幼馴染の交差⑦
翌日 朝 沙楽学園
結人は昨日の夜真宮に連絡し、朝早く学校へ来るよう頼んでおいた。 もちろん、証拠となる映像を持って。 学校へ着いてすぐ、それを先生に提出した。 当然、先生は驚く。
無理もないだろう。 実際未来は、あんなに傷だらけだったのだから。 そして映像を見た後、すぐ停学をなしにするよう手続きをしてくれた。
早速未来は今日から、学校へ来れるみたいだ。
―――よかった。
先生たちの手続きを見届け安心しながら職員室を出ると、目の中に一人の少年が映り込む。 それを不思議に思い、彼のもとへと近付いた。
「悠斗? どうしたんだよ」
悠斗はどうやら、結人が職員室から出てくるのをずっと待っていたようだ。
だが結人が来ても暗い顔をしている彼に、あまり刺激を与えないようそっと声をかける。 すると悠斗は、少し怯えながらも結人に向かって口を開いた。
「怖いんだ。 ・・・未来と、会うのが」
実は昨日の夜、結人は悠斗に電話をして未来のことを全て打ち明けていた。 本当は、仲直りすることは二人に任せたかったのだが、今回だけは放っておけなかった。
それは未来の停学も、絡んでいたから。 悠斗は驚きながらも全て話を聞いてくれた。 そして、結人に向かってこう言ってくれたのだ。 『俺、明日未来に謝るよ』と。
昨日とは違い少し怖気付いている悠斗だが、勇気付けるよう結人は彼の肩に自らの両手をかけ、優しい表情で言葉を綴っていく。
「大丈夫だよ、悠斗。 悠斗と未来の友情は絶対に途切れない。 俺も夜月たちも、みんなそう思っているぜ。 だから心配すんな」
悠斗はその言葉を聞いて、静かに小さく頷いた。
そして授業が始まりそうだったため、結人たちは一度自分たちの教室へ戻る。 これは後から聞いた話だが、未来は一限目の途中で来たらしい。
夜月は安心した表情をしていたのだろうか。 そして、悠斗の方は――――
それからはあっという間に一限目の授業が終わり、結人はすぐさま教室を飛び出して隣のクラスを覗きに行った。 すると丁度、悠斗が未来の席へ向かおうとしているのが目に入る。
それを見て結人は急いでドア付近に隠れ、彼らのことを静かに見守った。
―――悠斗、頑張れ。
悠斗からの重たい足取りを見て、彼の心に相当な負担がかかっていることは見て取れた。 そんな彼に、結人は心から応援する。 そして――――
「み、未来! その・・・。 ・・・あの時、警察を呼びに行くのが遅くなって・・・。 そして、未来にたくさんの怪我を負わせちゃった・・・。 本当に、ごめん・・・なさい」
―――・・・言えた。
結人がそう思い、悠斗が勇気を出して謝罪の言葉を述べた瞬間、未来の顔色は一瞬にして変わり悠斗に反抗した。
「なッ・・・! 悠斗は謝んなよ! 俺こそ、俺の方こそ・・・悠斗を置いて、先に帰っちまったんだ。 悠斗を最後まで信じることができなかった。 ・・・悪いのは、俺の方だよ」
話を聞いている限り、互いに言い訳をしていないところが結人は凄いと思った。
本当はもっと言いたいことがあるはずなのに、全て自分のせいにしてこの件を終わらせようとしている。
「いや、未来は悪くないよ! そんなに怪我を負わせるまで、俺が」
「だから、悠斗は謝んなよ!」
「ッ・・・」
未来の大きなその一言で、教室にいる生徒は一気に静まり返った。 そして当然、みんなは悠斗たちに注目している。
だがそんな彼らの視線には構わず、未来は自分の思いを静かに紡ぎ出した。
「・・・悠斗は、謝んなよ。 謝る方じゃないだろ、元々。 いつも喧嘩をした時、俺から謝って仲直りしていたじゃんか」
「未来・・・」
「だから、俺から謝らせてくれ。 ・・・ごめんな、悠斗。 一瞬でも悠斗のことを疑ったりして。 そして、先に帰ったのも・・・」
「知っているよ」
「え?」
「未来のことは、全部知ってる」
そう言って、悠斗は未来に向かって優しく微笑んだ。 その表情に安心したのか、未来は目に涙を浮かべながらも笑って言葉を返していく。
「悠斗・・・。 マジ、ありがとな」
放課後 路上
二人は無事仲直りをし、何事もなく授業を全て終え放課後となった。 もちろん今から、事件の起きたあの現場へ向かう。 だが今日は、昨日と違ったことが一つあった。
それは今いるのは結人と悠斗だけでなく、悠斗の隣には未来もいるということ。
―――二人が仲直りできて、本当によかった。
―――でもこんなにもあっさりと解決するなら、小5の時に起きたあの長い喧嘩は一体何だったんだ?
