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執事コンテストと亀裂⑥




同時刻 廊下


「何だよ夜月。 急に呼び出して」
人があまり通らない廊下へ辿り着き、早速話を切り出した。 そんな結人に対し、夜月も躊躇いを見せず淡々と口を開いていく。
「ユイさ、大丈夫?」
「え?」
突然自分のことを心配され困惑するが、彼の言っていることが藍梨のことだとすぐに気付いた。
「あぁ。 昨日はその・・・ありがとな。 藍梨を家まで送ってくれて」
「まぁ、そのことはいいんだけどさ。 それよりも、藍梨さんを俺たちに任せておいて、やらなくちゃいけないことって何だよ」
―――未来たちから聞いたのか。
階段に座わりながらそう聞いてくる夜月に、彼から視線をそらして言葉を紡いでいく。
「・・・悪い。 今は言えない。 ただ、俺は夜月たちに藍梨を守ってほしいだけなんだ」
「守ってほしい?」

―――そう・・・俺がレアタイについて探っている間、藍梨を守ってほしいだけ。

本当は結人が赤眼虎と決着をつけるまで、危険だから藍梨には学校が終わった後そのまま家に帰ってほしかった。 だけどそこまで言うと、みんなが心配し出すから。 
結人が今、危険なことをしているのではないか、と。 だからそこまでは言えなかったのだ。 だがとりあえず結人は、今藍梨とは距離を置こうと思っている。
赤眼虎は結黄賊のみんなと抗争時に会ったことはあるのだが、おそらく顔を憶えられたのはリーダーである結人だけだろう。 
20人の顔も憶えられるわけがないし、リーダーだけ憶えられたらそれで十分だ。 だから藍梨を巻き込まないよう、彼女と距離を置きみんなに任せた。

そんな苦しい思いをしている結人に気付いたのか、夜月は苦笑しながら言葉を返していく。
「何だよ、もっと頼ってくれよ。 そんなに俺らのこと、信用できないのか」
「そんなわけねぇだろ。 夜月たちのことを信用しているから、藍梨のことを任せることができるんだ」
「それもそうだな」
そう言って、彼は笑った。 そしてその言葉を最後に、二人の間には沈黙が訪れる。 

確かに結人は、今一人で抱え込んでいるのは苦しかった。 柚乃に関しても、本当は誰かに打ち明けて今すぐにでも楽になりたかった。 
『柚乃じゃなくて、藍梨を選べよ』と、誰かにもう一度言ってほしかった。 もちろんその言葉は、結人と柚乃の今の関係を知っている上で言ってほしい。 
それに今、藍梨と距離を置くだけもかなり心苦しかった。 自分が苦しんでいる時は、傍に藍梨がいてほしい。 
だが――――藍梨が自分の近くにいると、彼女を危険な目に遭わせてしまうかもしれないのだ。

「何難しい顔をしてんだよ」
「ッ・・・」
夜月が結人の顔を見据えながら、そう小さく呟いた。
「そんなに苦しいなら、もう全てをさらけ出しちゃえよ。 どうせユイのことだ。 俺たちに心配をかけたくないからとかの理由で、言えないだけなんだろ」
「・・・」

―――夜月には、バレていたんだ。 

というより、結人と夜月は小学校の頃からずっと一緒に行動を共にしていたため、互いに様子がおかしいとすぐに気が付けるようになった。 この際、全てを彼に話してしまおうか。
その方が気持ちは楽になる。
―――夜月になら・・・言っても、いいよな。
そう思うも最初に発する言葉をどうしようかと迷っていると、夜月が結人の背中を押すようにそっと口を開いた。
「柚乃さんと、何があったんだ?」
昨日未来たちから聞いた。 椎野と夜月が、自分をカフェで見かけたということを。 
―――だから・・・夜月にはすぐに話が伝わるよな。
もう一度話を切り出してくれた彼に、意を決して言葉を紡ぎ出した。
「分かった、言うよ。 でも、他のみんなには言わないでほしい」

夜月がその発言を聞いて頷いたことを確認し、結人は昨日の出来事を全て話した。 柚乃と再会したこと。 赤眼虎のこと。 そして――――

「柚乃に、よりを戻そうって・・・言われた」
全ての話を頷きながら聞いてくれた夜月だが、結人が話し終えると淡々とした口調で言葉を返してきた。
「・・・そっか。 事情は分かった。 でも柚乃さんに関してはとっくに答えが決まっていて、藍梨さんを選ぶんだろ?」
実際のところはそうなのだが、この時の結人は素直に頷けなかった。 そして話は柚乃から赤眼虎のことへと切り替わり、夜月は険しい表情をしながら口を開いていく。
「まぁ、レアタイに関しては・・・。 今日、一緒に調べてみるか」
「え?」
「今日の放課後、レアタイについて調べてみよう。 本当に立川にいるのかどうか。 そして俺たちの近くに、いるのかどうか」
結人はその意見にすぐ承諾した。 
―――よかった・・・夜月に、全てを話せて。
―――今日でレアタイについての情報が、少しでも得られるといいんだけど。





夜月と話終えた結人は教室へ戻り、自分の席へと足を運ぶ。 藍梨の姿は今はなかった。 
そして席に座ろうとした瞬間――――突然未来と悠斗が走って、結人の視界に映り込む。 結人が彼らを見て口を開く前に、未来が先に声を上げた。
「ユイ! 噂、聞いたか?」
「噂?」
―――噂って、何の噂だよ。
二人のことを訳も分からず黙って見つめていると、今度は悠斗が結人に向かって言葉を発してくる。

「伊達が、藍梨さんをコンテストに誘ったっていう噂」

―――・・・は?
「伊達? 伊達って誰だよ」
結人は徐々に胸騒ぎがしてくる中、平然を装いながらも二人に尋ねた。 

伊達直樹(ダテナオキ)。 未来たちと同じクラス、4組にいる男子生徒だ。 彼はクラスで人気者らしく、女子からも男子からもよく話しかけられ友達も多いらしい。

―――そんな奴が、どうして藍梨を・・・。
「噂っていうより、本当らしいけどな」
未来は結人から視線をそらし、溜め息交じりでそう呟く。 そんな彼に、強めな口調で尋ねた。
「それで、藍梨は何て返事をしたんだ?」
―――俺と藍梨は今付き合っているんだ。 
―――だからOKするはずがない。
その問いに対し、未来は困った表情を見せながらも小さな声で返していく。
「さぁ・・・? まだ、返事はされていないみたいだったけど」
「返事をしていないって・・・」

―――どうしてすぐに断らなかったんだ・・・ッ!
―――藍梨は人前に平気で出られるような子ではない。 
―――その上、知らない男子なんかと・・・!

結人が一人困惑している中――――藍梨は、伊達と二人で楽しそうに話をしていた。


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