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2話

「待たせたな」


 僕がメリスと呼ばれた少女と、それからもう一人の女の子が酒場から出ていくのを見送ると、ちょうど奥の厨房の方から、店主が食べ物とミルクの入ったジョッキを持って戻ってきて、それらを僕の目の前のカウンターに置いた。

 食べ物は野野菜なんかを煮込んだだけの簡単なスープだけだった。

「ねえ、何かあったの?」

 目の前に置かれた、スープの入った食器と、ミルクの入ったジョッキを自分の直ぐ傍まで引き寄せ、ゆっくりと食事を進めながら店主に尋ねる。

「あ~、悪いな。騒がしい所を見せちまって。大した事は無い。気にせず、食え」

「大した事は無いって言われても……どうしても気になっちゃうから、詳しく教えてくれたりとか、してくれませんか?」

 少し強引に尋ねてみると、店主は少し迷った後、ボリボリと頭をかき、溜め息を付いた。

「実はな。最近この辺りでオーガの一団が現れたんだ。まだ直接村を襲いに来てないが、村の外で仕事をしてるような連中は、襲われたりしてる。

 で、どうにかしようと冒険者を雇ったんだが、請求された額が、今村中の金をかき集めても足りねえような額だったもんで、払えず、払えないなら冒険者は動かねえってので、さっきは揉めてたんだ」

 オーガ。人食いの巨人だ。食人鬼なんて呼ばれ方もあったっけな。いくつかの世界でそう呼ばれる亜人種を目にし、退治したことが有る。総じて危険で、人を襲い、人を食らう。そんな怪物だ。

「オーガって危なくないんですか? 逃げたりとかは考えないんですか?」

 何となく答えが判っていながら尋ねてみる。

「逃げるったてなぁ……どこへ逃げればいいのやら。俺達はずっとこの村で生まれ、この村で育った。外ではどう生きりゃあいいかなんて、分かんねえよ」

 予想通りの答えだった。

 生まれ育った村で生き、生まれ育った村と共に死ぬ。そうして村と共に死んだ者達の話は、どこの世界でも聞いたし、そうした者達を助けるために駆け回ったこともある。ここに住む者達も、その者達と同じようだった。

「さっき出て行った、メリスって女の子は?」

「あの子は、この村の生まれの冒険者だよ。彼女の伝手で冒険者を探してきてもらったんだが――って、出ていっただだと!?」

 店主は大きく慌てた様な表情を浮かべ、急いでエプロンを外し、外へ出て行こうとする。

「あの、ばか」

「止めた方が良かったですか?」

「当り前だ! 彼女みたいな、駆け出しの冒険者がオーガなんかに敵うはずないだろ!」

 店主は慌てた様子で、怒鳴り返してきた。

「店主、ちょっとお願いがある」

 今にも飛び出していきそうな店主を、僕は呼び止める。

「ああ? いま、そんな暇は――」

「僕、まだ今日泊る宿が決まってないんだ。代わりに彼女たちを連れ戻してくるから、できたらどこか泊る場所を用意してくれないか?」

「だから、あんたに構ってる暇は――」

「頼みますよ」

 強引に言い切ると、僕は残っていたスープとミルクを、強引に胃の中へ流し込むと、酒場から外へと素早く駆け出して行った。


   ◇   ◆   ◇


 酒場の外へと出ると、直ぐに先ほど出て行ったメリスと女の子の姿を探す。少し時間が空いてしまったため、視覚だけでは直ぐに見つけることは難しそうだった。

「またそうやって人助けに走るんだから……ほんと、呆れるよ」

 二人の少女の姿を探し始めると、腰のあたりに下げた小さな箱からリュークが顔を出し、心底呆れたように溜め息を付いた。

「なんで? ただ、ほんのちょっと人助けをするだけだよ」

「そのほんのちょっとをきっかけに、どれだけの事をしてきたのか忘れたの? 君はまたそれを繰り返すわけ」

「でも、見て見ぬふりなんて、僕には出来ないよ」

「ほんと、だから呆れるよ。何度同じ失敗を繰り返せばいい事やら……」

「うん、ごめんね。でも、今度はうまくやって見せるから」

 僕はリュークに返事を返すと、目標を見定め、そこへ向けて駆け出して行った。

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