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彫刻と余興4

 それは妙な魔物であった。
 姿形におかしなところは無い。たまに見る単なる二足歩行の魔物だ。
 しかし、ただひたすらに、地面に円でも描くように歩き回っているのだ。その姿は、つい最近防壁上から見た覚えがある。
 あれは一体何をしているのだろうか? と思うも、よく分からない。それでもいつも通りに倒そうかと思ったが、少し気になったので近づいてみる。
 視認できる距離まで近づいたが、魔物は一切こちらに反応せず、一心にぐるぐると同じ場所を回り続けるだけだ。
 もう少し近づき、魔物の足下に目を向けると、足跡で円が描かれている。
 未だに気づく様子の無いその魔物へと、ボクは魔法を発現させて攻撃したが、実にあっさりと魔物は消滅した。
 魔物の消滅を確認したボクは、その魔物が歩き回っていた場所へと移動して、足下を確認する。そこには、魔物が残した足跡で作られた小さな円が地面に描かれているが、それ以外には何も無い。
 一体何がしたかったのだろうか? 前の時も思ったが、意味不明な行動だな。
 とりあえず魔物は倒したので、頭を切り換えて移動を再開させる。まだまだ周辺には魔物が多く居るので、討伐を続けるとしよう。
 討伐の邪魔をしないように、周辺に居る生徒や兵士達の位置を把握すると、魔物の位置も忘れずに捕捉しながら北へと進む。
 移動すると直ぐに魔物と遭遇するも、それらは問題なく消滅させていく。
 そんな事を繰り返している内に朝になった。
 結構北に進んだので、離れた場所で他の砦を発見する。
 見た目は、東門直ぐの場所に築かれていた砦と同じ様なものではあるが、規模はその砦よりも少々小さい。しかし、それでも百人以上が暮らせそうなぐらいには大きかった。
 そんな砦には寄らずに、ひたすらに北上していく。
 魔物は数も多いが、見た目の種類も豊富なので、それはちょっとした楽しみでもある。しかし、平原に出てきている程度の強さの魔物では、大して魔法が使えないので、その点では少しつまらないな。会話も出来ないし。
 森の中に入れば会話可能な魔物も居るのだろうが、それは今の学年では難しい。西門ではたまたま森の中に入る機会が巡ってきたにすぎない。
 その為、今は大人しく魔物を狩り続けているしかないが、多少開き直ったとはいえ、程々のところで力を抑えなければならないのは、正直面倒に感じる時がたまにある。
 何処かで一度全力で魔法を放ってみたいが、それは難しいだろう。ボク自身、全力で魔法を放った事はないのだから。ジーン殿の時は、全力というには消耗し過ぎていたからな。それに、今はあの時よりも成長しているので、同じように消耗している状態でも、ジーン殿ではもう相手にはならないと思う。
 そう考えれば、弱いドラゴンでも目安難度が最上級の下なので、今のボクをその目安に当てはめれば、それ以上という事になるのか。ただの目安とはいえ、大分成長したものだ。
 休むことなく北上しながら、遭遇した魔物は残らず殲滅していっていると、気がつけばもう夜中であった。
 ちらりと確認した監督役の魔法使いの男性は、疲労が顔に浮かんでいる。それでもまだ多少息が上がってきた程度なので、無理させ過ぎたという事はないだろう。
 それでもそろそろ休息が必要そうなので、監督役の男性に休憩を提案すると、直ぐにそれは了承された。
 空気の層を薄く敷いてその場に腰掛けると、夜空を見上げる。
 今日は雲量が乏しく、空気が澄んでいるからか、星の光が眩しいぐらいだ。しかし、幸い月は夜空に出来た切れ目のように細いので、その分そこまで明るくはない。
 そんな夜空を眺めながら、周辺の様子を探っていく。
 近くには魔物の反応が在るも、襲ってくる様子はない。やはり動く事で魔物を引き寄せてしまっているのだろう。魔物は魔力の流れを鋭敏に感じとれる器官でもあるのだろうか? 魔物は魔力の集合体であることを考えれば、それは無いとは言い切れない。
 とはいえ、勿論何事にも例外はあるので、動かないからといって、警戒を怠ることは出来ないが。
 暫くそうやって夜空を眺めながら色々と考えた後、監督役の男性の様子を窺い、大丈夫そうなのを確認してから、ボクは休憩を終えて立ち上がる。あんまりにも長いこと休んでいたら、そのまま眠ってしまいそうな気がしてきた。
 休憩を終えると、ボクと監督役の男性は歩き出す。
 そろそろ次の進路を取ろうと思い、北側から西側へと身体の向きを変えて、移動を始める。
 とりあえず西進と一緒に南下もしつつ、東門に戻る為の準備を行っていく。そうすると、離れたところに砦の姿が確認出来るが、やはり生徒や兵士達は、極力砦に泊まろうとしているらしい。おかげで周辺に生徒や兵士達の姿は少ない。
 もうすぐ空が白みだす時間となっても、砦から人が出てくる様子があまりみられないが、兵士達が一定数警邏に出ているので、問題ないのだろう。砦の守りも兵士達が担当しているので、生徒達はのんびり眠っている。まあもっとも、砦に寄るついでもないボクには、関係のない話ではあるが。
 そのまま砦を遠目に確認しながら、ボクは先へと進んでいく。


