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第9話

 
挿絵


(のぼる)は目と口をまろくしていた。全身は、うるしをぶっかけられたように、ピクリとも動かせない。

「……なんなんだよ」
理解不可能––––目の前で展開されていることを、もっとも的確にあらわした言葉だ。

金之助が小鬼に襲われていた。自分が石を投げつけ、異形の者が(ひる)んだ。

そのすきをついて刀を手にした金之助。途端に(ほう)けていたので、升は叱咤(しった)する––––そこまでは、声は出せた。

––––で、そこからだ。

まるで舞い手のような流麗な所作(うごき)で、金之助は小鬼を翻弄(ほんろう)した。

大小の刀がそれぞれ、まるで一個の生物のような動きを見せつける。
「……あいつ、剣術の心得なんてあったのか?」
––––いや、無い、とすぐ打ち消す。

学校でもそれ以外でも、かなりの時間をともに過ごしていたが、そんなことはひとことも聞かなかったし、そんな素振りはひとつも見たことがなかった。

そもそも、武術どころか、子どものころから好きでやっている野球ですら、升と知りあってから、まったくと言っていいほど上達していない。

およそ、身体を使うことすべて「ぶきっちょ」だった……はず。

それが突然、見えない巨大な手による操り人形のように、剣豪はだしの刀術を発揮––––そして、その糸が切れたように倒れる。

それを抱きとめたのが、一見しただけで「なまぐさ」とわかる坊さんで、その彼はいま無数の小鬼にぐるり囲まれていた。

「……うぅ」
足下に倒れている甲冑(よろい)娘が、意識を戻したのか、小さくうめいた。
 
めまぐるしく変わる摩訶不思議な光景に、まばたきすらせずにいた升は視線を少女に向け、
「……空から降ってきたんだよなぁ」
さきほど強打して、いまだジンジンと痛む後頭部をさする。
「……そっか、頭を打ったんだっけ」
はははっと乾いた笑いをたて、
「医者に行かなきゃ」
ぼそりつぶやく。

この一連の奇天烈(きてれつ)な光景は、自分が頭を打ったことによるものと結論づけた。
––––と、その時、
「呼んだ?」
升の横に医者がいた。

童顔を口ひげで隠した青年医師––––山奥なのに白衣をまとった、医者らしい医者が横にいた。

ギョッとした表情を浮かべる升。
次の瞬間、彼の両目がぐりんと白目をむき、
「……ハッヒ〜ン」
気のぬけた声をあげ、仰向けに大地へ倒れた。

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