4話
振り下されたオーガの棍棒を、僕は自分の身体を女の子とオーガの間に滑り込ませるようにして、受け止めた。
ガツンとガントレットで覆われた腕を、オーガの棍棒が叩き、鈍いが走る。
「痛ッ……」
ドサリと背後で、人が倒れる様な音が響く。視線だけ後ろを向け、状況を確認する。
僕の後ろに、驚いたような表情を浮かべた女の子が、腰を抜かしたように座りこみ、こちらを見ていた。見たところ怪我はないようだった。
「よかった。ちょうど間に合った」
次にもう一人の少女――メリスへと目を向ける。彼女はオーガの一撃を受けたのか、くの字の様に身体をおり、地面に倒れ伏せていた。
「いや、少し遅かったか」
もう少し早く酒場を出ていれば、彼女を傷つけずに済んだかもしれない。そう思うと、動き出すのが遅かった自分が非常に許せなくなる。
手を払って受け止めたオーガの棍棒を弾く。オーガはそれで押し返され、よろめく様にして数歩後ろに下がる。
「ごめん。もう少し早く来ればよかった」
僕は傷ついた少女に謝罪を口にする。
そして、彼女たちを傷つけた存在――オーガへと目を向ける。
さすがに力量差が少しは分かるのか、オーガは直ぐに襲い掛かってくることは無かった。
じっと此方の様子を伺い、出方を伺っていた。
けれど、その静観はずっと続くわけでは無かった。
メキメキと音が鳴り、オーガの背後の茂みから、またさらにオーガが一体、二体と姿を現し、合計六体ものオーガが姿を現した。
それで優勢と見たのか、先ほどのオーガは棍棒を構え直し、笑う様にこちらを見下してきた。
ゆっくりと囲い込むように展開するオーガたち。どうやら逃がしてくれそうにはなかった。
「やるしか……ないか」
ちょうどよく足元に刺さっていた剣を引き抜く。おそらくメリスが持っていた剣だろう。何の変哲もない、ただの鋼鉄製のロングソード。それを僕は構えた。
「ごめん。これ、ちょっと借りるよ」
◇ ◆ ◇
「うそ……でしょ」
助かった。そう安心した。けれど、目の前に広がる光景は、絶望を呼ぶものだった。
オーガが六体現れ、合計七体になった。
オーガ一体だけでも、討伐するのにちゃんとした冒険者1パーティを必要とするのに、それが七体ともなると、上級冒険者1パーティか、騎士団などが必要となってくる。これほどまでのオーガが村の傍に居た事が驚きだった。そして、それは私とリーナ、それから目の前の少年の死を意味していた。
この数の差では逃げる事すら許されないだろう。
助かったと思ったけれど、何もかも終わりと、諦めの気持ちが沸いた。
「ごめん、これ、ちょっと借りるね」
けれど、目の前の少年はそうではなかった。
私の手から滑り落ち、地面に突き刺さった剣を引き抜き、構え、オーガと対峙していた。
そして、オーガの一団のど真ん中に飛び込むように、駆け出した。
◇ ◆ ◇
一閃。
一番近くのオーガに向かって、僕は一気に接敵すると、中段から剣を水平に振り、オーガの太い腕を切り飛ばした。
腕を切り落とされたオーガは、傷口から噴水の様に血を流し、叫び声をあげ、もがく。
一瞬の出来事で、周りのオーガたちは対応できず、目の前の状況に驚いたような表情を浮かべた。
けれど、僕の動きはそれで終わりではない。剣を振り抜いた動きから、流れるように剣を構え直し、一歩踏み込むと同時に、先ほど腕を切り飛ばしオーガの胴を両断する。
オーガは断末魔を上げる事は無く、オーガの上半身が宙を舞い、大量の血を辺りにぶちまけた。
一度、剣を大きく振り、剣に付いた血糊を払い落とす。そして、残ったオーガたちに目を向ける。
一瞬でオーガの一体を打倒したのを見て、オーガたちは怯えたかのように、一歩後ろに下がる。
けど、数的優位が彼らに逃げるという選択肢を選ばせなかったのか、直ぐに各々の武器を構え直し、僕を取り囲むように、囲い込んできた。
一度、剣に目を向ける。
(思ったより切れ味が悪いな。強度も……持つか怪しい)
剣の腕、身体能力には自信がある。それでも、手にした武器が、ただの武器ではさすがに心許無かった。
(試してみるか)
片手で剣を握り、眼前にかざす。そして、剣の刃に手を翳し、精神を研ぎ澄ませる。
辺りを満たす、マナの流れを感じ取り、手繰り寄せる。
確りとマナの流れを感じ取れる。これなら、問題なく魔術の行使は可能だ。
手繰り寄せたマナを、手にした剣の刃に流し込み、満たしていく。
『
「があああああああ」
威嚇するような咆哮を上げ、オーガが棍棒を振り上げ襲い掛かる。けれど、遅い。
僕は襲い掛かってくるオーガに向かって踏み込み、オーガが棍棒を振り下すよりも早く、下段から切り上げ、オーガの身体を両断する。
先ほどと異なり豆腐を切る様な軽い手応え、魔術は問題なく行使できているようだった。
「次」
残りオーガ五体。それらを捉え、倒すために、僕は駆け出した。
◇ ◆ ◇
一瞬だった。少年は、たった剣一本でオーガ七体を倒して見せた。それも無傷で、苦も無く、流れる様な動きで、オーガたちを切り裂き、倒していた。
その姿はまるで、私が心の奥底に思い描いた、勇者の姿そのものの様に思えた。
勇者は最後のオーガを切り倒すと、剣を振り、剣に付いた血を払い落とす。
そして、辺りにまだオーガが残っていないか、軽く見回して確認すると、倒れ伏せたまま私と、座り込んだままのリーナの方へ歩み寄ってきた。
「ごめん。もっと早く来るべきだった。怪我、大丈夫?」
勇者は私の傍まで近寄ると、私の安否を確認するように、手を差し出し、覗き込んだ。
勇者のダークブラウンの綺麗な瞳。それを見つめ返し、私は思わず――
「勇者様……」
と恥ずかしい言葉を漏らしてしまった。