バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第5話

「来んなッ!」
迫る蛇頭(じゃとう)をかわし、國男(くにお)はその首に薬研藤四郎(やげんとうしろう)白刃()を叩きつける。
––––名刀工、粟田口吉光(あわたぐちよしみつ)(きた)えし刀身(やいば)。大蛇の鱗を、肉を、骨を、紙を切るがごとく、断ち斬り落とす。

「はッ! はッ!」
國男が短い声を発する数と、蛇の首が飛ぶ数はぴったり同じであった。
右に左に刀光がひらめき、宙を飛んだ首は地に落ちる前に石化し、砂化(さか)して消えいる––––だが、胴の方の切口が蠢動(しゅんどう)したかと思うと、またたく間に頭が再生していく。
しかも、

––––シャー、シャー!

––––シャー、シャー!

……ふたつ。

––––シャー、シャー!

––––シャー、シャー!

––––シャー、シャー!

––––シャー、シャー!

いまや蛇の頭は二十を超えていた。

「……ヒュドラ⁉」
國男は(あやかし)の名を叫ぶ。

––––バゴォォォォォォーン!

家の中から轟音があがり、玄関から白い「何か」が吹き出し、國男と寅彦(とらひこ)にかかる。
「……!」
頰に貼りついた「それ」を國男は手に取る。まぎれもなく、白い羽毛であった。

ふたりの少年は玄関から中をのぞく。
「羽根?」

––––コケケケケケケケッ!

巨大な鶏が、床を撃ち抜いて屋内に現れていた。その尻から伸びた、のたうつ無数の長大な影––––ふたりを襲ったのと同じ大蛇であった。
「コカトリスだったか!」
正体を現した妖の名を、國男はまた叫ぶ。
しかし、寅彦がすぐにそれを否定。
「……國さん、違う……あれは……バシリスクだ!」
寅彦は怪鳥(けちょう)の先に、石像と化した青年––––金之介(きんのすけ)の姿を見たのだ。


「こんな状況で目をつむるなんて、無理!」
(のぼる)は絶叫すると、

––––コケッコッココココココー​ッ!

巨大な雄鶏(おんどり)––––バシリスクも黄色く濁ったくちばしを天井に向け、咆哮(ほうこう)。壁や柱や(はり)がビリビリ震え、今にも倒壊しそうである。

「……どうする、どうする、どうする!」
升は焦る。逃げ出したい、いますぐに。全速力でこの場から離れたい––––だが……昏倒(きぜつ)している成行(しげゆき)と、まったく信じられない、目を疑いたくなることだが––––石像と化してしまった金之助を放っておくわけにはいかない。

ぎりっと奥歯を噛む升。
––––と、バシリスクの股の間をするりと抜けて、
「こんちわっ!」
彼の前に丸刈り頭の子ども––––寅彦が現れる。
「わっ!」
本日もう何度目かの驚きの声をあげた升を無視して、
「あらぁ、本当に人が石になっちゃうんだ!」
石像の金之助を見つめる。
徳富(とくとみ)先生からもらった本のとおり!」
興味津々、両目を見開き輝かせながら、まじまじ石化した金之助を見回す。

「おい、ガキ!」
升、瞬時に血が沸騰した。寅彦の後ろえりをひっぱり、吊るしあげる。石に姿を変えてしまった友をはずかしめられている気がして許せなかった。
「國さん、あと三十秒で倒して!」
頭から怒気立ち昇らせている升を無視して、寅彦はバシリスク越しに國男に言う。
「無茶言わないで!」
切羽詰まった声が返ってくる。

國男には無数の大蛇が群がっていた。斬れば斬るほど、蛇の頭は増えていくばかり。それでも、刀を振るわなけばならない。攻撃のためではなく、防御のために。
「國さん、あと十五秒!」
「おい、あと何秒かで、あんなバケモノ殺せるのかよ!」
升は目をむき、顔を紅潮させ怒鳴る。
自分より年下の少年たちだ。たとえふたりがかりでも、とてもじゃないが、あの巨体を(ほふ)ることができるとは思えない。
「いや、やらなきゃ! はい、あと十秒! はやくあいつやっつけて呪いを解かないと、このお兄ちゃん死んじゃうよ。砂になっちゃう!」
寅彦はもの言わぬ姿になった金之助を指さす。

しおり