 魔物というものは、不思議な存在だ。というより、よく判っていない存在か。
 判っている事は魔力の塊であるという事ぐらいで、長いこと近くに存在している割に、詳しい部分については、実はまだほとんど解明されていないのだ。
 それでも魔物の創造までは行えるのだから、言葉に出来ていないだけで、ぼんやりとは把握しているのだろう。
 そう思いつつも、実はボクもいまいち理解出来ていない。
 魔物を形作る魔力は少々他とは異なっているのは解るのだが、では、どう違うのか尋ねられた場合、ボクでは説明できない。
 そんな不思議な存在である魔物は、基本的に人類の敵とされている。現に、魔物は人間界を覆っている大結界を攻撃してくるし、昔から人間も襲撃してきていた。
 それでも、ボクはシトリーという最上位の魔物を知っているので、一定以上に強い魔物はそうとは言い切れない事も知っている。国だって造っているようだし。
 しかしながら、人間界が在る平原に存在する魔物は弱い魔物が多い為に、人間はその事を知らない。辛うじて、魔物の中にも喋ることが出来る個体が存在している、というのが確認されているぐらいか。
 それが今の人間の限界だが、平原を囲むように存在する森の中には、知性のある魔物が存在しているので、もしかしたら、いつかは対話する日も訪れるのかもしれない。
 そんな事を考えながらも、平原の魔物を狩っていく。
 ここの平原だけで、日にどれぐらいの魔物が狩られているのだろうか? 何百だろうか? 何千だろうか? それでも無尽蔵に森から出てくるのだから、魔物というのは不思議なものだ。
 一応、魔物が魔物を創造しているという話は聞いたが、ここの魔物もそうなのだろうか? そうだとしたら、あの森の中に大量に魔物を創造している存在が居ることになるが。

