コウテイ②
その日の朝もいつも通り、日の出前に目が覚めた。
食料は牢屋に入れられた時に没収されたので、今日もまた酒屋に行くしかない。
街での宿泊時は、基本的に酒屋で朝食を取ることが多いので、最近は酒屋も悪くないと思い始めている。
チャペスと茶水を頼み、スパイスは少なめに。
注意深くビンからチャペスへ振りかけていく。
相棒の馬と一緒にご飯を食べられる時が減っているため、酒屋に入る前、馬がなんとか入り口を抜けようとしていたが、なんとか宥めた。
そろそろ一緒にご飯を食べないと暴走するかもしれない。
頭の片隅にメモをして、お金を補充するために仕事を探す。食べかけの皿の横には宿から持ってきた短期仕事リストの書かれたパンフレットが置かれている。
それを眺めながら、支払いが良く、簡単そうな仕事を選ぶ。
『1刻5枚、超高収入!!娼婦のお仕事
溜まっている男の欲を、アナタが処理してみませんか?
快楽と解放の新たな道へ!
男性も可』
『1日5枚、普通。ウェイトレスのお仕事
酒屋でのウェイトレス業務が主。昇格、正規スタッフ登用もあり!
朝から晩まで働かせる、ブラック酒屋のお仕事です!!サービス残業、無賃金働き大歓迎!!』
『2件1枚、高収入!!宅配のお仕事
最近、スタッフがサボり気味で仕事が間に合わないので、代わりが出来る人を募集!
完全歩合制、好きな時に好きなだけ!!』
「宅配か……うん、いいかも」
他に2つくらい仕事があったが、どちらも闇を感じるところがあったので、排除した。もちろん、最終手段としては考えてもいいかもしれない。娼婦は御免だが……。
□■□■□■□
酒屋を出て、宅配仕事の事務所へと向かう。路地を右へ左へ、奥へ奥へと進んで行く。ちなみに迷っていふわけではない。ただ、事務所までのルート指示がアバウト過ぎて、当てにならないのだ。
『事務所までの地図
絵が下手なので、文字でご案内!
メインストリートから路地を合計8回右、5回左へ進むと着きます。頑張って辿り着いてください!』
最後の「頑張って」辺りで殺意が芽生えたが、そもそも事務所に着かないとシメることも出来ないので、とりあえず勘で行くしかなかった。
5回ほど同じところに戻ってきたが、なんとか事務所まで辿り着くことができた。結局、右に9回、左に6回だったので、怒りを通り越して、呆れていた。
2階建ての赤い屋根。薄汚れた窓から中を覗くと、ふかふかしてそうなソファーに1人の老人が腰掛けていた。
「あの……」
声をかけると、ゆっくりとその老人は僕の方を振り向き、おでこまで上げていた眼鏡を右手でおろし、首を少し傾げた。
「宅配の仕事をしに……」
「ほぅ……、名は?」
「ナギ」
「そうか、ナギよ。早速だが行ってきてもらえるか?」
そう言うと老人はソファから立ち上がり、部屋の隅にあった荷物の袋を手にとった。
そして、背中にそれを回し、僕の方へとゆったりとした足取りで歩いてきた。
僕の目の前にたどり着き、ヨイショと声を出しながら、荷物を床に置き、近くのイスへと腰掛けた。
「この歳になると、ちょっとした作業が一苦労でな」
「爺、いくつだ?」
「齢は数えておらんが……、もう80は経つだろうか」
「そう。……ところでこの荷物を運べばいいのか?」
「あぁ、荷物に番号が振ってあるじゃろ?んっとなぁ……、そうそう」
イスの隣にあった棚の引き出しを開け、中から一枚の紙切れを取り出す。そして、それを僕へ手渡した。
「その紙切れに番号と場所が書いておる。それで運んできとくれ」
「いつまでだ?」
「夕刻までには頼むぞ。報酬は2件1枚……つまりそれを運べば、8枚じゃな」
「分かった」
出口付近に繋いだ馬に、手渡された荷物を載せ、手綱を握り、街へ繰り出した。
最初の配達先は……、どうやら商店のようだ。
メインストリートへと戻り、賑わい始めた道端を横目に、堂々と真ん中を通っていく。
少しすると目的の商店へと着く。挨拶の前に荷物袋から荷物を取り出し、脇に抱える。
「お届け物です」
接客中の店員を呼び止めるのは流石に気が引けた。だから、店の奥に見えた小柄で白と黒のふわふわな服を見に纏った少女を呼び出す。
「配達ね、お疲れ様〜」
衣装があまり見かけるものではなく、少し目線が逸れたがすぐに少女の方へと視線を戻した。
腰にかけた小さめの鞄から「受取証」と書かれた紙を1枚取り出し、商品番号を書いて、それを渡す。
「ここに店名を」
「はぁ〜い!」
元気よく返事をした少女は紙へと書き込む。ものすごく字が汚かったが、読めないことはないのでヨシとする。
受取証をもらい、馬へと戻ろうとした。すると、その少女がニヤニヤとした表情で僕を呼び止めた。
「ね、ね?この格好!どうっ?」
僕としては非常に面倒くさい上に、次の配達もあるので、ここは手短に済ませたい。しかし、相手は例え見慣れない格好をした少女であっても、一応客である。
世間話程度でテキトーに持ち上げることにした。
「似合ってる。それじゃ」
「あぁ〜ん、ちょっと待ってよぉ!この格好、いま流行りなのに知らない?」
「はいはい知ってる知ってる、次の配達があるので」
「これね、これね、メイド服って言うらしいの!異世界から来た勇者さんが言ってたの!」
「そうか、良かったな。これからもご贔屓に」
「待ってよぉ〜!!」
これ以上は埒があかない。少し強引な気もしたが、あれくらい構ってくる輩には多少強引でも許されるだろう。
「異世界」というワードに少し反応しそうになったが、周りでそんなことを言っている人なんていなかった。
なんかの物語に書いてあったのだろう。そう思い、僕は次の配達先へと向かっていった。