ふと過去のことが頭を過るが、隣同士で並びいつも通りの会話を繰り広げている彼らを見ると、どこか安心することができた。
そんな彼らの会話を見守るように聞いていると、現場にはあっという間に着いてしまう。 そこで結人は携帯を取り出し、時刻を確認した。 今は15時半過ぎ。
また今から、不良らを探すところから始まる。 昨日探してもいなかったため、もしかしたら不良らはこの街に住んでいないということも考えたが――――
めげずに探し始めてから約1時間後、悠斗がやっと彼らを発見した。
見つけたことをすぐ結人に教え、考えている暇もなく3人は不良らとの距離を詰めていく。 そして背を向けている彼らに、結人は軽薄な声で話しかけた。
「あのー、そこのお兄さんっ」
「あぁ?」
急に呼ばれた相手は、不機嫌そうな顔で振り向き結人たちのことを睨み付ける。 そんな彼らに結人は嫌悪感を抱くも、ここは冷静に言葉を紡いだ。
「・・・ちょっと、いいっすか」
そして先程の声よりも少しトーンを下げそう言葉を放った後、不良らを人のいない場所へと移動させた。 それももちろん、防犯カメラのないところに。
彼らは素直に結人たちの後ろを付いてきていた。 それはきっと、結人の後ろには悠斗と未来の姿があったからだろう。
見覚えのある顔がいては、きっと引き下がることができなかったのだ。
そして不良らがちゃんと目的である場所まで付いてきたことを確認すると、喧嘩を売られる前に結人から彼らに向かって口を開く。
「先日は、俺のダチが大変お世話になりました!」
元気よくその言葉を発し、わざとらしく深くお辞儀をした。 最初に声をかけた時、彼らが悠斗たちのことを見て少し顔を強張らせた瞬間を見逃してはいない。
だから悠斗の言った通り、未来をやったのは彼らに間違いないのだろう。
そして今の結人の発言からして悠斗たちは相手を挑発するような言葉にしか聞こえなかったのだが、男たちはそんなことには気にも留めずに余裕の笑みを浮かべながらこう返してきた。
「何だよお前ら。 たった一人のお友達を連れて、また俺らに逆らいに来たんじゃねぇよな?」
そう言って、結人たちを馬鹿にするように笑い始める不良たち。 そんな彼らの笑い声に続くように、結人はおもむろに口を開き小さな声で言葉を発した。
「・・・その通りっすよ」
「あぁ?」
「俺の大切なダチに手を出したってことは、それなりの覚悟はあるってことっすよねーぇ?」
軽口のように怒りを感じさせない言葉を綴りながら、ポケットから結黄賊の象徴である黄色いバンダナと黄色いバッジを取り出し、それぞれを首に巻き付け胸元に付けた。
そしてそのまま、男の集団の中へゆっくりと入っていく。 その中でも中心人物であろう男に向かって、思い切り睨み付け言葉を放った。
「お前らみたいな弱い者いじめをする奴、俺大嫌いなんすよ」
その瞬間、横にいた一人の男が大きな声を上げながら結人に向かって拳を突き出してきた。 だがその攻撃を簡単に避け、彼らに向かって更に怒声を浴びせる。
「一発や二発ならまだしも、人が立てなくなるまで怪我を負わせてお前らには何の感情も湧かねぇのかよ!」
「ナメたことを言ってんじゃねぇよ!」
今度は他の男がそう怒鳴りながら、結人に向かって殴りかかってくる。 これも避けようと思ったのだが、結人は――――その攻撃をわざと受け入れた。
「うッ・・・」
衝撃を受け少しよろめきながらも、何とか態勢を保ち続ける。 そして殴られた頬に、軽く手を当てた。
―――流石に、顔面食らうのはいってぇなぁ・・・。
―――でも、まぁ・・・相手から手を出してきたということは・・・。
その瞬間結人はある覚悟を決め、少しだけ口元を緩ませる。 そして――――鋭く男を睨み付け、彼らに向かって勢いよく飛びかかった。 彼らの喧嘩はただの力任せでやっている。
つまり素人のやる喧嘩だ。 こんな彼らに負けるはずがない。 この相手を無力化することなんて、結人にとってはとても簡単なことだった。
もっと言えば、適当に殴り適当に蹴っていれば、すぐに終わる喧嘩だった。
