バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

幼馴染の交差⑥



放課後 1年5組


そんなこんなで、あっという間に授業が終わり放課後になってしまった。 
―――今日も学校が終わりか。 
―――何か早かったな。
席を立ちバッグを手に取ると、隣にいる藍梨が帰ろうとするのが目に入る。
「藍梨さん、また明日な」
「うん、また明日」
そう言うと、藍梨は可愛らしく笑いながら結人に手を振って、教室から出て行った。 すると彼女と入れ替わるように、目の前には真宮が現れる。
「で、今日はこの後悠斗と一緒に帰んの?」
彼の言う通り、この後は悠斗に土曜日不良たちと絡んだ場所まで、案内してもらうことになっていた。
真宮には詳しい事情を話してはいないが、ここでも詳しいことを聞いてこない彼に感謝しつつも、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「あぁ、悪いな。 また明日!」
“今日は一緒に帰れなくて悪い”という気持ちを込め、両手の平を合わせ謝るポーズを作りながら、結人も教室を後にした。
悠斗とは、一度家へ帰り私服に着替えてから、駅で待ち合わせすることになっている。
それと横浜から持ってきた、結黄賊の証である“黄色いバンダナ”と“黄色いバッジ”も持っていった。 

そして駅へ着くと予定通り、悠斗が待ってくれている。 彼から目的地を聞き出し、早速二人は電車の中へと乗り込んだ。 
今は下校時のため、制服姿の学生がたくさん見受けられる。 みんな楽しそうに、複数の友達と笑い合っていた。 
そんな彼らのことを横目にこれからのことを考えていると、隣にいる悠斗がそっと口を開きあることを尋ねてくる。
「どうしてバンダナが必要なの?」
結黄賊は横浜では有名だった。 だけど高校では荒れて大事にならないよう、極力大人しくしているつもりだ。 
別に自分たちが結黄賊だということは隠していないが、藍梨のためにもあまり広まってほしくはない。 結人たちの周囲から、人が怖がって離れていかないように。
そのことを分かっていた悠斗は、そう小声で尋ねてきた。 そんな気を遣ってくれる彼に対し、結人も小声で答えていく。

「それは学校の問題にしたくないからさ。 
 もし不良に絡まれても、黄色い布とバッジでカラーセクトの一部だと思わせておけば“学生”っていうワードは少しでも消去されるだろ? それに今俺たちは私服だし」

喧嘩をすると予め分かっていれば、私服&黄色いバンダナとバッジという組み合わせは当然のルールだった。 できるだけ、周りを巻き込まずに迷惑をかけたくないから。
カラーセクトの集まりがやらかしただけ、と留めておきたかったのだ。 

そして目的地まで辿り着くと、悠斗に不良と出会った場所まで案内してもらった。
「ここ・・・だけど」
ここだと連れてこられた場所を、結人はゆっくりと見渡す。 ここは路地裏だが、日の当たりがよく夕方でもとても明るい。 
だけど街灯がないため、夜になるとかなり真っ暗になるだろう。 更に薄暗い奥へと入っていくと、視線を下へ落とした。
―――特に変わったものは何もないな。 
―――血が流れたという跡もない。 
場所は“ここで本当に喧嘩をしていたのか”と疑いたくなるような綺麗さだった。 その場にしゃがみ込み地面を見つめていると、後ろから悠斗が細い声で尋ねてくる。
「どうやって、未来はやっていないって証明するの?」
そう聞かれ、結人はしゃがんだまま顔を上げた。 
「証明なんてできる方法は、一つしかねぇだろ。 あれだよ、あの防犯カメラ。 あれに映っているはずだ、未来の姿」
―――防犯カメラのあるすぐ傍で喧嘩だなんて、不良たちも馬鹿だよな。
そう思い、不良らを馬鹿にするように小さく笑う。 
喧嘩をする上で、誰かが見ていないか防犯カメラが付いていないかなどを確認するのは、結人たちにとっては当たり前のことだった。 そして続けて、悠斗は問う。
「今日ここへ来た理由は、防犯カメラの映像を入手するだけ?」
その言葉を聞くと、結人はおもむろに立ち上がりポケットから携帯を取り出して、仲間に連絡を取り始めた。
「そんなわけねぇだろー。 つか、映像入手なんて面倒だから他の奴に任す」
夜月に、今自分たちがいる場所と防犯カメラの位置を的確に伝える。 彼には、もし防犯カメラがあったら映像を入手してもらうことになっていた。 これは予め考えていたことだ。 
それと夜月だけというのも心配なため、場所を伝えるのと共に真宮も一緒に連れていくよう彼に伝える。
映像入手は中学の時に何度かしたことがあるので、夜月は慣れているだろう。 真宮も彼から、ようやく悠斗たちの事情を聞き出し把握するはずだ。 
―――真宮にも、この手段には慣れてもらわないとな。

