小さな先頭①
ロヴェルを出て、2刻が過ぎたぐらいだろうか。
最初の村が見えてきた。
広大な草原の中に、家が4軒だけ。
柵で囲われていないその中を馬やルロが草原に身を委ね、静かな眠りについていた。
ヨダレが垂れかけたが、それは気にしないことにする。
数百歩ほど歩いて、1軒目の家に着く。
もちろん、夜中だ。
住人を起こさないよう、慎重に横を通り過ぎていく。
カランカランと食器がぶつかる音だけを響かせて、ゆっくりゆっくりと歩いていく。
「しぃ、あと1刻だけ、頑張ってね」
「……バフッ」
明らかに不満そうだが、なるべくヨナに早くたどり着きたい。
その為には、少し夜更かしをしたとしても、歩みを進めなければならない。
2軒目、3軒目と村を静かに横切っていく。
幸い、住人を起こすことなく、横切ることができた。
少し離れたところで、また馬に跨り、走らせる。
夜風は肌に棘が刺さるような冷たさだったが、同時に僕の目を覚まさせ、気分をスッキリさせてくれた。
だから、さっきの村に充満していた血の匂いもすぐに忘れてしまった。
住人も、家畜も、一体誰に殺されたのだろう。
その事実には気づいていながら、数秒前に渡った小川が赤く染まっていることには気づけなかった。
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あれから1刻が過ぎ、月も傾き度合いを増している。
小さな丘の上まで来た僕は、馬に食事を与えた後、荷物から寝袋とシートを取り出した。
シートにポールを通し、簡易的なテントを設営する。風を防ぎ、体温をなるべく下げないようにするためだ。
火打ち石で火種を作り、乾燥した枝や葉、木屑に焚きつける。
ボォッと勢いよく火が上がり、周りを赤く照らす。
表面がコーティングされた小さな板を取り出し、その上でルロ肉を一口サイズに切っていく。そして、真っ直ぐな棒に1つずつ通す。
1つの棒につき、ルロ肉が5個程度。
それを3セット。
3本の棒を焚き火の周りの地面に差し込み、じっくりと焼いていく。
近くに川が無かったため、ロヴェルで購入した真水を底の深い、若干縦長の鍋に半分ほど入れる。
一口飲み、とにかく焼き上がりを待つ。
様子を見て、食べられそうなものから食べていく。
相変わらずの肉汁量。じわっと広がる旨味が僕の身体を温め、幸福感で満たしていく。
そうして、日の出が登り始めた頃、寝袋にくるまり、やっとの思いで寝る。
行商人も旅人も通らない丘の上には、昨日の冷たさとは一転、温かな風が流れ始めていた。
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同じ頃、さっきの村付近にはロヴェルの衛兵が集まっていた。人も家畜もいない、だだっ広い草原で実地訓練をしていた。
「家の1つくらいあったら、立て篭もりの訓練も出来るのにな」
「確かに、そうですね」
「ラウア様が言っていたが、昔はあったようだ。だが、数年前に無くなったらしい」
「ユラ様!全班、演習位置に着きました!」
「そうか。よし、では始めよう。演習パターンB-23だ!」
街は街で守る。
機能しなくなった国の代わりに台頭したのは、街という自治勢力の集団だった。
その先頭には、硬貨の少女の代わりを7日だけ務めることになった、勇敢で優しい少年が立っていた。
その少年は、硬貨の少女を尊敬し、もう1人の少女に好意を寄せていた。