告白②
時は更に遡る。
「ずっと前から、好きでした!」
―――え・・・?
―――藍梨さんが、俺に・・・?
「本当はね、ずっと気付いていたの。 結人くんのこと。 小学校1年生の時、運動会の練習で結人くん転んじゃったよね。 その時のこと、今でも憶えているよ」
―――まさか、これって・・・。
「・・・私、結人くんのことが好きです。 付き合って・・・くれますか?」
―――おい、待て待て待て待て!
―――嘘だろ!?
―――いや、これ嘘じゃないよな!?
―――これは、夢じゃ、夢じゃない・・・!
―――夢じゃない!
―――夢じゃ、ない・・・。
―――・・・ん?
―――あれ、目の前にいる藍梨さんが、どんどん消えて・・・。
~♪
突然携帯が鳴り出し、結人はゆっくりと目を開ける。 そして目の前には先程までいた藍梨の姿はなく、白い天井が見えていた。
―――あれ・・・俺、寝てた・・・?
―――さっきの藍梨さんからの告白・・・まさか夢オチ!?
朝からこのような夢を見たことに、いい日だと思っていいのか悪い日だと思っていいのか、そんなことを考えながら電話の相手を確認してみる。
―――真宮浩二・・・。
馴染みのある名を目にした後、結人は横になったまま今日の第一声を発した。
「ん・・・。 もしもぉーし」
眠たい目を擦りながらそう口にすると、電話越しからは真宮の慌てた声が聞こえてくる。
『ユイおっせぇよ! 今どこにいんだよ』
「へ・・・?」
『なッ・・・! ユイもしかして寝ていたのか? 今何時だと思ってんだ!』
結人の眠たそうな声を聞いたからなのか、急に怒鳴り声を上げてくる真宮。 頭がまだ起きていないため、彼が何を言っているのか理解するのが遅くなる。
―――え?
―――今何時って・・・。
そう思い携帯を一度耳から遠ざけようとするが、先に真宮の方から時刻を教えてくれた。
『今8時20分だぞ! 半から授業始まるけど、ちゃんと間に合うのか?』
―――ッ、マジかよ!
―――完全に寝坊じゃん!
時間を伝えられた今、やっと現状を把握した結人は勢いよくベッドから飛び降り、真宮に向かって言葉を発する。
「今すぐに行くから!」
そう言って一度電話を切り、急いで顔を洗い髪をセットし制服に着替えた。
―――折角藍梨さんが出た夢を見られたっていうのに、朝からこんなのなんて今日は最悪な日だな・・・。
先程まで考えていたことにやっと答えが出て納得しているのも束の間、走って学校へと向かう。 そしてその最中に、再び携帯がポケットの中から鳴り響いた。
「おぉ、真宮か?」
走りながら電話に出ると、今度は落ち着いた声が電話越しから聞こえてくる。
『おー、今走ってこっちへ向かってんのか? あと1分で授業が始まるけど、開始15分後くらいには着きそうだなー』
―――・・・俺だって、遅刻なんてしたくなかったよ。
―――早く学校へ行って、今日の朝も藍梨さんと一緒に話そうと思っていたのになー・・・。
だが藍梨と話す時、未だに緊張している自分がいた。 気軽に話しかけることなんてできなく、いつも話しかける時には勇気がいる。
『あ、チャイム鳴ったわ。 じゃ、早く来いよ!』
「あぁ、了解!」
授業が始まるため、強制的に切られた真宮との通話。 携帯をポケットにしまいながら、結人は走ることに集中する。 だがここで、一つ嫌なことを考えさせられた。
―――・・・つか、授業中に『遅刻しましたー!』って先生に言わなきゃなんねぇんだよな。
―――恥ずかしいっていうか、高校生になってまだ一週間ちょっと。
―――大事な時期だというのに、最初から印象が悪くなんのは嫌だなぁ・・・。
そんなことを考え憂鬱な気分になっていると、あっという間に学校へ着いてしまった。
―――ふぅ・・・やっと着いた。
―――教室が端だから、まだマシか。
―――他のクラスの前を通らなくて済むし。
そう思いながら、今は授業中のため自分の教室まで静かに足を進めていく。
そして目的地へ着き多少躊躇うも、ここで迷っていても結果は同じなため、意を決して教室の扉に手をかけた。
―――よし、いくぞ。
「遅れてすいませんっ!」
そして――――今に至る。
「ユイと藍梨さんが、一緒に風紀委員をやるって!」
―――・・・夢じゃないよな、これ。
未だに現実だと思い込めない結人は、不審な目をしながら真宮に向かって口を開いた。
「俺はともかく、女子は何で藍梨さんに決まったんだよ」
―――問題はそこだ。
―――藍梨さんの性格上、自ら風紀委員をやるはずがない。
結人は遅刻してその前に起きたことは何も分からないため、どういう成り行きで彼女に決まったのかを尋ねる。 だがその発言を聞いた未来は、真宮よりも先に言葉を返した。
「え、ユイマジで今日遅刻したの?」
少し驚いたような表情をしながら結人にそう尋ねるが、その問いには真宮が平然とした顔で答えていく。
「そうそう、授業が始まって15分後くらいに来たかな」
―――って、俺の質問はスルーかよ!