そんなことより、結人にはここへ来た理由がもう一つあった。 それは、先日悠斗たちが遭遇した不良たちに会うこと。 
彼らに会って、結人自身が手を出さないと気が済まなかった。 もし未来の命に危険があるところまでやられていたら、結黄賊のリーダーである結人に責任がある。 
結人は、仲間の命を預かっているようなものだった。

この、喧嘩の世界という――――カラーセクトに、入った以上。

責任を背負うのが嫌だからではなく、大切な仲間をあんなみっともない姿にさせてくれた連中に、一発殴らないと気分が晴れなかった。
今回は怪我だけで済んだためよかったのだが、今後入院なんてことになったら結黄賊のみんなは黙っていないだろう。
だから仲間が暴走してしまう前に、誰よりも先に結人が不良らを見つけ出さないと――――




だが結局――――何時間もこの周辺を見回ったが、悠斗たちと絡んだ不良らとは出会うことなかった。
日が落ちたことを確認し、見晴らしが悪くなった今結人は悠斗に声をかける。
「今日はもう遅い、そろそろ帰ろう。 また明日、手伝ってくれるか?」
彼はその問いに『もちろん』と答えてくれ、二人は立川へ戻り駅で解散した。
解散する前に夜月から連絡が届いており、彼らは無事映像を入手できたらしい。 見事な働きっぷりに、彼らを感嘆する。
―――でも、二人には会わなかったな。 
―――すれ違ったのか?
そのようなことを考えつつも、思考を夜月たちから悠斗たちのことへと切り替えた。 今からもう一つ、向かわなければならない場所がある。 そう――――未来の家だ。

結黄賊は、同じアパートで住むことをわざと避けた。
それは何故かというと、もし争い事に巻き込まれ逃げなくてはならない時に、急いで自分のアパートへ向かおうとしても場所や距離によって時間もかかる。
だからみんなバラバラのところに住んで、逃げる時にその場から一番近い仲間の家へ逃げ込めるよう、わざと避けたのだ。
それぞれ住む場所が決まった後、みんなで懸命にメンバーの家の場所を憶えた。 これでも結構、結黄賊になった以上色々なことに気を遣っている。

数分後、結人は未来の家へ着いた。 彼の家は駅から近い方のため、すぐに着いてしまう。 
というより悠斗と未来の家が互いにかなり近いので、悠斗が先に帰るのを見送ってから未来の家まで足を運んだ。 
自分が未来と会っているところを、悠斗には見られたくなかったから。
―ピンポーン。
「・・・はい」
チャイムを鳴らすと、中から未来の声が聞こえてきた。 いつもの未来とははるかに違い、とても落ち着いていて元気のない声。
「色折だ。 出て・・・これるか?」
そう尋ねると、彼はすんなりとドアを開けてくれた。 それから中へ入るよう促され、言われたまま未来の家にお邪魔する。 もちろん、結黄賊みんな一人暮らしだ。 
実家は当然、横浜にある。 そして未来がベッドの上に腰を下ろした後、結人は彼の前に立ち早速用件を口にした。
「未来は喧嘩をしていない。 それは証明されたよ」
先程悠斗が帰るのを待っていた時、丁度真宮から連絡が届いた。 内容は映像を見た後のようで、こう書かれている。

