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第4話

「「に、(にわとり)ッ⁉︎」」
頭の上で揺れる朱色(あけいろ)のとさか、くちばしの下で震える緋色(ひいろ)のひげ、そして金之助(きんのすけ)(のぼる)を見すえる深紅の双瞳(りょうめ)。まぎれもなく、それは鶏––––雄鶏(おんどり)であった。ただし、その大きさは庭を走るそれの何十倍。

––––コケケケケケケケッ!

巨大鶏は叫び、両の翼を広げた。左右の障子が破れ、へし折れ、弾け飛ぶ。
「なんじゃこりゃ!」
升は叫ぶ。
人間の身の丈を越す鶏など、彼の常識の範疇外(そと)である。

––––が、あの夜、まじまじと刀を振るう鬼の姿を見せつけられた後からは、「これは夢だ幻だ!」で片づけることをやめた。
どんなに奇妙、奇天烈、奇々怪々なことでも、一度は現実として受け止めよう––––そんな考えかたをすることに決めた。
そして、「とんでもない現実」を目の当たりにした升の答えは、
「逃げる!」
一択即決。

「金之助、逃げるぞ!」
そう、かたわらにいる友に声を飛ばす––––が、返事が戻ってこない。
「お、おい、金之助⁉︎」
「……」
目の前の巨大鶏の動きを意識しつつ、升は金之助を見て––––そして、凍りつく。
金之助は、石像と化していた。
いままで息をして動いていた金之助の、髪の毛の一本一本、着物のしわのひとつひとつ、その微細(こまか)なところまで、精巧緻密に作り上げられた灰色の像がそこにあった。

石像の金之助の表情は、眉を吊り上げ、目を見ひらき、唇からは今にも驚愕の声が飛び出さんばかり。
「き、金之助!」
驚いて、石像に触れようとした升に、化鳥ごしから声が投げつけられた。
「さわっちゃダメ!」
「……え、えぇぇっ!」
あわてて、伸ばした手を引っ込める升に、さらに少年からの声が届く。
「目をつむって! じゃないと石化の呪いかけられちゃうよ!」


––––金之助が石像と化す、ほんの数分前。
國男(くにお)寅彦(とらひこ)は愛々堂の裏手、住居側の入口にいた。
こんにちは、と少年たちは声をあわせて、宅人を呼ぶ。
「はーい!」
家の内から声が帰ってきた。
出迎えを待っているその時、

––––シャー、シャー、シャー!

ふたり背後に「ひとならぬ者」の気配を感じて、
「うわっっ!」
國男と
「ひやっっっ!」
寅彦は、ふりむくことなく、横っ飛びに地面に転がる。
いくつもの颶風(ぐふう)が生じた。
––––それを巻き起こしたものの正体は、無数の蛇の首であった。

軒先から十匹以上の蛇––––大人の拳ほどの頭を持つそれらが、牙列(がれつ)むき出し、一斉に國男と寅彦のうなじに喰らいつこうとした。
(あやかし)ッ!」
地面を転がり、片ひざ立ちになった時には、國男は懐の薬研藤四郎(やげんといしろう)を抜き放ち、両手でかまえていた。

寅彦も起きあがり、背に結っていた厚藤四郎(あつしとうしろう)を抜こうとした––––が、抜けなかった。
「ありゃ⁉」
右手を背にまわし、柄をにぎることはできたのだが、引き出せない。
たるみを作らず、ぴっちりと背中にくっつくようにきつくむすび止めたので、刀身を抜くことができない。

「ちょっと、何やってんの寅ちゃん!」
もたつく寅彦のもとへ駆け寄ろうとするが、初撃をかわされた蛇たちは、國男の腕二本分はあろう太い身を伸ばして襲いくる。頭に、首に、肩に、腕に、喰らいつこうと、かっとあぎとを開いて國男に迫る。

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