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忠烈の騎士

「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 走りながら矢をつがえ放つ。後ろ備えにいた騎士の顔面に突き立つ。弓を鞍に括り付けると、剣を抜き放ち、すれ違いざまに敵騎兵を斬り捨てる。
「なんだ、こいつら何処から来た!?」
 敵軍は混乱している。それに乗じて一気に突破しようとした。後方からうまい具合に歩兵が突入してきたようで、敵は陣列のほころびを更に悪化させていた。
「うーむ、ここにもう一手あればなあ」
「我が君、無いものねだりはやめましょう」
「そうだな。今は忙しい」
「敵を突破している最中に暇とか言い放てるのは我が君くらいです……」
 緊張感のない会話をしつつも、俺とランは敵兵を切り伏せている。というか、細くて小柄なこいつを侮って近寄ってきた敵兵はもれなく黄泉路に送り込んでいた。
 単純な剣技でいえば俺にも匹敵するのだ。腕力がないため、そこが弱点ともいえるが、騎馬の速度を生かして正確無比な斬撃を送り込み、ただ一度の空振り無しで一太刀で敵をしとめている。
 敵軍のど真ん中付近まで来たあたりで違和感があった。本隊が後退、もしくは改装していれば、ここで追撃が開始されていて、前衛の兵がまばらになっているはずだったのだ。
 しかし、前がきっちりかっ詰まっていて、少し先では鬨が聞こえる。
「まて、この情勢でアドニス軍を無視したってのか!?」
「そのようですね。思い切った手を打ったものですが」
「崩壊のタイミングが少し遅れるだけじゃないかねえ?」
「かもしれません。して、どうなさいますか?」
「どうもこうもねえ、進路を変更、アドニス軍と反対側に抜けるぞ!」
「はは!」
 俺は剣先を向け、進路を指し示すと突撃の勢いをググっと捻じ曲げ、敵側面に抜けるルートを取った。
 というか本隊からもこちらの動きを確認したのか、アルベルトの爺さんが最前線で兵を鼓舞している。
「味方の別動隊が敵の背後を突いたぞ! われらの勝ちじゃ! 勝った、勝ったぞ!」
「「「えい、えい、おおおおおおおおおお!!」」」
「ほれ、後は烏合の衆じゃ! 殿下にお主らの武勇を見せつけよ!」
 こっちが横に抜けて敵の前線と中軍に隙間ができた。そこを絶妙のタイミングで突いたのである。
 だが敵もさるもの、陣列を立て直し、こっちには脇備えを分派して抑えにかかった。今の機種でかなり敵戦力を削ったと思うが、それでも兵力差はいいところ互角だ。
 再び戦況が膠着する、そうなればこっちの負けだ。じりじりと押し込まれてしまうだろう。まあ、そうなる前にアドニス将軍が突撃してきて全軍崩壊か。そうなる前に何とか撤退したいものだが……うん、無理。ランも眉間にしわを寄せて首を横に振っている。一人、ビクトルだけは満面の笑顔で敵の部隊に斬り込んで槍を振り回している。いいねえ、脳筋は悩みがなくて。
「我が君、アドニス隊が動きます。我が君だけでも離脱を!」
「俺一人生き残って何ができるよ? ランもいなけりゃ数日で野垂れ死ぬぞ?」
「子供ですか!」
「だから俺たち全部が生き延びんと意味がないってことだ。俺たちは一蓮托生だろうが!」
「しかし!」
 そこに見慣れない騎兵がいた。うちとも本隊とも違う軍装というか、これ、アドニス軍の格好じゃないか?
「って待て、お前は誰だ?」
「ああ、やっと気づいてもらえましたか。アドニス将軍からの使いです」
「なんだ、降伏勧告か?」
「いえ、将軍の口上を述べさせていただきます……「わが軍に賊に味方する者一人も無し アドニス」とのことで」
 あまりに予想外の一言に俺が一瞬あっけにとられた。その時には戦況は三度大きく動いた。アドニスが騎兵を傭兵団に叩きつけたのである。それも、三手に分けて時間差をつけることで、敵の戦線を完膚なきまでに切り裂いた。
 俺がやりたかったことをそのまま見せつけられたのである。将として少し羨望を覚えた。いいなあ、兵力があって。
「では、私はこのままルシア殿下のもとに向かいますね」
「いや、普通は先にそっちだろ!?」
「将軍が貴公の戦いぶりに感銘を覚えられたとのことでして」
「まあ、いいや。承知した。して、将軍はこれよりどうなさるつもりだ?」
「ルシア殿下に降りますよ。そもそも、元主君の策を完膚なきまでにぶっ壊しといておめおめ戻れませんし」
「ぶっちゃけるなあ」
「それと、アドニス閣下もそうですが、もっと激怒されている方がいらっしゃいまして……」
「そうか、こっちは承知した。一応追撃に移るからよろしく頼む」
「はっ!」
 そのあとは普通に追撃戦だった。団長のコルテスはビクトルが串刺しにして討ち取った。そのほか幹部もアルベルトの爺さんが真っ二つにしたとか。敵軍は半数ほどが戦死、残り半分が逃走、さらに一部は降伏してきた。
 降伏した兵はひとまず鉱山に叩き込んだ。略奪とかしてたし、ただ許したのでは示しがつかんということなのだろう。命があって、年季があければ娑婆に戻れる。温情措置だろう。
「殿下、このアドニス、義父たるグレイブ伯の命に従っておりましたが、民を害する策を採ったことを止められず。誠に申し訳ござらぬ」
「ええ、それはいいのですが……」
 アドニスは後ろ手に縛られ、その縄を妙齢の女性騎士が手にしていたのである。
「ルシア殿下! このたびはうちの父と宿六が申し訳ありませんでした!」
 見事なまでの土下座である。そういえば聞いたことがある。アドニス将軍の妻はグレイブ伯の娘である。それは見事な女騎士で、曲がったことを嫌い、騎士道に殉じることを誇りとする、今時珍しいタイプだとか。
 この光景を見てアルベルトの爺さんすらポカーンとしていた。
「この上は父を討ち取って当家の正義を示す所存! 権力争いまでは貴族の常としても民を害する者に領主の資格なし! ルシア殿下、わたくしに先陣をお命じくださいませ!」
 あまりにあまりな勢いと展開に、俺を含め誰も頭がついてこないのだった。

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