プロローグ 戦乱の嚆矢
このイレディア大陸を統一する。そう決意した者がいた。ロンバルド帝国第三皇子ルドルフである。彼はまず父に訴え、内務大臣として民政に力を入れ、10年かけて帝国の生産力を大きく向上させた。
さらに増やした生産力を軍備につぎ込み、次いで軍の支持を得るとクーデターを起こして父である皇帝を幽閉、二人の兄を謀殺して権力を手中にすると、大陸統一の大戦を始めたのである。
3つの王国、バリスト、ロンディニウム、ウィーリアが相次いで滅ぼされ、王国に従っていた衛星都市なども帝国の版図に加えられる。最後に残されたラフェル連邦は、滅ぼされた国の残党を糾合し、総力を挙げてローラッド平原で帝国と最後の決戦に及んだ。ラフェル連邦は4万5千、対する帝国は10万の大軍であり、数では対抗しようがない。ローラッド平原は起伏に富んだ地形で、大軍の運用は極めて困難とされた。ルドルフは信頼する将領に敢えて兵力を分割して任せ、それらの連携を持って対抗した。
決戦はラフェル側が築いた砦を利用して帝国の大軍たることの弱点、すなわち補給を脅かすことで撤退に追い込もうとしていた。野戦と見せかけた籠城戦であり、根負けを待つ戦略である。しかしながら戦況は圧倒的兵力を持つ帝国の優位に進み、複数の城塞を落とされたことで連携が断たれたラフェル軍が瓦解する。ルドルフ帝は最後の仕上げとばかりに全兵力を投入し、追撃戦に移行しようとした。
好事魔多しというが、皇帝の油断でもあっただろう。彼の身辺には少数の近衛のみであった。そこに傭兵部隊を中心としたわずか千余りの騎兵が帝国本陣に奇襲をかけ、ついには皇帝を討ち取ったのである。侵略者たるルドルフを討ち取った傭兵部隊は戦闘の混乱のさなかに姿を消した。
ここでラフェルの逆転勝利として決着がついていればよかったのであるが、歴史はさらに混迷を望んだ。追撃部隊がラフェル連邦の本隊を補足し、撃破に成功していたのである。
決戦に及んだ両軍の首脳が共に戦死するという椿事によってローラッド会戦は幕を閉じた。統一の夢は戦場の飛沫となりおおせ、更なる混迷の時代が幕を開けたのである。
それから2年。大陸は大いなる混乱の極みに陥っていた。ロンバルド帝国は帝室が事実上全滅していた。ルドルフの父たる先帝はルドルフ戦死のごたごたで謀殺された。帝室につながる公爵の位を持つ大貴族がそれぞれに継承権を主張し、帝国は10あまりの地方に分裂した。さらに滅んだ3つの王国もそれぞれ再興を目指して王家の落胤とやらを担ぎ出して各地で挙兵した。しかし、どこも後継者の一本化ができずさらにそのご落胤とやらも出自が怪しいと互いにいあう始末で、これらも複数の軍閥に分裂して小競り合いを繰り返す始末である。
大陸で最大勢力となったはずのラフェル連邦は会戦で失った戦力が大きすぎたことで、後を継いだ首脳部も自国の掌握と防衛に手いっぱいという状態でもあった。
そんな大陸の片隅で、ラフェル連邦の衛星都市ロウム公国で反乱が起きた。先だっての戦では帝国に包囲された末に降伏し、帝国軍の先鋒に加わっていた。皇帝戦死の混乱のさなか公王は戦死し、人質となっていた公女ルシアが帰国してその位を継いでいた。
その継承に不満を示したのが彼女の叔父であるグレイブ伯爵で、クーデターを敢行してルシアの追放に成功した。ルシアは少数の兵と共に公都をロウムを脱出したが、グレイブの放った追手が迫っていた。
千々に乱れた戦乱の大陸では全く珍しくもない事件。しかし歴史はここから動いて行くのである。