小さな先頭②
ヨナに着いた僕は、鉄格子の中から外を眺めていた。
鉄格子の世界は非常につまらないが、高いところから街を見渡せるため、景色だけは最高だ。
どの部屋もオーシャンビューで、宿泊料金はナシ。その上に朝・昼・夜の食事付き。
囚人達は自虐するように、その言葉を呟く。
顔は笑っているが、疲れ果てているのが丸見えだ。
「お前も災難だな。ロヴェルから来たんだろ?」
「……あぁ」
「この街の衛兵は牢獄にぶち込んだ人数で給料が変わるのさ。少しでも気に食わなければ、ケチつけてぶち込む」
「……」
「何百年も変わらない腐った文化だな」
外を眺めながら、相槌程度に返していく。
部屋の中には、持ってきた荷物が置かれている。食料は除かれたが、それ以外は全て持ち込むことが出来た。
そして、部屋には僕以外に、会話相手の囚人が1人だけいた。
「ヨナは不正のせいで、犯罪者がたくさん生まれる。だから、面白いルールがある。脱獄出来たら、無罪放免」
「……そうか」
「だが、成功したやつはほとんどいない。脱獄不可能と言われるこの牢獄。見つかれば、死が待っているのみ。笑えるくらいの矛盾があるんだ」
荷物を漁り、旅に必要なものだけ取り出す。
シートと寝袋と食器数点、あとはサバイバルナイフ。そして、硬貨。
それらを背負ってきたバッグに詰め込む。
「何してるんだ?」
「僕は早く街を見たい」
「はぁ……脱獄する気か?」
「……当たり前だ」
脱獄という言葉が響かないよう、小声で会話をする。
「俺も付いて行ってもいいか?」
「勝手に」
「計画は?」
「……行き当たりばったりも」
「旅としては面白ぇな。……仕方ねぇな、準備してたやつを使うか」
囚人の男は、部屋の隅についていた換気口の鉄格子を外した。
「ここを行けば、とりあえず廊下に出られる。が、ちょっと待ってろ」
換気口の中に身体を潜らせた男は、少しするとまた部屋に戻ってきた。
その手には赤い旗が握られていた。
そして、無言で外の見える鉄格子から腕と旗を出し、街にアピールするかのように振り続けた。
結構長い時間振り続けた男は、赤い旗を部屋の中に引き入れた。
「半刻以内であれば、安全は保障してやろう」
「……あぁ」
換気口の中にバッグと身体を潜らせ、這っていく。音がしないように、慎重に、だが速いスピードで通っていく。
換気口の出口は廊下の端らしい。
途中の分岐点も無視して来たため、どこに着くかは分からなかったが、廊下の端に出られたことは幸運だった。
外側から留め具をゆるめ、静かに鉄格子を外し、廊下へ出る。
さぐ右側にあった扉に手をかけ、開けると、そこは建物の外側に付けられた階段だった。
荷物を背負い、後ろに囚人の男が付いて来ていることを一応確認して、階段を降りていく。
「お前は運が良いな。廊下の端を引き当てるとはな」
「……真っ直ぐ行かなかったら、どうなる?」
「最悪、看守室に一直線。換気口から首が覗いた瞬間、この世界からサヨナラさ」
首がまだ繋がっていることにホッとしながらも、階段を降りるスピードを上げていく。
建物の半分ほど降りたところで、階段は途切れた。
「……チッ」
「安心しろ。下を見てみろ」
言われるがまま、下を見ると、道路には布団が敷き詰められ、住人がそれを囲っていた。
「ヨナは、住人と官人で対立が激しいんだ。官人が犯罪者を量産するなら、住人は犯罪者を助けようとする。歪んだ関係性に俺らは助けられるのさ」
荷物を先に落とし、それが布団の真上に落ちたことを確認し、自分も目標目掛けて、自然落下する。
落下している間は楽しかった。
死の恐怖も感じることなく、アグレッシブな自分の行動をただ楽しんでいた。
布団に包まれるまでの、その数秒間だけは、最高の笑顔だったと思う。