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第8話

「……誰だい……坊さん?」
重たいまぶたをこじ開け、金之助は文字通り「抹香(まっこう)くさい」男の顔を見る。

つるりとした禿頭(とくとう)はなるほど僧職のようだが、夜なのに黒い色眼鏡をかけ、呼気(こき)がとてつもなく酒臭かった。

「……ぐごぉぉぉ!」
金之助は僧衣の男の胸に寄りかかると、「寝息をたてる」を一足飛びに「高いびきをかく」。

「おい、こら、よだれをたらすな!」
男は金之助の頭を鷲づかみにして引きはがす。

「……ふぐぉぉぉぉぉぉ!」
頭がぐるんと後ろにそれるが、一向に起きる気配はない。

「重いっ! 重いっ!」
弛緩(しかん)した金之助が全体重をかけてきて、男はわめく。
「ったく、子守りの数が増えてるんじゃないか!」
激しく舌を打ち鳴らし、金之助をゆっくり地面に横たえる。

「なんだい、なんだい、御物(ぎょぶつ)をこんなにザツにして。御前(ごぜん)にどやされるぞ」
金之助が取り落とした長刀の方を拾いあげ、振る。

––––リリーン、リリーンと割かれた(くう)が泣く。それはまるで笛が奏でた優美にして清雅な音色。

男は短く口笛を吹き、
「さすが鬼丸国綱(おにまるくにつな)。しびれるねー!」
浮かれ調子の声をあげた。指ではなく、心が震えたのだ。
刀––––鬼丸国綱を蒼月(つき)()かす。
鋒先(きっさき)からそそがれた光が白刃を青く染めながらすべり落ち、男の丸い黒眼鏡に吸い込まれていく。

……と、
––––キィーン、キィーン!
金属音が静かに、だがたしかに、低く高く響く。

「なかなか(なま)めかしく泣くじゃないの」
鳴いているのは、男が手にしている鬼丸ではなく、金之助が放り出したもう一本の刀––––脇差の方。
「ニッカリも小僧より、このマムシの周六さまのようなジェントルマンに抱かれたいよな。わかる!」

自分のことを「マムシの周六」とやくざ者のように呼び、僧侶の姿容(すがた)なのに酒の匂いを漂わせ、手には抜き身の刀をにぎっている。およそジェントルマンの対極にいる彼は、嬉々として脇差––––ニッカリ青江(あおえ)を拾い上げる。

「ギャギャギャギャギャギャ!」
不快極まる甲高い声をあげながら、さきほど尻に帆をがけ森の中に遁走した小鬼が戻ってきていた。

「あん? なんだコラ、()びにでもきたのか?」
小鬼が丸腰なのを見て、マムシは鼻を鳴らし、
「だったら土下座してもらいましょうか、あぁん? 土下座わかる? ど・げ・ざ」
どう喝する。

だが、対峙した小鬼はおびえの色など微塵も見せず、
「ギャッギャッギャッ!」
腰に手をあて、胸を反らしてせせら笑った。

震え上がっていたさきほどとは違い、傲岸(ごうがん)にも眼技(がんぎ)をくれる小鬼に、マムシはつるりとした両こめかみに、ぶっとい青筋を浮かばせる。
「こっぱっ、ぶった斬る!」

マムシはふた振りの刀––––鬼丸国綱とニッカリ青江を胸の前で交差させ、勢いよく外へと振りぬく。

刃鳴りが夜気を裂いた。
「……ギギッ」
怒りで膨れ上がったマムシの気焔(きえん)に、一瞬怯え、半歩後ずさった小鬼だったが、気も身ももちなおすと、頭を後ろに向け、大仰にその枯れ枝のような腕を後ろからまえに振る。

それが合図だった。
森の中から、林の中から、藪の中から、小鬼たちが飛び出してきた。
手に手に、刀や槍などの得物を握り、雄叫びあげて現れる。

「ザコがどれほど集まろうが、どう……と……いう……ことも」
語尾がつまった。
彼に殺到する小鬼の数が、十、二十、三十、五十……ついには百をゆうに超えていたからだ。
「おいおい、これ多すぎだろ。勘弁してよ」
言葉とはうらはらに、その声には喜色がにじむ。

マムシは柄を握る両手に力を込め、そして、小鬼の群れにむかい駆け出す。

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