執事コンテストと亀裂⑩
同時刻 1年4組
「頼むよ悠斗ー!」
一方4組では、未来が悠斗に何かを頼み込んでいた。
「えー・・・。 どうして未来が行かないんだよ」
「俺が藍梨さんと話したら、ムキになって変なことを言っちゃうかもしれないじゃんー!」
必死になって頼み込むが、悠斗はどうしても行きたくない様子。 そんな彼に負けじと、未来は更に食い付いた。
「だから頼む! 藍梨さんのところへ行って、様子を見てきてくれ!」
そう言って、悠斗に向かって両手の平を合わせる。 その光景を見てこれ以上断っても無駄だと思ったのか、悠斗は未来の頼みを仕方なく受け入れ藍梨の教室へと足を向かわせた。
だが4組の教室から出ると、すぐに藍梨の姿は見え思わずその場に足を止めてしまう。 彼女は5組の教室の前にいた。 伊達と二人で、楽しそうに話をしている。
悠斗は二人の間に割って入るのは気まずく行きたくないという気持ちと少しの間葛藤し、覚悟を決めて二人の会話の中へと足を踏み入れることにした。
「あの、藍梨さん」
そう声をかけると、藍梨と伊達が同時に悠斗の方へ顔を向ける。 そして悠斗は続けて言葉を放った。
「伊達、ちょっと藍梨さんを借りてもいい?」
「あぁ、いいよ」
その申し出に伊達はすんなりとOKを出し、二人きりにするよう自らこの場を離れていった。 そして気まずい雰囲気を出さないため、すぐに口を開き小声で彼女に尋ねる。
「最近、ユイとはどう?」
藍梨に気を遣いながら優しくそう聞くと、彼女は迷わずに小さな声でこう答えた。
「・・・うん、結人のことは好きだよ」
―――そっか・・・よかった。
続けて、藍梨にあることを尋ねる。
「じゃあさ、どうして、そのー・・・。 伊達と一緒に、コンテストに出ようと思ったの? あぁ別に、伊達と組むのが悪いって言うんじゃないんだけどさ」
苦笑しながらそう問うと、彼女は俯きながらも答えを返した。
「止めてほしかったの。 結人に」
「・・・止めてほしかった?」
もう一度聞き返すと、彼女はゆっくりと頷き続きの言葉を紡ぎ出す。
「日曜日、急用ができて遅れるのはよかったの。 だけど・・・それから結人からは連絡が来なくて、未来くんが呼ぶまで・・・待ち合わせ場所には来てくれなかった」
悠斗は何も言わず、黙って頷きながら藍梨の発言に耳を傾けた。
「それだけなら、我慢できたんだけど・・・昨日の朝、言われたの。 しばらく忙しくなるから、一緒に帰れないって。 ・・・結人は今、何をしているの?」
「それは・・・」
そう聞かれるが、悠斗は何も答えることができなかった。 というより、結人が今何をしているのかについては、悠斗にもよく分からないというのが現状だ。
「・・・それでね。 私が結人とあまり話せなくて寂しい気持ちになっている時、直くんに急に話しかけられたの。 ・・・コンテストに、一緒に出ようって」
“直くん”というのは伊達のことだろう。 そのことは、すぐに理解した。
―――直くんって呼べるような、仲にまでなったのか・・・。
「でも・・・返事は一度、保留にしたんだ。 直くんが私を誘ったっていうことはすぐに広まったから、結人の耳にも届いているのかと思ってた」
続けて、彼女は悲しそうな表情をしながら自分の思いを吐き出す。
「だから、結人が私のところまで来て、止めてほしかったの。 『藍梨は俺のものだから、直くんの方へは行くなよ』って・・・言ってほしかった」
「・・・」
そして更に、藍梨は言葉を綴り出した。
「でも・・・結局結人は、私のところへは来てくれなかった。 私はやっぱり、結人とは合っていないのかな」
そう言い終わると、彼女はその場にしゃがみ込み静かに泣き出した。 悠斗はそんな藍梨を見て、隣にゆっくりと腰を下ろし彼女の背中をさすりながら優しく言葉を返す。