「・・・ふむ」

 しかし、こうも長く近くで見ていると、ここの平原に居る魔物はどこか少し違和感があることに気がついた。それは本当に僅かなもので、連戦が続いているからこそ気づけた違和感であった。
 それは、薄さだ。太さなどの身体の厚みについてではなく、また魔力の濃淡に関してでもない。魔力の密度など強さによっても変わるし、変えようと思えば意図的に変える事も可能なのだから。
 気になっている薄さは、存在の薄さだ。何というか、シトリーやフェン、セルパンに比べて、儚い感じがするのだ。そう思って森の方に眼を向けると、平原に出ている魔物ほどの薄さは感じられない。
 どことなく消え入りそうな平原の魔物ではあるが、それはかなり時間をかけて観察したから判った事でしかないので、それ故に、何かしらの欠陥のような、目に見えておかしな部分がある訳ではないし、透けているという事もない。それに、だからといって弱いというものでもなかった。
 しかし、一度それに気がついてしまうと、どうしてもそれが気になってきてしまい、魔物の捕捉がてら観察も行っていく。そうすると、やはりどこか存在が薄く感じてしまう。
 何故だろうかと思うも、それに対する答えも情報も無い。それに、それが判らないからといって、困るような事でも無いんだよな。
 とりあえず、観察だけは継続しつつ、そこまで気にしないようにしておく。
 魔物は大量に居るので、観察対象には困らないしな。今だって、捕捉している少し先に居る魔物の一団へと向けて移動しているが、その周辺にもまだまだ居るので、本当にここは魔物が多い。
 その分生徒や兵士達も多いが、兵士達はともかく、生徒達の実力調査は大分済んでいるので、観察はあまり必要ないな。兵士も防壁上からの観察である程度は完了しているが、もう少し観察を続けた方がいいかな。東門所属の兵士は、東門でしか観察できない訳だし。
 そういう訳で、魔物を観察がてら兵士達も観察しつつ、それでいて視認可能な距離の魔物は狩っていく。そんな事を続けていると、あっという間に今回の討伐任務は最終日となった。
 最終日は東門へと向かいつつ、魔物を狩っていく。一日三十体以上狩れているので、既に討伐数が百を超えている。この調子だと、簡単に目標討伐数を超えることが出来るな。
 もっとも、討伐数に関係なく、ここでは平原に出る事になるのだが。東門では特に戦闘経験を積む事が重視されているようだし。
 まぁ、それも納得出来る賑わいようなので、確かに森に入る前の戦闘訓練としては最適な場所だ。
 そんな感想を抱きつつ、最終日の討伐を行っていき、夕暮れ前には大結界の内側に戻っていく。
 宿舎に戻る途上で完全に日が暮れたが、問題なく自室まで戻る。
 室内には誰も居なかったが、背嚢を仕舞って、誰にも見えないように構築した着替えを持ってお風呂場へと向かう。
 お風呂に入って身を清め終えると、自室に戻ってベッドに横になった。明日は休日だが、その後は学園ではなく再度見回りとなる。ここにきて間もない内は、見回りの回数もそこそこあるので、観察するには持って来いかもしれないな。
 そう考えながらも、先程まで平原で行っていた連日の討伐任務を軽く振り返り、早々に眠りにつく事にした。流石にずっと眠っていなかったので、そろそろ少し睡眠を取りたかった。





「やぁやぁ、何やら面白そうな事をしているね」

 暗い空間に響く明るい声に、闇の主はその声の方へと目を向ける。

「それで、どんな具合だい?」

 子どものように高い声でのその問いに、闇の主は笑みを浮かべて答える。

「順調ですよ。滅ぼさず、それでいて相応の被害は出させています。そういう意味では、調査も順調ですね」
「それはよかったね。しっかり準備して楽しんでもらわないと」
「ええ、勿論です。楽しんでもらわなければ、演劇をやる意味がないですもの」

 二人は笑いあうと、周囲の闇に蠢く者達に目を移した。

「しかし、ここの兵達は強いね。それでいて不死身なんだから質が悪い」

 楽しげな声に、闇の主は肩を竦めるような仕草をみせる。

「厳密には不死ではないですが、不滅とは言えるかもしれないですね。とはいえ、滅する方法が無い訳ではないですが」
「それが出来るのは、君も含めて二人だけだろ? ならば、それらを不死身と呼んでも問題ないだろうさ。少なくとも、ぼくじゃ倒すのが精一杯で、消すことなんて出来ないよ」

