そんな気分④
メインストリートの行き着く先はヨナ方面の関門だ。遠くからも、商人が行き来しているのがよく見える。
「街を出るのか?」
「いや、そもそも私は出られないからな、アハハ」
その笑い声は、街の喧騒と同じように感じてしまうくらい聞き慣れてしまった。
関門が近づくにつれ、すれ違う人も増えていく。
激しい往来に飲まれないように、改めてしっかりと手綱を握りしめ、面倒くさい奴の隣から背後に移動し、付いていく。
会話は時々だ。
途切れ途切れのなんて事はない会話が時間を置いて繰り返される。
そして、ちょうど太陽が真上に来た時、関門の前に着いた。
どうやら関門の中に入るようだ。
馬を近くに預け、必要な荷物だけを背中に回し、また静かに付いていく。
「坊ちゃんは体力はあるか?」
「それなりに」
「ここからは半刻ほど階段だ。キツかったら言うんだぜ?」
ニコッと笑いながら顔を前へ戻し、重い扉を開け、中へ入る。
埃っぽく、ここが何年も使われていないことくらいすぐに分かった。
階段には一定の間隔で小さい窓が設置されているが、そこから差し込む光はほんの少しだ。
カツンカツンと音を鳴らしながら、幅の狭い階段を上がっていく。
「……」
「坊ちゃんはロヴェルの別名を探しているんだろ?」
「そうだ」
短く返す。まだ息は上がっていないが、長い話は身体に重い負担をかける。
特にこの長い階段では、気を遣う。
「ロヴェルは陽の街。何十年も前の話だ。この階段を登った旅人がそう付けたそうだぜ」
「……」
「普通は登れないんだがな。関門からの飛び降りが絶えなくなって、入口が閉ざされたはずだ」
「その旅人は?」
「明確な違反だぜ?だが、誰も確保する事は出来なかった」
「……飛び降りたのか?」
「いや、衛兵が確保しようとしたんだが、その旅人の姿が泣けるくらい美しかったんだと」
「……」
「誰もその旅人に触れることが出来なかった。それぐらい、美しかったそうだぜ?バカな話だけどな、アハハ!」
やっとのことでたどり着いた関門の屋上。
レンガの隙間からは植物が静かに顔を出し、手入れの行き届いていないことを示していた。
それから僕と面倒くさい奴は暮れを待った。
会話もせず、ただ座って、たまに関門下を通る商人の列を見ながら、夕陽を待った。
数刻が経ち、太陽は地平線へと沈もうとしていた。
面倒くさい奴はサッと立ち上がり、街を背に関門の端に足を揃えて立った。
そして、結んでいた髪をほどき、風に靡かせる。
片手を太陽へ伸ばし、僕もそれに合わせ立ち上がり太陽の方を向く。
「分かるか?陽の街だろ?」
「……あぁ」
その光景は、恐ろしいくらいに美しく、広大な大陸の先にあるだろう街の輪郭をぼんやりと見せていた。
昼間は見えなかった街だ。
「ロヴェルのヨナ方面の関門の上だけだ。こんなのが見られるのは」
「……」
「あの街は無いんだ。この時間だけ、この場所だけ。たったそれだけだがな、どの街より綺麗に夕陽が見られて、無いはずの街も見える」
夕陽が完全に沈むと、気温は一気に下がり、街は月明かりと街灯が照らす全く別の街になった。
面倒くさい奴は僕に向かって手を出してきた。
握りしめられた硬貨を僕の手に移すと、僕らは入口へと引き返した。
階段を下りながら、面倒くさい奴は言った。
「その硬貨はこの街が昔使ってた硬貨なんだがな、一応今でも使えるぜ。街一番のオススメの酒屋を教えてやるから、そこでの足しにしな」
入り口から出ると、面倒くさい奴は僕に酒屋の場所を教え、街へと消えていった。
預けた馬を引き取り、店仕舞いで静かになったメインストリートを関門を背に進む。
教えられた酒屋に入り、酒を頼む。
出されたのは水みたいに薄い酒だった。
「……あの野郎」
グビッと一気に飲み干し、さっき貰った硬貨を取り出し、テーブルの上に置こうとした。
一瞬見えた硬貨の絵柄を確認するようにもう一度見た。
「……あの人か」
その硬貨には1人の少女が描かれていた。
左側の街を背に、真っ直ぐ片手を伸ばし、長い髪を靡かせる姿。
身体の前は太陽に照らされているのか明るく、背は暗くなっている。
さっきあの場所で見た光景と似ていた。
いや、似てない。
全くもって、同じだった。
口角が少し上がったのが自分でも分かった。
静かにその硬貨を内ポケットへしまい、代わりに共通硬貨を出し、テーブルへと置いた。
とんでもなく面倒くさい奴だったが、そいつとそいつから貰った硬貨は残したかった。
そんな気分だった。