フタタビ①
宿屋「ロカリク」に戻り、眠気に襲われている受付へ延泊分の代金を払った。
そして、僕はすぐに浴場へ向かった。
誰一人いない浴場内はお湯の注がれる心地よい音とペチャペチャという足音のみで、もちろん視界は湯気で遮られている。
身体を洗い流してから、ゆっくりとお湯に浸かる。
足を伸ばし、濡れた手で顔を拭いながら、明日からのことを考える。
旅は金がかかる。
バーナーの燃料や食料。宿によっては、野宿の方が高く付くことがある。
確かになるべく多めに持ってきてはいるが、ヨナまでは3日ほどかかる。
幸い、行程に村が何ヶ所かあるが、ある程度稼いでおいた方が良いだろう。
浴場を出た僕は冷めないうちに身体を拭き、部屋に用意されていた通しの服を着る。
そして、受付へと向かった。
「仕事を探しているんだ」
「ふぁぁ……、そふぇで、条件ふぁ……?」
「1日か2日で、20枚くらい」
「そんなもんでええなら……ふぁ……ここふぁ?」
欠伸を繰り返しながら、その受付の人は場所を記した紙を渡してくる。
その場所には確かに見覚えがあったが、稼げるならどこでもいい。
もちろん、夜のサービスは遠慮したいが。
仕事先を見つけた僕は、深い眠りについた。
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酒屋の名は「ラシュト」という。
まだ早朝だというのに、ほぼ満席だ。
そして、客のほとんどは、例の水みたいに薄い酒とツマミを注文する。
ツマミというほど、摘める量も入っていないのだが、なぜか挙って注文しようとする。
昨日は酒だけだったため、ツマミの味は分からないが、調理室を見る限り、別段味の格が違うというわけではなさそうだ。
ちなみに僕は今、ウェイターとして、注文された料理を運ぶ仕事をしていた。
体力はある方なので、手だけでなく、腕にも皿を乗せ、バランスを保ちながら運んでいる。
たまに客に絡まれるのだが、基本的な対処法はいつも通りに遇らうか、〆るかのどちらかだ。
ちなみにこれは店の公式の対処法だ。
斜め前にいる歳のいった女のウェイトレスは、よく絡まれているのだが、絡んだ方はその度に腹に一発入れられている。
その後、恍惚な表情をしているのは気のせいだと思いたい。
「おら、次行け!」
「……了解」
酒のグラス8本を片手に4本ずつ持ち、腕にツマミ3皿とサンド2皿を乗せ、壁際の席へと向かう。
男2人と女2人のパーティのようだが、1人2杯も飲むのだろうか……?
確かに薄い酒とは言えど、流石に2杯行く人は少ない。特に女が2杯は異常だ。
料理を運び終わった後、そのテーブルを横目で見ると、なるほど。
男が3杯、女が1杯だった。
それでもやはり、異常ではある。
酒屋の仕事は、昼から6刻経ったくらいで終わった。
今日の仕事時間は、およそ11刻ぐらいだろうか。
1日だけの仕事だったが、硬貨も22枚と予想より多く入ってきた。
夜になり、客がまた増えだしたのを片隅のテーブルから見ていた。
テーブルの上には、あと半分ほど残っている酒と指先であと2回ほど摘める量のツマミが載っている。
「よっ、お嬢ちゃん?」
背後から耳元で囁かれた。
「また来たんですか?」
「気に入ったと言ったはずだぜ?」
口角を上げ、笑いかけてくる。
また現れた面倒くさい奴は、片手に酒を持ち、テーブルを挟んで向かい側に座った。
「で、何してるんですか、管理人さん?」
「何を何を、私は旅人だぜ?」
明らかに動揺している。そんな中で言われても、嘘だってことくらい僕でも分かる。
「硬貨にデザインされるのは、管理人の顔だけだ。それ以外の硬貨は使えないはずだよ」
「とんだ教養だ。やっぱり気に入った!私の目は間違えって居ないのだな!アハハ!」
とてつもなく面倒くさい奴は、とてつもなく嘘が苦手なロヴェルの管理人だった。