 呆れたような声に、闇の主は蠢く者達を眺めながら口を開く。

「それはそうですが、この程度の雑兵で手一杯ですと、小隊長にも勝てませんよ?」
「今のぼくならば、それも一対一ならば全く問題ないさ。ただ、雑兵でもこの数は捌くのが大変だってことさ」
「それならばいいのですが・・・もしもこの程度で手に余るというのであれば、不適格として、この場で消して差し上げましたのに」
「それには及ばないさ。流石にぼくの全力でも君には届かないが、君の側近ぐらいになら、簡単に負けはしないよ」
「当然ですね。それだけの力を有しておきながら、あれにも届かないようであれば、貴方が怠けすぎなだけです」

 冷たく言い放った闇の主に、もう一人は小さく笑う。

「手厳しいねぇ。ぼくは君ほど特別な存在ではないんだがなー」

 その言葉に、闇の主は優越感を滲ませる笑みを浮かべる。

「当然ですね。私はこの世界で最も恵まれ、選ばれた存在なのですから」

 胸を張って、横に愉悦の目を向ける闇の主に、もう一人は悔しげに唇を尖らせると、不貞腐れたように口を開いた。

「ふーんだ! ぼくだって恵まれてるもん!」

 少しそっぽ向いての、そんな子どものような喋り方に、闇の主はおかしそうに笑う。
 そんな会話を交わしながらも、二人は闇に蠢く者達の動きを眺め続ける。

「それで、この軍勢はまだ動かさないの?」
「ええ。これを全て動かしてしまっては、簡単に終わってしまいますから。それではつまらないでしょう? まずは希望か絶望を与えなければならないのですから」
「それで最初に希望を選ぶと?」
「勿論。その方が、後に続く絶望が映えるというものでしょう?」
「逆でも物語は創れると思うけれど?」
「それでは彩りが乏しくなってしまうでしょう? 有象無象は、阿鼻叫喚の無様な姿だけが美しいのですから。それ以外に価値は無い訳ですし」
「うーん。そういうものかねー」
「価値観はそれぞれですので、貴方はそうでしょう。ですが、私は小物共が調子に乗った後に浮かべる絶望が好きなのですよ。勇敢に挑んで無様にやられる姿もいいですね。単に己が無力を恨む姿もまた、美しいですね」
「相変わらず君は変わった性癖をしているな」
「ふふ。哀れな姿は美しくて興奮してきますね」

 そう言うと、その光景を思い浮かべたのか、うっとりとした表情を浮かべる闇の主。

「あれこそが、この世で二番目の美でしょう」
「そんなものかね」

 とろけるような声を出した闇の主に、もう一人は呆れたような声を出した。

「では、貴方にとっての二番目の美とはなんですか?」
「そうだなぁ・・・生命の輝きかな」
「生命の輝き、ですか」

 その返答に、今度は闇の主が理解出来ないという声音を出す。

「・・・命など、最期の輝き以外に価値があるとは思えませんが」
「少しずつ前に進んでいく力は、美しいものだよ」
「ふふ。それが無慈悲に踏みつぶされる瞬間こそが、美しいのではないですか」
「むぅ。分からないかなぁ」
「ええ、分かりませんとも。死と生は表裏一体と聞きますが、私は死で始まり死に終わっていますので、死こそが価値あるものです」
「生が在るからこそ、死が生まれるのでは?」
「いいえ。創造するから死が在るのであって、必ずしもそこに生は必要ありません」
「むぅ。君の立場は理解しているが、そこまでは理解しきれないな」
「ふふ。別に貴方に理解して欲しいなどとは思いませんので」
「だろうねぇ。ぼくも理解したいとは思わないもん」