そして、数十秒後――――ここにいる誰もが予想していたように、男らは全員その場で倒れもがき苦しんでいる。
思った以上に手応えのない喧嘩に呆れつつも、横たわっている彼らに向かって、結人は未来の酷い姿を思い出しながら苦しそうにゆっくりと言葉を綴り出した。
「俺は、人が怪我しているのを見ると心がいてぇよ。 すげぇ胸が苦しくなって、どうしようもできなくなる。 でもな、お前ら自分の今の姿を見てみろよ。
・・・怪我なんて、一つもしていないだろ」
震え交じりでそう口にした後、相手に対してなのか自分に対してなのかよく分からない感情を、苦笑いにして返した。
「でもまぁ、怪我している奴を見るのは嫌いだが・・・いじめを好む弱い奴らがこうやって動けなくなってもがいている姿を見るのは、大好きなんだ」
動けない男らは何も口を挟まずに、不気味なことを言い続ける結人のことを静かに睨み続けている。 だが――――ここで、結人はケロッとした態度を見せいつもの調子に戻った。
「・・・なーんて、それは嘘だけどな」
「「「・・・」」」
そして不良らから少し離れ、背を向けたまま彼らに物を言い渡す。
「これが、俺のダチを傷付けられた心の痛みの表れだよ。 もっと何倍にもしてやり返したかったが、今はこれでよしとしてやる」
「くッ・・・」
彼らが悔しそうに歯を食いしばりこの場を耐えている中、結人は更に言葉を続けた。
「もし恨むならこの俺を恨め。 もしまた未来たちに手ぇ出してみろ。 ・・・次は、絶対に許さねぇから」
そう言って結人は、この場から静かに立ち去り始める。 その行動を見て両サイドにいた未来と悠斗も、何も言わずに結人の後を追った。
だが結人はふとあることを思い出し、ピタリとその場に立ち止まる。 そして先程と同様、彼らの方へは目を向けずに堂々とした大きな声で、彼らに向かって言葉を投げかけた。
「あとさぁ。 未来が言った、沙楽学園っていうのは嘘だよ。 そんなことも信じちまうなんて・・・」
そこまで言い、結人は一度今もなお倒れ伏している男らの方へ顔だけを向ける。 そして――――眩しい程の笑顔を彼らに見せ付け、最後の一言を言い放った。
「お前らは本当、頭悪いっすね」
全てを言い終えた後、結人は未来たちを引き連れこの場を後にした。
本来嫌いな相手ならば、敬語を使わずに相手をけなすことが多いと思うが、ここで結人が敬語もどきをあえて使ったことによって、彼らを馬鹿にする気持ちがより伝わってくる。
そして結人が言い放った“沙楽学園”というのは事実なのだが、今までの出来事を全てなかったことにしようとわざと嘘をついたのだ。
これは結人にとって、かなり強がりな発言であったのだが――――そんなことも知らない不良らは、未来たちに嫌でも完敗となった。
翌日 朝 登校時
未来と悠斗が仲直りをし、不良らにも無事に報復することができた次の日。 一人で登校していると、後ろから元気な声が結人の耳に届いてきた。
「ユイ、おっはよー!」
そう言いながら、背中を思い切り叩いてきた少年――――未来。 彼の笑顔を見ると、結人も自然と笑顔になる。
―――相変わらず、未来は元気が一番だな。
結人も未来に挨拶を返そうと、口を開いた瞬間――――
「おはよっ!」
悠斗も未来に付いてきて、結人を挟むようにして隣にくる。 ほぼ二人同時に現れたことに、結人は小さく笑ってみせた。
―――やっぱり、お前らは二人で一つってか。
「おはようさん。 未来はもう怪我は治ったのか?」
「あぁ、そんなもんとっくにばっちりだ!」
結人が尋ねると、未来は無邪気な笑顔でそう返してくる。
これが――――結人たちの日常なのだ。 前にも言ったが、喧嘩は基本弱い者を助ける時に使う。 だけど大切な仲間がやられた時は、相手に手加減なんてしない。
やられた仲間が大きな苦しみを味わった分、相手にも同じ苦しみを与えやり返す。 いつもその繰り返し。
仲間をいじめる奴のことを、結人――――いや、結黄賊のみんなは許せないだけ。
そう――――ただ、それだけ。