告白①
数日後 休み時間 沙楽学園1年5組
「よかったな、ユイ!」
隣にいる真宮が、笑顔でそう言ってくる。 だが今の状況を何も理解できていない結人は、未だに混乱していた。
「これはまさに運命さ! こんなチャンス、もう二度とないぜ!」
静かに席に座って考え込んでいる結人に対し、彼は先刻から一人で舞い上がり、盛り上がっている。 授業が終わってから結人はまだ、一度も口を開いていない。
まだ考えがまとまっていない中、未来と悠斗が5組へやってきた。
「お、何盛り上がってんだー?」
席へ着いて早々、未来が楽しそうにはしゃいでいる真宮に向かってそう声をかける。
そしてテンションの上がっている彼はその調子のまま、笑顔で未来に向かってこう言葉を返した。
「ユイと藍梨さんが、一緒に風紀委員をやるんだって!」
30分前
時は遡る。
―ガラッ。
「遅れてすいませんっ!」
やってしまった。 まさかの、遅刻だなんて。 結人は教室の前の扉を開けるのと同時に、先生に向かって深く頭を下げた。
「どうして遅刻したんだー?」
担任の先生が怒った顔をしながら、こちらへ一歩ずつ近付いてくる。
だがここで遅刻をしてしまってはクラスへの印象が悪くなると思い、この状況を何とか誤魔化そうと先生に向かって笑いながら言葉を返した。
「いやぁ、先生のことをずっと考えていたら眠れなくなっちゃって、つい!」
その言葉を言い終えた瞬間、クラス中にどっと笑いが湧き起こる。 その笑いにより、結人の心には少し余裕ができた。
だが先生はそんな結人を見て呆れたように、溜め息交じりでこう呟く。
「おいおい、そんなことで眠れなくなるのかよ」
「突っ込むところそこかよ!?」
予想もしていなかった発言に思わず突っ込みを入れると、クラスのみんなはより笑ってくれた。 そんな温かな光景を目にし、一安心する。
―――まぁ・・・結果オーライ・・・だよな?
少しだけ胸を撫で下ろしながら先生の方へ視線を移すと、先生は呆れた表情のまま結人に向かって言葉を紡ぎ出した。
「罰として、色折は風紀委員なー」
―――・・・は?
その発言には一瞬理解ができなくなるが、数秒後やっと意味を把握できた結人は嫌そうな顔を見せる。
「え、ちょっと待ってくださいよー! 遅刻した俺が風紀委員って、マジっすか・・・?」
そう言って、肩の力が抜けぐったりとした態度も見せた。
―――マジで言っているのかよ、先生!
―――委員会なんて面倒だし、やりたくもねぇ・・・。
やる気のない結人を見ながらも、先生は強めの口調で物を言い渡す。
「マジだ。 風紀委員にでもなって、少しでも責任を感じて遅刻をなくせ」
そう言って、教卓の方へと戻ってしまった。 結人はそんな先生の背中を、少し恨むような目でじっと見つめる。
―――マジかよ・・・。
―――委員会とか怠いなー・・・。
遅刻したことを心底悔やんでいると、先生はそんな結人に構わず淡々とした口調で授業を再開した。 だが先生の次の一言で、絶望に陥っていた結人に希望の光が差すことになる。
「それじゃあ、風紀委員の男子は色折、女子は七瀬さんに任せることにする」
―――・・・え?
1時間前
時は更に遡る。 藍梨は今、同じクラスの友達と一緒に話をしていた。 高校に入ってから、初めてできた友達。 二人共凄く優しく、一緒にいるととても楽しい。
そんな二人と話している時、ふと隣の席へ視線を移した。
―――・・・今日は来るの遅いな、結人くん。
まだ授業は始まっていないが、いつもこの時間帯には既に登校していて、教室で隣のクラスの子と一緒に話したりしているのに今は彼の姿がない。
そんな結人のことを心配し、彼と仲のいい真宮の方へ自然と視線を移動させた。 彼は暇そうに携帯をいじっている。 いや――――電話をしている。
―――・・・結人くんがいないと、何かつまらないな。
そんなことを思っていると、授業開始のチャイムが鳴った。
―キーンコーンカーンコーン。
「1限目のホームルームを始めるぞー、席に着けー」
チャイムと同時に先生が現れる。 それらを合図に、皆一斉に席へ着いた。 そして先生は生徒たちを見渡しながら、一つ空いている席を見て小さく呟く。
「えーと、色折は・・・遅刻か? まぁいい。 今から係と委員会決めをする! じゃあ今日当番の人、あとはよろしくな」
まだ学級委員長が決まっていないため、この場を仕切るのは必然的に今日当番の生徒になった。 その生徒は教卓の前まで行き、先生と軽く打ち合わせをする。
―――係と委員会か・・・。
―――両方共、男女一人ずつなんだよね。