 二人は顔を見合わせると、微笑み合う。そこにはひりつくような緊張感があるも、敵対している雰囲気はない。

「まぁ、そんな事は今はいいとしてもだ」
「ええ。勿論、優先すべき事ぐらいは理解していますとも」

 そう言うと、闇の主は近くに待機させていた存在に指示を出す。

「さて、次は順番的に迷宮辺りの調査でも行いますか。それとは別に、面白い魔族が派遣されたみたいなので、片が付く前に、現在の沼地にちょっかいを掛けてみるのも、面白そうですね」
「迷宮ね・・・迷わないようになー」
「ふふ。迷うようなら、あの大きい生き物を仕留めますよ」
「それは物騒だ」
「ええ。あれを殺すにしても、まだ時期ではないですから、ちゃんと案内は付けますよ。世界に遍く存在するのは、何も精霊だけではないのですよ?」

 闇の主は楽しそうに笑うと、指示を受けて離れていく存在に目を向けた。





「ふーむ」

 東門での最初の討伐任務を終えた翌日。ボクは休日を利用して、近くの街に来ていた。
 実家のある町は少々距離があるので、日帰りで往復することを考えれば、ほぼ滞在できないので無理がある。なので、それよりも近いところに在り、それでいて大きな街に来ているのだ。
 その街は人通りがそこそこあり、主要な道は石畳で整備された道であるが、少し道を横に逸れれば、地面がむき出しの道に出る。
 しかし、それでも十分に整備されている方だろう。場所的にも、比較的新しい街である訳だし。それに、ハンバーグ公国は道路整備よりも、人材育成の方に重きを置いているようだしな。
 もっとも、土の地面でも踏み固められているので不便は無い。それ故に何とも思わないのだが。
 とりあえずそれはさておき、問題は目の前のお店だ。
 今、ボクの眼前には道具屋が在った。それも魔法道具も一部取り扱っているという、珍しいお店だ。
 後学の為にも店内に入ると、一つしかない出入り口の両脇に警備の者が一人ずつ立っているが、気にせず中の商品を見ていく。
 数十人ぐらいは入れそうな広い店内には、普通の生活用品から野営などで使いそうな物まで、様々な道具が置かれている。その中で肝心の魔法道具は、会計場近くの店員の目が届く場所に置かれていた。
 その前まで移動すると店員に声を掛けられたので、軽く挨拶を交わしてそれらを観察していく。
 組み込まれている魔法は、クロック王国の駐屯地で調べた物にも劣っている、効果の弱い身体強化や疲労軽減などの補助程度の内容だが、それでもとても高価な商品のようで、ボクの手持ちでは一つも購入できない。それでもこれが在れば助かるのだろうから、魔法が使えないというのは不便なものだ。もっとも、買えないのであれば、それも意味はないが。
 それらの商品を一通り確認した後、店の隅に置かれていた小物類を眺めて、意匠の参考にする。折角なので何か一つ買っていこうと思い、並べられている商品の中の一つを購入した。
 選んだのは、石膏で出来た安物の小さな置物ではあったが、雲のように白く、硬い材質のはずなのに見た目がふわりとしていて、突けば柔らかそうに見えるのが気に入ったので、満足している。ただ、それが何を題材にしているのかは分からなかった。見たままに雲だろうか?