『未来は何も手を出していない、ただ不良たちが未来をめっちゃボコっている。 これは酷い・・・。 未来は耐えて、よく頑張ったよ』

未来のことは信じていたが、その連絡により結人は更に安堵した。 “これで無実が証明できる”と思い、心も少し軽くなる。
だがこれだけだと、未来の停学をなしにしてもらうことしかできない。 そう、一番問題なのは――――
「・・・マジ、で? よ、よかった・・・」
そう言うと、未来は一瞬驚いた表情を見せるがすぐに安心した表情へと切り替わった。 余程悪者扱いされていたのが怖かったのか、彼の身体は少し震えている。
だけどこの件はすぐに解決ができそうなため、違う話題を振ろうとした。 未来の家まで訪れた、本当の理由を聞くために。
「未来、教えてほしい。 悠斗とあの時、何があったんだ?」
「・・・」
悠斗と同様、そう尋ねるとしばらく口を閉じる未来。 だが未来をあまり焦らせないよう、結人は少し彼の視界から外れてその場に座った。
そのおかげで少しでも緊張が解け気持ちを落ち着かせることができたのか、未来はゆっくりと口を開き語り出す。

「・・・悠斗が、戻ってこなかったんだよ」

―――戻って、こなかった?
ここで聞き返そうとするが、結人が口を開く前に未来は言葉を続けてくれた。
「確かに、沙楽の名前を言ったのは俺だ。 でも言わなかったら、今以上に俺は殴られていた。 もう俺は耐えられなかったんだ! 
 意識がぶっ飛ぶ寸前だったし、俺の体力も限界だったし!」
「落ち着けよ、未来。 未来はよく頑張った。 ちゃんと、結黄賊のルールも守って喧嘩をしなかった。 未来は偉いよ」
徐々に感情的になっていく未来を落ち着かせるよう、咄嗟にその場に立ち上がって彼の傍まで駆け寄った。 
そして彼の背中を優しくさすりながら、結人もベッドの上に腰を下ろす。 だが今の状況で、一番混乱しているのは未来なのだろう。 
だから結人は、必要以上に彼に向けて声をかけてあげることはできなかった。 しばらくして少し落ち着きを取り戻した未来に、静かに尋ねかける。
「・・・それで、悠斗が戻ってこなかったっていうのは?」
あまり悠斗の名を出したくはなかったのだが、ここは未来の顔色を窺いつつも恐る恐る口にした。 すると彼は結人から顔を背け、こう答える。
「学校名を言った後、不良たちはその場から去っていった。 ・・・俺、30分くらいずっとボコられていたんだぜ。 でも悠斗は、戻ってこなかった」
「それで待てず、先に帰ったのか?」
そう尋ねると、未来は小さく頷いた。 ようやくこれで、彼らの事情が一致する。

―――30分経っても連絡なしで戻って来なかったら、そりゃあ裏切られたとも思ってしまうか。
―――でもよかった。 
―――これで二人を、仲直りさせることができる。

だがここで一つ、疑問が思い浮かんだ結人。 そのことを、未来に尋ねてみた。
「そういやさ、どうして不良らは未来の名前を知っていたんだ?」
その問いを聞いて彼は難しそうな表情を浮かべ首を傾げるも、自分の予想を言葉にして紡いでいく。
「さぁ・・・。 多分悠斗が、俺の名前を不良の前で言ったからじゃないかな。 ・・・俺も悠斗の名前を、言っちまったし」
その答えに納得するが、未来はこう言葉を続けてくれた。

「でも・・・悠斗が俺の名前を言ったおかげで、犯人扱いされたのは俺だけだったから・・・。 まぁ、よかったのかもな」

そう言いながら、苦しそうに優しく微笑む。 彼は“大切な仲間である悠斗を庇えてよかった”と言っているのだ。 
そんな未来を見て結人も微笑み返し、その場に立ち上がった。 そして彼の方へ向き直り、ハッキリとした口調で言葉を投げかける。
「ありがとな、話してくれて。 明日先生に映像を見せて、すぐ停学をなしにしてもらうよ。 だから未来、それまでもうちょっとだけ待っていてな」
そうして結人は、未来の家を後にした。


しおり