腰間(こし)の刀を抜き、両目を潰されて荒れ狂うバジリスクと対峙する。
「ヤツを()るに決まってる」
「……ぼ、僕も! 僕だって戦えます!」
「ムリだろ、クソガキめ」
「ば、馬鹿にしないでくださいよ!」
熊のぬいぐるみを抱きかかえ、熟睡しているショウを背負いつつ國男は叫ぶ。と同時に、体勢を崩してよろめく。
危うく転倒しそうになるところを、伸びてきた二本の腕に両肩を掴まれる。腕は白衣に包まれていた。
––––森林太郎(もりりんたろう)だった。

青年医師はしゃがんで國男の目の高さに顔を近づけると、
「よく頑張りました。あとは大人たちの出番です」
優しく微笑み、立ち上がりながら、
「ショウちゃんをよろしく頼んだよ」
國男の肩をポンとたたく。
「わかりました森先生!」
力強くうなずき、
「先生、どうかご無事で!」
マムシとはうって変わって、林太郎の言葉に素直にしたがい、國男はショウを連れてその場を離れた。

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