 購入したその置物を様々な角度から観察しつつ、ゆっくり通りを歩き、満足したところで、衣嚢に仕舞う振りをして情報体に変換した。
 情報体に変換した後、まだ時間もあるので、もう少し街中をぶらつく。次は本屋でも探そうかな。
 それにしても、流石に魔法使いが多い国なだけに、大した性能ではないとはいえ、魔法道具が普通に街中で売っているとは思わなかった。これなら、もしかしたら他の店にも売っているのだろうか? 中には付加品なども売っている店が在るかもしれない。
 そう思うと、街歩きも少しは楽しくなる。人混みは苦手だが、そこまで窮屈というほどに人が出ている訳でもないし。
 今回は本屋を探しつつ、他に組み込み品などの魔法道具がないか探そう。あと、他の雑貨屋にも寄って、意匠の勉強もいいな。造るからには、見た目も大事だろう。
 そう考え、周囲の店に目を向けながら街中をぶらつく。世界の眼でも向ければ、直ぐに魔法的な品がどこに在るのかは判るが、それは少々無粋だろう。急ぎでもない限りはする気はない。こうやってのんびり街中を見て回るのも必要な事だ。
 そうしてぶらついていると、見慣れた少女を見つけて足を止める。・・・いや、あれは少年だったか。
 一本隣の通りを歩くその姿を、家と家の間を通る横道から目撃したが、薄い桃色の髪で背の低い少年であった。
 その少年の名前はレイペス。北門で暫く同室であった少年で、急用でハンバーグ公国に帰ったはずなので、ここに居てもなんらおかしくはない。
 レイペスはこちらに気づかずに、直ぐに建物の影に消えていったので話はしていないが、見間違いではないだろう。
 一瞬どうしようかと思ったが、別に追いかけてまで声を掛ける必要もないだろうと判断して、ボクは歩みを再開させる。それでも、少しは気になった。
 それから暫くの間街中を歩き回ったものの、レイペスを見掛ける事はなかった。その代り、本屋は見つけることが出来たので、そちらの方が大事だろう。
 本屋は街の中心から外れたところに建っていた。・・・ユラン帝国の時もだが、中心部に本屋を建ててはいけない決まりでもあるのだろうか? とりあえず、本屋の看板を掲げている、真新しい建物の中に入っていく。
 室内には、本のいい匂いが充満している。印刷された紙の匂いは独特だが、ボクの好きな匂いだ。
 ここは新刊を扱っているらしく、建物同様に真新しい本が、所狭しと本棚に並べられている。
 それらをわくわくしながら眺めてみると、実用本から趣味本まで色々と揃っている。絵本も興味深いので、気になったものは買っていこう。収納すれば荷物も問題ないから、便利なものだ。
 暫く本の表紙を眺めていき、気になった本を手に取っていく。
 中には紐で結ばれていて中身が読めない本もあるが、読めるものは軽く流し読みをして、どうするかを決める。そうして十冊の本を厳選すると、購入して店を出た。
 本を手に持ったまま道を歩き、人の目が無いところで情報体に変換すると、満足して駐屯地に帰る事にした。時刻ももうすぐ夕方になりそうだしな。


