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第2話

 
挿絵


行きかう人々の大河を縫うようにして、美妙(びみょう)は少女へと近づき、風呂敷をかついだ肩を押さえ、力まかせに振り向かせる。

「––––キャァ……もごもご」
叫び声をあげよとした少女の口を右手でふぎ、長大な棒を持った手を抵抗できないよう左手を押さえこむ。
まるで(かどわ)かしのような所作(うごき)を流れるようなやってのけるところが、美妙が何度かこのようなことをやっていることを雄弁に物語っていた。

––––少女の耳元で囁く。
かなり胡散(うさん)くさいいでたちで、すこぶる胡乱(うろん)な行動に出ているのだが、
「わたしは山田美妙。怪しい者ではありません」
しれっと言ってのける。

「……⁉」
少女の大きな目が、さらにひとまわり広がる。
「……しゅもしぇちゅかの?」
幸いにも美妙の名前と、彼が小説家なのを知っていた。
「そう、小説家にして、詩人、そして編者。いまはさしずめ、困った人を見逃せない通りすがりの善人」
……自分が「見なかったことにしたい困った人」という現実は完全にうっちゃって、何者かを浪曲師もかくや、ほがらかに言いあげる。
「光栄だね、あなたのような素敵なお嬢さんに、わたしのことを知っていただいているなんて」
少女から両手を離すと、スーツの内ポケットから手ぐしを取りだし、自慢の前に突き出た髪をなでつける。

と、その時、
––––バゴッ!
鈍い音が響く。
「はぐっ!」
「おっと、ごめんよ」
凌雲閣(りょううんかく)がよいの大工の、肩に乗せた道具箱の角が美妙の後頭部を直撃した。

続いて、
––––ボョーン!​
「すまんでごわす」
前につんのめた彼は、向こうからやってきた巨漢の力士にぶつかり、はね飛ばされ、きりもみしながら石畳みに倒れる。

と、そこへ、
––––バキバキバキバキ!
「ぐえっ!」
「「「アハハハハ!」」」
話に花が咲いている女学生たちが、まったく気がつくことなく、地べたに突っ伏していた美妙を踏みつけて行く。

そして、
––––ダダダダダダダダダッ!
「あばばばばっ!」
「「「わーい!」」」
仲町界隈(しょうてんがい)の子供たちが容赦なく、ぐったりのびきっている彼の背の上を全力で駆け抜けていった。

「……うぅっ!」
うめきながら、ぴくりぴくりと指を動かしている美妙に、
「山田先生、それではここで」
風呂敷少女は黒髪をペコリと下げる。

「ちょ、ちょい待て!」
さっきのようになってはかなわんと、美妙はバネ仕掛けのカラクリ人形のようにはね起きると、立ち去ろうとする少女の腕をつかんで往来のはずれに移る。

「『いろは』まで案内するよ」
美妙はどうにもこの少女が気になってしかたがなかった。もう少し話をしたかった。山田美妙の小説のネタとしてではなく、山田武太郎として彼女のことを色々知りたかった。

「大丈夫ですよ。だって、そこですもの」
少女は指さす。美妙はその先を追って振り向くと、『いろは』の看板がそこにはあった。

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