コウテイ①
さっきまで囚人だった男は、街を出ると言って、関門まで走って行った。
僕も関門まで向かい、預けられていた相棒の馬を引き取り、その後宿屋を探しに街へ繰り出した。
まだ昼前の街は栄えていた。
仄かな潮の匂いが街を駆け抜け、燦々と降り注ぐ太陽の光は街の賑やかさを一層華やかなものにしている。
港町のヨナは高低差が大きい。
さっきまでいた牢獄は街の高い位置、住宅街が囲む中にそびえ立っていたが、そこから急坂を経由して、港に着く。
今はその道中だ。
急坂により、どこを通っていようと、大抵海が見える。
海の向こう側はただ地平線が広がるだけで、対岸にあるだろう街は見えない。
「しぃ、お腹空いた?」
「バフッ!バフッ!」
相棒の馬に聞くと、興奮したように激しくうなづいた。
「じゃあ、お昼にしようか」
近くの酒屋の前に馬を繋ぎ、注文したルロ肉を与える。
草食のくせに、どこで似たのか……。
ルロ肉だけは、僕と同じように大好物なようだ。
そんな事をふと思いながら、中へ入り壁際の席に陣取る。
ロヴェルの酒屋ラシュトのような賑わいだが、あそこと同じ水みたいに薄い酒は出なかった。
スパイスの効いたドロドロの液体がお椀に入れられ、そこに例の硬いパンを付けて食べる、チャペスという料理を注文した。
胸の内ポケットから、万年筆と小さめの紙束を取り出し、これからの事を考える。
ヨナまでは事前の知識で道も分かっていたが、これから先は分からない。
そもそも、目標とかゴール地点も決めていないような行き当たりばったりの旅だから、元々分からないのだが、それでもある程度の知識はあった方がいい。
盗賊に会う確率や途中の村の有無。あとは宿屋とか。
小さな街だと、宿屋がないこともあると聞いた。
イーアンもロヴェルもヨナも、同じ地域でみれば、大きい街だ。宿屋がない、なんてことはあり得ない。
ちなみに盗賊に関しては、街中では自警団辺りがしばきにしばき倒すのだが、街の外では通用しない。
街の外は、街ではない。
管轄下でも、そこには雲泥の差があるのだ。
管理人たちは「外界」というが、見下しているあたりを鑑みて、むしろ「下界」の方が表現としては正しいだろう。
だから、自己責任だ。
旅人も行商人も、盗賊に襲われれば、なんらかの対抗手段を打つか、静かに転生を待つか。
その、どちらかだ。
僕の場合、メイン武器となり得るのは、料理をする時にも使うサバイバルナイフ1本。
大抵、他の旅人は毒矢や鎖、剣に防御盾など、戦闘できる態勢を整えているが、僕は持たない。
買うお金はある。確かに細々と暮らしてはいたが、それくらいは買えるほどの余裕があった。
ただ、ああいう武器は「重い」のだ。
ただでさえ、荷物を詰め込んでいるのに、あんな武器なんて持ったら、潰れる。
精神的にではなく、物理的に潰れる。
立ち上がった瞬間に荷物に押し倒され、真っ赤なドロドロの液体が広がり、転生するだろう。
そんな事を考えて、半刻。
いつのまにか並べらていた料理に気づき、口へと持っていく。
冷たくなったチャペスは、大量にかけられたスパイスの粉で、異常な辛さを演じていた。
僕の左手には、空になった小さな容器が、その口をチャペスに向けていた。