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執事コンテストと亀裂⑤




数十分後 路上


未来にそう言われ、結人は藍梨と待ち合わせだった場所へと足を運んだ。 
そこには未来、悠斗、椎野の3人が、今はリラックスしている場合ではないと思っているのか、その場所では何もせず何も談笑せず、静かに立ち尽くしている。
夜月は藍梨を家まで送ってくれているらしく、今ここにはいなかった。
「今日はどこで何をしていたんだよ」
「・・・」
3人の目の前まで行くと、すぐさま未来が険しい表情をしながらそう尋ねてきた。 だが結人は答えることができず、ただ黙っているだけ。
そんな結人の様子を見て、未来は更に問い詰める。
「今日、女の人と一緒に話していたんだろ? ・・・誰? もしかして柚乃さん?」

―――・・・見られて、いたのか。

そして今もなお静かな口調のまま、結人に向かって口を開いた。
「柚乃さんと何を話していたんだよ。 どうして藍梨さんよりも柚乃さんを優先した」
「・・・」
今でも沈黙を守り続けている結人を見て、未来は腹が立ったのか急に怒鳴り声を張り上げる。
「どうして来なかったんだよ! 藍梨さんはずっとここで待っていたんだぞ!」
「・・・おい、未来」
彼が暴走してしまう前に、悠斗が止めに入ってくれた。 そのおかげか、未来は落ち着きを取り戻し次は再び冷静な口調で言葉を放った。
「・・・何があったんだよ。 柚乃さんから何を言われた? 教えて・・・くれよ」
「・・・悪い。 今は、言えない」
心配そうな表情で折角気にかけてくれた未来だが、結人は彼らにあまり頼りたくはなかった。 いや、今は言いたくなかったのだ。 
立川に、赤眼虎がいるということを。 柚乃はまだ自分のことが好きで忘れられず、立川にまで付いてきたということを。 みんなに心配をかけたくなかった。 
そんな結人の気持ちを察してくれたのか、椎野は結人の表情を見て優しい口調で言葉を紡いでいく。
「分かった。 言いたくないなら、別に無理して言わなくてもいいよ」
椎野のさり気ない気遣いには、よく助けられることがある。 そんな彼に、今も心から感謝した。 そして続けて、椎野は言葉を発する。
「それで? 俺たちに何か、やってほしいこととかはないのか」

―――・・・やってほしいこと?

彼にそう言われ、結人の頭に浮かんだものは一つだけあった。 そう、藍梨のことだ。 先刻起きた、女子高生が誰かに襲われているという噂。 
結人は助けに行くことはできなかったが、襲っていた奴らは一体何者だったのだろうか。 もしかしたら、奴らは赤眼虎かもしれない。
赤眼虎が、結黄賊のリーダーである自分、もしくは柚乃が言っていたように自分といつも一緒にいる藍梨のことを、探していたのかもしれない。

―――それだったら・・・マズい。

これは時間の問題だった。 赤眼虎と藍梨が関わってしまう前に、早く決着をつけなければならない。
「・・・あのさ、頼みがある」
そう言うと、3人は一斉に結人の方へ顔を向け次の指示を待った。 そして結人は、彼らの表情を窺いながら言葉を発していく。
「しばらくの間、藍梨のことを任せたいんだ」
「いいよ。 ・・・命令なら聞く」
椎野はその発言に、即答してくれた。 それに続けて悠斗も頷き、言葉を返す。
「でも藍梨さんを俺たちに任せている間、ユイは何をするの?」
その問いに対し、結人は3人に不安な気持ちを与えないよう、小さく笑いながら言葉を紡いだ。

「ちょっとな。 やらなくちゃいけないことが、あるからさ」





月曜日 朝 沙楽学園1年5組前


昨日の夜、結人は藍梨に謝罪のメールを送った。 『今日は一緒に遊びに行けなくてごめん』と。 でも彼女からの返事は『大丈夫だよ』の一言だけだった。 
それからは何か話をしようとしてもなかなかメールが続かず、連絡は途切れてしまった。

―――本当に、藍梨に嫌な思いをさせちまったかな・・・。

そのようなことを思いながら学校へ登校し教室に入ろうとすると、偶然藍梨が結人の目の前を横切った。 
「藍梨!」
彼女を見て、すぐさま呼び止める。 それはもちろん、直接謝りたかったから。 別に許してもらおうとは思っていない。
「昨日は、本当に会えなくてごめんな」
申し訳ない気持ちを持ち合わせたままきちんと謝ると、藍梨は首を横に振り小さな声で言葉を返す。
「ううん。 大丈夫だよ、気にしないで」
やはり、彼女の答えは昨日と一緒だった。 そこで結人は“こんな状況でこの話を持ち出すのは最低だ”と思いながらも、別の話を切り出す。
「あのさ。 この前、これからもずっと一緒に帰ろうって言ったんだけど・・・。 しばらくの間、俺忙しくなりそうで」
「・・・」
藍梨は不安そうな表情で、話を聞いていた。 そんな彼女とは目を合わせることができず、視線をそらしながら言葉を続けていく。
「だから・・・しばらくは、一緒に帰れそうにないんだ。 俺が落ち着くまで、俺のダチと帰っていてくれないか?」
結人は本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、彼女はそんなに気にしていないようでただ一言だけを返した。
「・・・うん、分かった」
藍梨は思っていた以上にあっさりと返事をして、俯きながら教室の中へと入っていく。 そんな彼女の様子を見て、結人も不安な気持ちに支配されていった。
―――怒らせちまった・・・かな。

「ユイ、ちょっといいか」

これから藍梨とどうやって付き合っていこうかと考えていると、突然背後から夜月に声をかけられた。





結人は夜月に呼ばれ、彼と一緒に教室から離れたところまで移動した。 そして二人が話している間――――藍梨は、ある男子から声をかけられていたのだ。
それは藍梨が教室へ入って席に着き、授業の支度をしている時のことだった。 急に目の前に、見知らぬ男子3人が現れる。
藍梨にとっては見覚えのない生徒たちだったため、他のクラスの者だということはすぐに分かった。 
そして真ん中にいる男子が――――意を決したかのように、突然声を張り上げる。
「藍梨さん! よかったら俺と、そのー・・・。 一緒に、コンテストに出てください!」
「・・・え?」

そう――――一人の少年が、藍梨に執事コンテストのお誘いをしていたのだ。 

だが何も返せず戸惑っていると、両側にいる男子も口を開き藍梨に頼み込む。
「お願い! 出てやってよ」
「ここは一つ!」
「あ、あの・・・。 その、えっと・・・」
そう言って二人は、藍梨に向かって両手の平を合わせてきた。


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