1話
『なんで、そうなるのさ!』
木造の少し狭い酒場の中に、私の怒声が響き、バンと机を叩く音が響く。
「だから嬢ちゃん。さっき理由を話しただろ。金がなきゃ動けねえって」
私の怒声の向こう、机を挟んで反対に座るのは、金属製の鎧に身を包んだ30前半くらいの男性3人組だ。
「あんたたち、それでも冒険者なの?」
「冒険者だから、金が無きゃ動けないの。分かる?
俺達冒険者は、仕事でモンスター退治をしてるわけ。報酬である金が出ないんじゃ、仕事であるモンスター退治なんて出来る分けねえだろ。慈善事業じゃないんだから」
「報酬って……あんたたち、あんな法外な額が報酬だっていうのかよ」
「法外って、人聞きが悪いなぁ、嬢ちゃん。あれでも安くしてるんだぜ。俺達の命がかかる仕事なんだから、あれ位払ってもらわないと割に合わないってもんだ」
『ふっざけるな!!』
再び私は怒声と共に机を叩く。
「ふざけてるのは嬢ちゃんの方だろ。出来ないものは出来ないんだ。
と言うかさ、嬢ちゃんも冒険者なんだから、嬢ちゃんが代わりにやればいいじゃないか、モンスター退治」
「それ、私達が
「当り前じゃないか。
「相手はオーガだぞ!
「じゃあ、諦めるしかないんじゃないか? 自分に出来ない事を、人に頼むなら、それ相応の金を用意しろってことだな」
男はそう言うと、手にした木製のジョッキに入ったエールを勢いよく呷った。
「それとも、金がないなら、別のもんで支払いを済ませても良いぜ」
呷ったエールのジョッキを机に戻すと、男は私の身体に嘗め回すような視線を向ける。
「もういい。あんた等と話してても時間の無駄だ」
思い切り机を蹴飛ばし、男たちに蔑みの目を向けると、私はその席から立ち去った。
「せいぜい死なねえように頑張る事だな」
男たちは、去って行く私の背中に、からかう様な高笑いの声を浴びせた。
◇ ◆ ◇
村に入り、酒場と思われる、エールの入ったジョッキの絵が描かれた看板が下げられた店の扉を開き、僕はその中へと踏み込んだ。
すると、大きなバンと言う机を蹴り飛ばすような音と共に、大きな笑い声が中から響いた。
それらを聞くと、僕は大きくため息を付いた。
(なんでこう、間の悪い時に入っちゃうんだろう、僕……)
酒場の中は、少しピリピリとした空気が漂い、店の中で一番大きな机には、まだ日が高いと言うのに酒を飲む男達。そして、その机からすたすたと立ち去って行く一人の少女の姿があった。奥のカウンターには、酒場の店主と思われる人物が、まるで何も見ていないという態度で、食器を乾いた布で拭いており、カウンター席には別の女の子が、心配そうな表情で少女の様子を伺っていた。
明らかに何かありましたと言う空気だった。
「ほら嬢ちゃん。あんま騒ぐと客に迷惑だろ」
そう酒を飲む男が言うと、少女は男を一睨みした後、こちらに視線をよこし、すたすたと奥のカウンター席――少女の様子を伺っていた女の子の隣に座った。
こう着した空気。間の悪いタイミングで中に入ってしまったため、変に注目が集まってしまい、酒を飲む男達と、酒場の店主、それから女の子一人の視線がこちらへと向く。
なんだかこのまま回れ右して、逃げ出したい気分になる。けど、それらの視線はどことなくそれを許してくれないような空気があった。
仕方ないか。溜め息を付く。
僕は歩みを進め、奥のカウンター席、店主の直ぐ傍の席に座った。
「店主、えっと、この貨幣って使えるかな?」
僕は懐の財布から銀貨を一枚取り出し、店主に渡す。
異世界からこの世界へ渡ってきた僕は、当然だけどこの世界の貨幣は持っていない。一応銀貨はちゃんと銀で出来ているため、それ自体に価値はあるはずだ。
「見ないコインだな……。まぁ、ちゃんと銀でできてるみたいだし、良いだろう」
店主は僕から銀貨を受け取ると、それを軽く調べ、返事を返した。
「そうか、ありがとう。じゃあ、それで何か食事を頼めるかな? 足りるなら、ミルクを一杯くれるとありがたい」
「飯とミルクだな。ちょっとなってな。今用意するから」
店主はそう答えると、店の奥、厨房へと下がる。僕が普通の客の様に対応すると、それで皆興味を無くしたのか、僕から視線がそれ、各々雑談などに花を咲かせていった。
何事もなく、ほっと息を付く。
「メリスちゃん。いくらなんでも今のは危なすぎるよ」
「仕方いだろ。あんなの許せるわけない」
「だとしても無茶だよ。危なすぎる。何もなかったからいいけど、もうやめてよね」
料理を待っている間、何もする事が無く、ぼーっとしていると、直ぐ近くのカウンター席に座る、メリスと呼ばれる少女と、もう一人の女の子の会話が聞こえてくる。
盗み聞きとかじゃなくて、たまたま聞こえてきただけだよ! 一応。
「じゃあどうするのさ、あいつらが動かなかったら、誰がオーガの相手をするのさ」
「それは……また新しい冒険者を探そう、今度はきっと――」
「そんな時間。あるわけないだろ! もう何人も死者が出てるんだよ! 父さんや母さんが死ぬかもしれない、のんびりなんてしてられないよ」
「でも……じゃあ、どうするの? 私達だけじゃ対処できない問題だよ」
「いや、もうこうなったら私だけでやる」
「そんな、無理だって――」
「無理でもなんでもやる。私は、みんなを守るために冒険者になったんだ。オーガくらい、倒して見せるさ」
何か決意を決めたのかメリスと呼ばれた少女は、カウンター席から立ちあがると、席の傍に立てかけてあった、鞘に収まった剣を手に取り、踵を返すと、酒場の出入り口へと歩き出した。
「メリスちゃん! 無理だって! 死ぬだけだよ!」
「うるさい! 私がみんなを守るんだ!」
メリスはそのまま酒場から出て行った。残された女の子は、しばらくそれを見送った後、慌ててメリスを止めるためにか、酒場を出て行ったのだった。
僕はそんな二人のやり取りを、口を挟むことなく、ただ見守る事しかできなかった。