自分の質問はスルーし代わりに未来の質問を答えた真宮に少し嫌気が差すも、もう一度強めの口調で彼に尋ねた。
「何で藍梨さんに決まったのか、って聞いてんの!」
すると真宮は、やっとその問いに答えてくれる。
「藍梨さんはくじで決まったんだよ。 ユイが来る前、風紀委員を決めようとしたけど誰もやりたい人がいなくてさ」
「女子が藍梨さんに決まって、ユイもくじで決まったのか?」
その発言を聞いていた未来が、素直な疑問を彼にぶつけた。
「いや、決まったのは女子だけだよ。 男子を決めようとしたら丁度ユイが来て、先生が遅刻した罰としてユイを風紀委員にさせたんだ」
―――それ、マジかよ。
「え、何それ!? マジで!?」
「凄い、運命みたいだね」
その発言に驚いたのは結人だけではない。 未来に続けて悠斗も、思ったことを口にした。
だが悠斗の言った通り運命とでも言えるこのチャンスに、結人は思わず口元を緩ませてしまう。
―――先生、意外と空気読んでんじゃん!
―――先生が作ってくれた、このチャンス。
―――・・・俺は、頑張るよ。
この運命とも言える素晴らしいチャンスを、絶対に逃すわけにはいかない。
ふと時計の方へ目をやると、次の授業がもうすぐ始まろうとしていた。 そんな結人につられ未来も視線を動かすと、時計を見ながらこう口にする。
「あー、もうすぐ授業始まるから俺たち戻るわ」
「おう、また後でな」
その発言により、未来は悠斗を連れて自分の教室へと戻っていった。 彼らを見送った後、真宮も一言を残し自分の席へと着く。 ここで結人は一人になると、これからのことを考え始めた。
―――さて、藍梨さんに何て声をかけようか・・・。
―――一緒の委員会になったからには、まずは挨拶をしておいた方がいいよな。
そんなことを考えていると、藍梨が隣の席へ戻ってきた。 そして彼女が席に着いたのを確認し、覚悟を決める。
―――とりあえず、言っておくか。
―――積極的に話しかけた方が、絶対に印象いいよな。
身体を少し藍梨の方へ向け、優しい表情で彼女に言葉を投げかけた。
「藍梨さん」
そう声をかけるとまた彼女は身体をビクッと小さく震わせ、結人のことを見つめる。
―――まだ俺から声かけられるの、慣れていないのかな。
少し潤んだ目で見つめてくる彼女にそんなことを思いつつも、続けて言葉を紡いだ。
「風紀委員、よろしくな」
藍梨に向かって笑顔でそう口にする。 笑顔で話しかけたら、彼女も笑顔で返してくれると思ったから。
だけど藍梨は――――その期待に反するような少し苦しそうな笑顔を、結人に返してきた。
「・・・うん。 こちらこそ、よろしくね」
その場では何も突っ込まずにはいたが、結人は藍梨のその笑顔に何処か引っかかるものを感じていた。 時間が経ってもその笑顔を思い出すたびに、胸が苦しくなる。
―――・・・俺と一緒に風紀委員をやることが、嫌だったのかな。
結人はそう、思っていた。