3話
「ねえ、待ってよ、メリスちゃん」
私が酒場を出て、村の外――オーガたちが潜む森の中へ踏み込もうとしたとき、後を追ってきたのだろう、リーナが息を切らせながら走ってきて、私を呼び止めた。
「止めても無駄だよ。私はやるって決めたから」
リーナの静止を聞かず、私は森の中へと踏み込んでいく。
「無茶だって、オーガになんて勝てないよ。怪我だけで済むかけじゃないんだよ」
リーナはそれでも諦める事は無く、私の後に続いて森の中へと踏み込んでいく。
「そんなのやってみなきゃわからない」
「やってみなくたって分かるよ! 村の大人だって挑んでいって帰ってこなかったんだよ! もしダメだったら死んじゃうんだよ! そんなの誰も喜ばないよ!」
「私は! 誰かに喜んでもらうために冒険者になったわけじゃ無い」
私は大きく怒鳴り、足を止め、振り向き、付いてくるリーナを睨みつけ、黙らせよとする。
「だからって、こんな危険な事、やっぱりダメだよ!」
けれどリーナはめげずに、私を睨み返してきた。
ズン。大きな地響きのような音が響いた。
気が付くと私とリーナは、森の奥に居た。口論に夢中になってしまい、気が付かなかったのだろう。そして、その口論による大声に惹かれるように、その地響きはこちらへと近付いて来ていた。
「め、メリスちゃん」
リーナが怯えるように私の背中に隠れ、しがみ付く。
私は地響きが聞えてきた方へと向き、息を飲む。そして、手にしていた剣を鞘から引き抜き、剣の鞘を投げ捨て剣を構える。
「リーナ。離れてて」
私の背中にしがみ付き震えるリーナに、自分から離れるように言う。リーナはそれに少し戸惑ってから、ゆっくりと私から離れていった。
ズン、ズン、メキメキ。地響きがどんどんと近付き、直ぐ傍まで来ると、音と建てて近くの木々が薙ぎ倒されていった。そして、その向こうから、地響きの正体――オーガが顔を出した。
人間の様な身体でありながら、その体は大きく、手足は太く、顔は歪んだ様に醜いものだった。
オーガは私と、それからリーナの姿を見つけると、ニヤリとその歪な顔をさらに歪めた。
◇ ◆ ◇
私が冒険者を目指したのは、小さい頃聞かされた、お伽話の勇者に憧れたからだ。
見返りを求めず、ただ善意のみで人を助ける。そんな勇者に憧れたからだ。
そんな勇者は作り話で、存在しないことは判っている。けど、そういう存在に、私は憧れた。
この世界には危険が多い。魔物が闊歩し、私達の村を襲う。そんなとき、私達は冒険者を雇い、退治してもらう。
けど、冒険者は必ず私達を助けてくれるわけでは無い。状況や時間が合わず、助けてくれなかったり、報酬が足りなくて助けてくれなかったりする。そんなときは、ただ怯え、自分たちの命が助かる事を願う。
そうして、助からず何人もいなくなっていった人たちを見た。
だから私は、そうした人たちを出さないように、ただ憧れた勇者の様に、村の人達を助けるために、冒険者を目指した。
◇ ◆ ◇
メキメキと音を立ながら、木々を薙ぎ倒し、オーガが私の前に現れる。オーガは手にした大きな棍棒のような武器を両手で目の前にかざし、目の前の私を眺め、新しいおもちゃを見つけた子供の様な笑顔を浮かべる。
ぞっと、私の背筋を何かが這う様な悪寒が走る。
大きく息を吸い、深呼吸。
(こんな相手に怯えてたら、何もできないし、誰も救えない)
そう自分に言い聞かせ、剣を握り、目の前のオーガを睨む。
(負けない! 絶対に)
「うわああああああ!」
覚悟を決め、大きな声を上げ、駆け出し、剣を振り上げ、オーガに向けて振り下す。全力で、自分に出来る最大の一撃。
けれど、それは届かなかった。
風を切る様な音と共に、オーガは棍棒を振るい、メリスの身体を、まるでボールの様に弾き飛ばした。
メキメキと身体の骨が悲鳴を上げ、私の身体が地面へと打ち付けられる。今まで感じたことが無いような、強烈な痛みで意識が飛びそうになる。
力が抜け、滑り落ちた剣が、倒れた私の前に突き刺さる。
オーガの一撃、それで勝敗が決した。
倒れた私の傍へ、ゆっくりとオーガが近寄ってくる。
抵抗しようと、立ち上がろうとするが、痛みで体が動かない。
どんどんと諦めの感情が沸いてくる。
(やっぱり、ダメだったか……)
分かり切った結果が、目の前にあった。
「メリスちゃん!」
リーナの声。リーナの方へと目を向ける。リーナは――私の目の前で、オーガを通せんぼするように両手を広げ、立っていた。
「リーナ。なんで、逃げなよ」
リーナは、はっきりと恐怖に身体が竦んでいることが分かるほど、身体を震わせながら、オーガの目の前に立っていた。
「やだ、メリスちゃん置いて逃げるなんて出来ない!」
「ダメだよ。そんなの。死んじゃうよ」
「でも、私が逃げたら、メリスちゃんが死んじゃう」
「そんなの……そんなの、いいよ」
身体を動かそうとする。けど、動かない。
一歩、また一歩とオーガが、リーナの傍えと近付いてくる。
「メリスちゃん、ごめんね……」
オーガが立ち止まり、手にして棍棒を振り上げ――リーナへと振り下した。
勇者様……リーナを、助けてください……。
ありもしない、存在しない架空の存在に、届かない願いを私は願った。
棍棒が固い何かを叩く、大きな音が響いた。
それに、少し遅れるようにして、人が地面にへたり込む様な、小さな音が響く。
「よかった。ちょうど間に合った」
リーナへと振り下された棍棒は、リーナを叩き潰すことは無く、目の前の何かに阻まれ、止まっていた。
オーガの棍棒は、リーナの目の前に立つ少年によって受け止められていた。
黒髪で白いローブを身に纏った、見た事も無い少年の後姿だった。
「いや、少し遅かったか」
少年は私の姿を目にすると、悔しそうにそう告げたのだった。