「ユイについては、今何をしているのか俺にも分からないんだ。 でも、大丈夫だよ。 ユイは今でも藍梨さんのことを大切に想っている。 だから、そんなに心配しないで」
その言葉を聞いた藍梨は悠斗の発言を信じ、ゆっくりと頷いた。
「うん。 ・・・私、結人のことを信じてずっと待ってる。 結人から私のところへ戻ってきてくれるまで、ずっと待ってるよ」
その言葉を聞いて、悠斗は彼女に優しく頷いてみせた。
同時刻 屋上
結人は梨咲と別れた後、気持ちの整理をするために少しの間屋上にいた。 少しでも気が紛れ、教室へ戻ろうとした時――――偶然、夜月とすれ違う。
「よっ、ユイ」
夜月が結人の存在に気付き、簡単に挨拶を交わした。 そしてその調子のまま、結人に向かって口を開く。
「高橋さんと、コンテストに出るんだってな」
「なッ、何で知ってんだよ!? ついさっき決まったばかりだぞ?」
何事もなかったかのようにあっさりとそう口にする彼に、結人は動揺して声が震えたまま言葉を返した。 そんな結人を見て、夜月は苦笑しながら言葉を紡ぐ。
「彼女のことだ。 ユイとペアになれたのが嬉しくて、すぐたくさんの人に言いふらしたんだろ」
―――と言うことは・・・藍梨の耳にも、届いているのかもしれないってことだよな。
―――藍梨はヤキモチを焼いてくれてんのかな。
―――それとも・・・。
「で? ユイは高橋さんとペアになって、どうするつもり? まぁ、今更ペアを辞めろなんて言わないけどさ」
「・・・」
夜月は結人の顔色を窺いながら、溜め息交じりでそう口にする。
その問いに対して返事に困っていると、夜月は結人の心を読み取ったかのように淡々とした口調で言葉を放つ。
「藍梨さんに、嫉妬でもしてもらいたかった?」
「ちょっ・・・」
「何だよ、その分かりやすい反応」
そう言って、彼は笑った。 結人は夜月とは目を合わせにくく、目をそらしながら小声で言葉を返した。
「しゃーねぇだろ。 藍梨を俺のところへ戻すには、そうするしかなかったんだ」
「そうかなぁ・・・。 ユイが藍梨さんに『コンテストに一緒に出よう』って言えば済む話だと思うけど」
簡単にそんなことを口にする夜月に腹が立ち、思わず声を上げてしまう。
「夜月は藍梨と付き合っていないから、そんなことが言えるんだ!」
「あぁ、悪い悪い。 そんなムキになるなって」
口ではそう言っているが、夜月は笑っていた。 だが彼は何かをひらめいたのか、突然真剣な表情になってこう口にする。
「つーことはさ、ユイは藍梨さんと帰りの時間が別になるよな。 藍梨さんには伊達が付いているから、今のユイにとっては好都合じゃね?」
そう――――ペアが決まった者は、放課後に演技の練習をしなくてはならない。 先生からプリントを貰い、台詞や動きを憶えなくてはならないのだ。
「それは、レアタイのことについてか」
「そうだよ。 伊達は俺たちとは関係ないし、アイツらに襲われる心配もない。 だから藍梨さんを任せるには、丁度いいんじゃないか」
「・・・」
「てことで、今日から俺は一人で情報集めしようかなー」
その発言に、結人はすぐに口を挟んだ。
「いや、今日は俺も行く」
「は? ユイは練習を優先しろよ」
「今日は梨咲の方が予定あるらしくて、練習は明日からになったんだ」
そう言うと、夜月は突然笑い出した。
「ははッ。 お前ら、もうそういう関係になったのかよ」
「?」
そういう関係とは、おそらく“呼び捨てで言い合える仲”という意味なのだろう。 その意味がだんだん理解してくると、誤魔化すように言葉を紡ぎ出す。
「・・・まぁ、今日はとりあえず俺も一緒に捜す。 明日からは、夜月一人に任せることになると思うけど・・・」
申し訳ない気持ちでそう口にすると、彼は笑いながら『喜んで』と言ってくれた。