フタタビ②
「あんまり、大きな声はやめてくれよ?」
「……分かったよ」
嘘の苦手な管理人は顔を近づけ、周りに聞こえない程度の声でそう告げた。
「で、何やってるんですか?」
「酒だ、酒!」
「それは酒屋に来てる時点で分かります。仕事は?」
「おいおい、舐めるんじゃないぜ?私みたいな有能人材が仕事終わらせずに酒を飲むとでも思うのか?アハハ!」
「むしろ、酒三昧では?」
「とことん面白いな。発言の度にグサグサ刺さるが、私は気にせんぞ!」
酒をグビッと飲みながら、大声で笑う。さっき自分で大声はやめろ、と言ったのを忘れているのだろうか?
有能とは言えど、自称に過ぎないのが明らかすぎて、笑えてきてしまう。
嘘も、記憶も苦手な管理人は、酒だけが得意なようだ。
「仕事場に来てみるか?」
「こき使われる未来が丸見えだよ」
「アハハ!お見通しか!だが、安心しろ。見抜いた坊ちゃんは客として招待してやるぜ?」
なんとも強引だが、管理人の仕事を見る機会はない。
今日は無理だが、明日の仕事ぶりは見られるかもしれない。
少し興味の惹かれた僕は見させてもらうことにした。
「じゃあ、明日行こう」
「今からだぜ?仕事を終わらせるぞ!」
やっぱり、有能でもなんでもなかった。
□■□■□■□
管理人の仕事場は、街の中心にそびえ立つレンガ造りの円筒の建物だ。
ギルドと呼ばれるそれは、関門と同じ高さがあるため、ふもとから見上げるのは少し首が疲れる。
確か1階は旅人や冒険者向けの仕事案内所だった気がする。
証拠に出入り口を多くのガタイのいい人々が入ったり出たりしている。
荒れ狂った冒険者に壊されたのだろうか、上半分が無くなったドア……もう既にドアとしての役目を果たし終わったドアだろう何かを足で開け、中へ入っていく。
1階は円筒の半分で区切られ、入り口側が冒険者用の受付窓口や待合室になっていた。
管理人はその受付窓口の端にあるボタンを押し、横にスライドした扉を超え、その中へと入っていった。
僕も扉が閉まらない内に、その後を付いて入った。
受付窓口の裏側は、整然と並べられた木の机とそこに積まれた紙束に、そこに埋もれる職員やアッチコッチと動き回る職員でいっぱいだった。
「ラウア様、保安部の会議を半刻後にお願いします」
「じゃあ、日の出から3刻後にしろ」
1人の職員が管理人に気づき、寄ってくる。そして、それに対して管理人は歩きながら指示を飛ばす。
次から次へと寄ってくる職員を素早く振り分け、徐々に奥へと進んでいく。
「半刻後に会議をお願いします!」
「了解した。……おいっ、あの資料は出来たか?」
「はいっ、もちろん出来ております。こちらです!」
「ふむ……、ココとココはおかしいな。もう一回調べ直せ」
「ラウア様ぁ〜!関門の定期検査が!」
「2刻後に会議だ!関門管理部と予算部、あぁ、あと商業長も連れてこい!」
「う、承りましたぁ〜!」
そうして、やっと奥までたどり着くと、また扉を開け中へと入っていった。
対面する形に置かれた椅子へ腰をかける。
「な?有能だろ?」
「はいはい、そうですね」
「アハハ!坊ちゃんは興味が無いように言うなぁ」
「で、何をさせるんですか?」
「会議まで話し相手を……」
「帰る」
「嬢ちゃん、ちょっと待ったぁ!」
「大声」
「す、すまないな、アハハ!」
果たして管理人と呼んでもいいのだろうか。また面倒くさい奴に降格させてもいいんだが……。
「それで、何ですか?」
「……単刀直入に聞くぜ?坊ちゃんは……いや、やっぱやめとくわ、アハハ!」
「はぁ……もう帰っていいですか?」
「聞きたいことはあるんだがな、今はやめておこう。こういうのは温めた方が良いってもんよ!アハハ!」
「あの……」
「会議まで!な?だった半刻!」
なんで僕と話たがるのかはよく分からないが、押しに負け、結局半刻どころか1刻も話し込んでいた。
半刻過ぎた頃から、扉の向こうから職員が必死に「会議です!お願いします!会議!」と叫んでいたが、面倒くさい奴はとにかくスルーで僕と話したがった。
ようやく解放された僕は宿から荷物を引き上げ、馬に跨り、関門へ向かった。
月が天頂に来た頃、僕はロヴェルを出た。
そういえば、今日ほど人と話したのは、初めてかもしれない。
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『もう、遅かったか……?』
月が空の天頂を掴んでいた頃。
『旅なんか、出なければ……』
何杯目かの酒が地面に置かれている。
『でも、また旅を……』
寝そべって、突っ伏した顔からは葛藤が漏れる。
1つの街の、1人の少女は、月明かりに照らされ、手を伸ばすことも、髪を靡かせることもなく、ただ突っ伏していた。
その夜は、影がハッキリ見えるくらい、月明かりの強い夜だった。
いつのまにか、突っ伏していたはずの身体は起き上がっていた。
関門の上には後悔を知った旅人が、月に手を伸ばし、秒速1メートルもない風に髪を靡かせ、街を見下ろし、立っていた。
また突っ伏した旅人は、ただただ朝を待ちわびた。
絶対に訪れない、そんな朝を待っていた。