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これから「調査」をするために喜びが隠せない常連と、今回の痛い出費に肩を落とした探求者をマスターは見送った。
店に残ったのは、マスターと弟子、それからその仲間だ。
「で、ししょー」
「その間抜けな言い方を何とかしなさい、馬鹿弟子。
それで、どうしました?」
「いやさぁ、こんなに薬草要る?」
今回マスターが弟子たちに依頼した薬草の量は、百キロ単位である。
「仕方ないでしょう。ここ数日で、ほとんど薬草の在庫がないんですよ。ハーブティに回すのを含めてですが。|吽形《うんぎょう》の空間にもほとんど残っていないんですよ」
この調子で作っていけば、明日で薬草は切れる。
何度ギルドに依頼しても薬草は届かない。つまりは、薬草納品すら滞っているという現実だ。それくらいなら、店を閉めて自分が行った方がまし。そう思っていたところでもあった。
「……マジで?」
「嘘を言ってどうするのですか」
薬の重要性を知る弟子のパーティは愕然としていた。
余談だが、マスターは二種類の亜空間が使える。それも偏に、|阿形《あぎょう》と|吽形《うんぎょう》という、二体の狛犬がいるからである。吽形の空間は時間経過しないが、積載量に限りがあり、阿形の空間は無限に入れれるが、時間経過がある。
鮮度が落ちて困るものを吽形に、それ以外を阿形に預けることで、マスターは身軽なのだ。
「……師匠の場合は、そうやって預けられる妖精がいるから、この量で依頼出来るんだよな」
「妖精ではありませんよ。狛犬、つまりは『|神之使《かみのつかい》』です」
このあたりを何度訂正しても、弟子は「妖精」と言い張る。困ったものだとマスターは思う。
「そういうわけで、お願いしますよ。私も調べ物がありますので」
ポーションの行方を調べないことには、これ以上作れない。
弟子とその愉快な仲間はにやりと笑った。
「謝謝、マスター。このふざけたクエストから解放されるのは、サイコー」
パーティメンバーの|李 春麗《り しゅんれい》だ。
弟子のパーティは通常ではありえないほどの多国籍パーティでありる。弟子が一応リーダーだが、誰よりも探求者ランクは低い。ここが日本であるということが理由である。ちなみに、全員日本語を解するため、会話はすべて日本語。まぁ、全員が共通して話せる言語というのが、日本語だけなのだが。
「さて、お茶を淹れなおしますから、堅苦しい話は終わりにしましょう」
「やったぁ! マスターのお茶はのんびり飲みたいもの!」
「マイニさん、ありがとうございます」
「僕は|Tè《テ》よりも|Cappuccino《カプチーノ》のほうがいい」
美味しいと言ってくれたのは、フィンランド出身のマイニで、ウーゴは言いたい放題だ。カプチーノというあたりが、イタリア出身のウーゴの好みを表している。ちなみに春麗は、お茶お茶と嬉しそうにしているが、いつも頼むのは中国緑茶だ。
もう一人のメンバーである、イギリス出身のクリフは「お茶を淹れなおす」と聞いてさっさと買い物に出かけてしまった。茶が嫌いなわけではない。おそらくアフタヌーンティにしてしまおうとしているだけだ。
……濃ゆいメンバーの個性に、マスターも慣れたものである。
再度一人一人の好きな茶をゆっくりと淹れていく。最後に入れるのは、もちろん弟子ので、薬草茶に変更した。
「ししょー。ゆっくり飲む時くらい俺のリクエスト聞いてよー」
三十過ぎた成人男性のとは思えないげんなりとした口調で、弟子が抗議してきた。だが、知ったことではない。
「お前はこうでもしないと、薬を飲みたがりませんからね。マイニさんとクリフさんからも頼まれておりますし」
「ひどっ! 俺も師匠の美味しいお茶が飲みたいっ!」
「裕里、諦めるのね。いつも大人しく薬草茶を飲んでいれば、マスターだってそんなことはしないもの」
「春麗、ヒドス!」
「落ち着け、裕里。|美味しい《、、、、》お茶請けを買ってきたから」
「クリフサンキュー! ……って、薬草煎餅じゃんか! 俺だっておいしそうなスコーンが食いた……」
弟子が最後まで言い終わらないうちに、クリフがさっさと口に放り込んでいた。
そんな弟子にやるのは、口直し用の砂糖をたっぷり入れた甘い紅茶だ。
「マスターはやっぱり裕里に甘いのね」
マイニが楽しそうに言う。
「暴れられるよりましですから」
一息ついたところで弟子たちも帰り、マスターも店を閉めた。
「阿形、吽形。出かけますよ」
行く先は探求者ギルドだ。