―――私にはできそうにないなー・・・。
そして当番の生徒は前に立ち、おどおどとした口調で進行を始めた。
それから数分後――――テンポは遅いが、徐々に担当が決まっていった。 だが一つの委員会で、進行が止まる。
「えぇと・・・。 じゃあ次は風紀委員。 やりたい人、誰かいませんか?」
「「「・・・」」」
風紀委員だけはなかなか決まらず、教室の中はずっと静まり返っていた。 他の委員会はほとんど決まっている。
風紀委員などの難しくて大変な役目をやる前に先に簡単なものを選んだ生徒や、人前に立つことが好きな積極的な生徒が次々と委員会を決めていった。
だが風紀委員は、誰もやろうとする者がいない。 もうそのような積極的に『自らやりたい』という人がいなくなったのか、先程までの活気がなくなっていた。
そこから更に数分後――――そんな生徒たちを見て呆れたのか、先生が一つ提案を出す。
「まぁそうなると思って、予めくじを作っておいた。 どうしても決まらなかったらこれで決めろ。 こっちが男子で、こっちが女子だ」
そう言って先生はくじの入った箱を、当番の人に手渡した。 くじで委員会を決めるとかはよくあることで、特に批判する者もいない。
「本当にやりたい人、いませんか? ・・・では、くじで決めます」
当番の生徒はそう言いながら、既に決まっている生徒の名が書かれている紙を、くじの中から探し取り出し始めた。
―――くじかぁ・・・。
―――まぁ、女子は多いし当たらないよね。
―――普通なら。
そして教卓の前にいる生徒は一つの紙を取り出し、そこに書かれている生徒の名を見る。 そして――――
「七瀬・・・藍梨さん」
―――・・・え?
「では七瀬さん、お願いします」
生徒がそう口にした瞬間、クラスのみんなが拍手をし出した。 油断していた藍梨は当然のように、頭が混乱する。
―――え、本当に?
―――本当に私が風紀委員?
あまりにもあっさりと決められ、呆気にとられる藍梨。 くじで決まったため嫌でも反論できないところが、悔しくてたまらなかった。
―――嫌だなぁ・・・。
―――風紀委員とか、絶対私に合ってないよ・・・。
―――・・・誰か、代わってくれないかな。
―――いや、本当に。
―――誰か、誰か・・・。
―ガラッ。
唐突に訪れた出来事に憂鬱な気分になっていると、勢いよく教室のドアが開いた。 その音に反応し、皆一様に音のした扉の方へ目を向ける。
「遅れてすいませんっ!」
結人だ。 遅刻をしながらも、学校へ来てくれた。 そんな彼を見て、藍梨は自然と笑みがこぼれる。
―――よかった、風邪とかじゃなかったんだ。
思ったよりも元気な結人を見て安心するも、先生は怒った顔をしながら彼に近付いた。
「どうして遅刻したんだー?」
「いやぁ、先生のことをずっと考えていたら眠れなくなっちゃって、つい!」
そう言いながら、笑って頭を軽く掻く結人。
―――ふふっ。
―――結人くんって、やっぱり面白いなぁ。
「おいおい、そんなことで眠れなくなるのかよ」
「突っ込むところそこかよ!?」
鋭く放たれた先生への突っ込み。
―――結人くん、クラスで人気者になりそうだな。
―――・・・いや、もうなっているか。
クラス中が先程とはまるで違い温かな雰囲気で包まれている中、先生は溜め息交じりでこう呟く。
「罰として、色折は風紀委員なー」
―――うん、風紀委員か・・・え?
―――ちょっと待って、結人くんが・・・?
藍梨もその一言を理解するのに時間がかかるが、結人よりはかからなかった。
まさか自分と同じ委員会をやるとは思ってもみなかった藍梨は、咄嗟に先生から結人の方へ視線を移す。
「え、ちょっと待ってくださいよー! 遅刻した俺が風紀委員って、マジっすか・・・?」
そして嫌そうな顔をしてそう言葉を発する彼に、少し不安を憶えた。
―――・・・結人くん、嫌そうだなぁ。
―――そりゃそうか、大変な委員会だし。
―――それに、女子が私って知ったらより嫌がりそうだな・・・。
―――女子で可愛い子、このクラスにはいっぱいいるから。
―――どうしよう・・・。
「マジだ。 風紀委員にでもなって、少しでも責任を感じて遅刻をなくせ」
そして先生は教卓の前へ戻り、続けて言葉を発する。
「それじゃあ、風紀委員の男子は色折、女子は七瀬さんに任せることにする」
この発言は藍梨は既に知っていたため驚きはしなかったが、結人の反応が何故か怖くて、彼の顔はあまり見ることができなかった。
だけど結人の顔を一瞥した、その瞬間――――先刻まで嫌そうな顔をしていた彼の表情が少し変わったことに、藍梨は気付いていた。