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第11話

林太郎(りんたろう)は動いた。
身を低くして、振りむく。
––––チィン!
––––シュッ!
その間に鳴ったのは、ふたつの小さな金属音。

––––チィン!
三つ目の音がした時、林太郎はまったく同じ位置に、同じ姿勢でいた。

何もなかったようにそこにいた。
彼が確かに動いたことを示すものは、風をはらんで膨らんだ白衣のすそだけであった。

「……ギャギャン?」
林太郎の動きに、首をすくめ警戒した背後の人狼たちであったが、
「ウォォォォォン!」
ただの機先を制するための一瞥(いちべつ)ととらえると、一瞬でもおびえを感じたことを振りはらうよう月に向かって咆哮(ほうこう)

得物を振りあげ、獰猛な(うな)り声を飛ばし、林太郎に迫る––––はずであった。

「ギョウォォォ?」
一歩踏み出した途端に、人狼たちの胸から石化と砂化がはじまった。

何が起こったんだ? みなその疑惑を顔に貼りつけたまま、土へと(かえ)っていく。

「どういう構造になっているのか、一度解剖してじっくり調べたいんだけど……斬ったら砂になっちゃうんだよね」
再び姿勢を低くし、正面の四匹の人狼に聞かせるかのように、独語。

そして、
「だから、斬る!」
言うなり抜刀(ばっとう)一閃(いっせん)

袈裟斬(けさぎ)り、逆袈裟(ぎゃくけさ)、袈裟斬り、斬袈裟––––斬軌(ざんき)が蛇のように人狼の身体の上をのたうち滑る。

「ウォォ……」
断末魔をあげるのもそこそこに、その身は地面に散らばり、消える。

林太郎は居合刀術の使い手であった。
鞘から刃身が抜けた、その刹那(せつな)相手は絶命する。

「さぁ、なるべく大勢できてね。抜く回数がすむから」
僧衣に二刀流のマムシと同じくらい、白衣で居合をあやつるというのは、なかなかに奇異である。

たった二回、鞘から刀を抜いただけで、前後あわせて八匹もの人狼を討った林太郎に、あらためて斬りかかろうとするものはなく、彼が一歩前に出れば正面の人狼たちは後ろに下がり、振り返れば背後の者たちがビクリとからだを震わせる。

「あれ? かかってこないのかな?」
林太郎は医師の顔に戻っていた。柔和な表情で人狼たちを見まわす。

––––カシャン!
一匹の人狼が刀を地に捨てた。

––––カシャン! カシャン!
他の人狼たちもそれに続き、得物を手放す。

「ふむふむ、殊勝(しゅしょう)な心がけです」
にこやかに口ひげの先をなでる。

「グゥルルルルルル!」
彼我(ひが)の差を見せつけられ、狼だけに尻尾を丸めて降参する––––かと思いきや、鋭利な長い爪を持つ十指を大きく開き、
「ワォォォォン!」
人狼たちは遠吠える。

刀や槍など使わず、鋭い(おの)が爪と牙でこの小癪(こしゃく)な人間を斬り裂き、ひきちぎるつもりである。

林太郎は嘆息(たんそく)
「……得物を持っての立会いであればこそ、(あやかし)といえども苦しまずにしてやったのに」
今度は刀をゆっくり鞘から抜く。

「犬畜生になり下がったからには、一度で仕とめないから覚悟しなさい!」
右手をひき、刀を肩にかつぐ「八双(はっそう)の構え」をとると、
「かかってきなさい!」
(りん)と叫ぶ。

人狼––––いや、もはや大きな餓狼(がろう)と化した怪物たちが、前後左右から牙と爪を突き立てようと一斉に林太郎に飛びかかる。

––––切先が動いた。

––––ザン!
––––ザン!
––––ザン!
 
肉を斬り、骨を断つ音と絶叫の数が同じであった。

林太郎に襲いかかった人狼たちは、一瞬で両手首の先をはね飛ばされる。

激痛でうずくまる者、苦痛に倒れのたうつ者、悲痛な叫びをあげ立ちつくす者––––みな一様に切り口から鮮血を(ほとばし)らさせるかわりに、そこから石のように固まり、ひび割れ、砂のように大地にこぼれていく。

手首から、肘、二の腕、肩と徐々に消失。
相当な痛みをともなうらしく、中には卒倒(そっとう)し、痙攣(けいれん)したまま砂となり、消えていく。

小鬼や人狼––––林太郎やマムシが「妖」と呼ぶ者たちは、斬っても血を噴き出さない。

その斬り口から石化がはじまり、次第に砂化する。

即死は、すなわち即石化。
深手ならじわじわと死がせまる。人の出血死のようなものである。

やがて林太郎の足下から苦鳴(くめい)が消えた。人狼たちすべてが土に還ったのである。

林太郎は手にする刀を振り上げた。
夜空に輝く蒼月にかざし、
今宵(こよい)虎徹(こてつ)はよく斬れる」
と、独白(どくはく)

それを聞いたマムシが叫んだ。
「違う! それ源清麿(みなもときよまろ)だろ!」

「……もう、無粋(ぶすい)だなぁ。虎徹だから切れたんじゃない。虎徹だと思っていたから切れたんだって、ゆうさんのお父さんも言ってたんだから」

ゆうさんとは、近藤ゆう––––新撰組局長近藤勇(こんどういさみ)の娘であり、林太郎の親しい友人である。

今夜、林太郎は生前近藤勇が愛用していた刀を借りて、妖との戦いにのぞんでいた。

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