 駐屯地に在る自室に戻ってきたボクは、お風呂に入った後、誰も居ない自室で本を取り出して、それを読んでいく。
 読むといってもボクの読書の仕方は、最初は流すように見ていくだけだ。それが済んだ後、一度内容を思い出し、それから読みたい部分から読んでいく。
 そうして読んだら、また内容を思い出し・・・というのを幾度も繰り返し、本を堪能していく。そして仕上げに、最初からしっかりと読んでいくのだ。
 これは時間が掛かるが、その分一冊一冊の本を楽しめる。読書とは、内容を理解して記憶しなければ意味がないと思うし、何より本は安い物ではないので、あっさりと読み終えてしまっては、あまりに味気ない。
 そうして、購入した十冊の内の一冊を楽しんで、就寝する。また後日、何度か同じ本を堪能してから、次の本に手を伸ばすとしよう。
 翌日からは見回りだ。ここの見回りは忙しないものの、他の門での見回りの時のように、考え事をしながらでも問題なく行えるので、今回は串刺しウサギの角をどういう風に加工するかを考えるとしよう。
 串刺しウサギの角は、乳白色で表面に艶があるも、凹凸が多く、石のように硬い。それでいて細長い為に、中々考えさせられる素材だ。
 必要なら凹凸は削るなり溶かすなりすればいいし、硬さはある程度はどうとでもなる。まぁ、削ったりした際に艶が消えないかは心配だが。
 面積に関しては、繋ぎ合わせれば何とかならないだろうか? 数については複製してしまえばいい話だろう。
 その辺りの実験は、後日クリスタロスさんのところで行うとして、次は何に加工するかだ。
 とりあえず、武器や防具には向かないだろう。硬くはあるが、元々突くための部位な訳だし、表面で衝撃を受け止めるには微妙なところだ。
 そうなると装飾品だが、それならば小さくとも何とかなるか。街に串刺しウサギの角の加工品でも売っていればよかったのだが、ボクが探した範囲では見掛けなかったな。雑貨屋や道具屋では取り扱っていないのかも?
 手元には、丸まる一本串刺しウサギの角があるので長さはともかくとして、串刺しウサギの角はあまり太さがないので、太さをそのまま使っても小さめの指輪が精々だろう。なので、輪として加工するよりも、首飾りなどの飾りとして加工する方がいいか。
 首飾りであれば、飾りに紐を通すだけでも作れるし、簡単か。耳飾りや髪飾りなどでも同じ様に簡単に作れるな。
 あとは渡す相手だが・・・うーむ。プラタ達にはこの間腕輪を渡したし、かといって他には誰も居ない。なのでプラタ達になるのだが・・・となると、首飾り辺りが妥当かな? まぁ、飾りだけ先に作っていれば、あとはいつでも変えることが出来るか。
 では、どのような飾りにするか、だが・・・まずは、控えめで小さい飾りがいいな。折角なので、角の模様を活かすようにしたいから、そのままでもいいな・・・ん? いっそのこと変に加工せずに、適度な大きさに切り取った角に、紐を通すだけでいいのではないだろうか? 艶のある乳白色は綺麗だし。
 それに申し訳程度に魔法を付加させれば、十分な気がする。それも品質保持系の魔法だけに留めておけば、贈るだけであれば、そこらの人でも問題ないかも? 昨日一般の魔法道具も目に出来たし、北門では前線での基準を調べたので、これは加減がある程度は判ると思う。
 それならば、すぐに出来るかもしれないな。適当な大きさに切り取り、表面の凹凸はそのままに、裏面を整えて上部にでも小さな穴を開けて、紐を通せば完成だ。
 その飾りと紐にでも品質保持の魔法を付加すればいいだろう。付加品だが、上手く付加出来ればかなりの時間付加し続けられるので、大丈夫だろう。折角なので、色々な物を作ってみようかな。贈る相手は居ないのだが。
 頭の中でそれを作ってみて、問題なく作れるだろうと確信する。これならば、皆が寝静まった後、直ぐにでも作れるだろうな。
 そう今夜の予定を考えていると、大結界に向かってきている魔物の姿が視界に入る。もうすぐ昼だが、団体さんのようなので、結構な時間拘束される事だろう。
 程なく、部隊長が魔物を発見して報告した。近くに警邏中の兵士達が居るが、大結界が破られるまでには間に合わないだろう。
 そんな予想は的中し、魔物達が大結界を派手に破って侵入してきたが、事前に防壁上から迎撃準備を整えておいたので、全員で一気に魔法を放っていく。それにより、魔物はあっさりと殲滅できた。念のために、魔物の頭数と同じだけの魔法を発現する準備はしておいたが、用意した魔法の半分ぐらいで十分だった。
 魔物の殲滅を終えると、警邏をしていた兵士達が到着して、大結界へと応急処置を施して去っていくのを見届けてから、見回りを再開させる。その頃には日が大分傾いていたので、近くの詰め所に入って初日の見回りを終える。
 他の部隊も居たが、夕食を終えて夜中になるにつれ、仮眠室へと移動する人が増えたために、広間に居る人が減っていく。それでもまだ人が居るので、串刺しウサギの角を加工することが出来ない。
 たまにボクのように朝まで起きている人が居るので、どうなる事か。ま、今日が駄目なら明日でも、戻ってからでもいいのだから、別に焦る必要はないのだけれど。

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