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サインしたのを見届けて、弟子がポーションを使った。
状態異常にかかってから時間が経過しすぎたためか、弟子によって担ぎ込まれた「探求者」は全快することはなかった。
「準備を怠ったつけですよ」
仲間が完治しなかったことに文句を言いたそうな探求者に、マスターはこともなげに言い放った。
「俺らだって準備しようとしたさ。だけどポーション扱ってる薬局でも、ギルドでも売り切れだったらどうすればいいんだよ!」
「その時は一度見送ることです。弟子も一緒ということは魔物大暴走の調査でしょう。だったら、なおさら最低限の準備もできない場合は引くしかないのですよ」
そんなことも知らないのか。その非難を込めて、マスターは弟子パーティ以外の探求者に告げた。
「ふざけんなっ! 俺らは迷宮で飯食ってんだ! 行けなかった意味ないだろうが!!」
「逆に聞きますが、これで半身不随になったとして、誰が面倒を見るのです?」
「……そ、それは……」
そこまで考えていなかったのか、すぐさま口ごもってた。
「そういうことです。『探求者』の中には宵越しの金を持たない者が多いわけですから、なおさら自衛は必要なんですよ」
そこまで言うと、マスターは全員に茶を出した。弟子が率いるパーティメンバーの好みは知っているため、いつもの通りに。他は先ほどブレンドしたばかりの茶だ。
「……にしてもおかしいな。魔物大暴走が起きてから、俺だけでもポーション納品したのはかなりの量だぞ」
井瀬がわざとらしく呟いた。
いつもの倍以上するポーション。そしてギルドから告げられる「品薄」という言葉。どれくらい買い占めている探求者がいるというのか。
「ちなみに、井瀬さんが納品したのって……」
|わざと《、、、》呟いたのが分かった弟子が、敢えて訊ねた。
「魔物大暴走が起きてからの計算でいい? ここ五年分は納品したよ。通常であれば年間五ダース程納品してるから、俺一人でも結構納品したことになるよ。あとは俺が知ってる業者も同等を納品しているとなれば、かなりの量を納品していることになるんだけどね」
確かにおかしい。それだけは未熟な探求者も分かったようだ。
何せ魔物大暴走が起きてから、一か月足らず。通常では最低でも一ダースは在庫として残すことになっているし、納品する際、ポーションは一度につきダース単位でと決められている。
「弟子、悪いですけど、一度今受けているクエスト全部キャンセルしてください」
「俺らもポーション少なくなったからいーけど、多分肝納入はキャンセルできない」
「その分のお金は私が積みますから。その代り、こちらの依頼を割安で受けてください」
高根を通して弟子たちに依頼しておく。高根はギルド職員ではないが、時間の都合上などでギルド支部に行けない探求者のための酒場を経営している。そこに貼りだされる依頼は、ギルド支部で受付されたものと、高根の裁量で受付されたものの二種類が存在する。
今回は、高根の裁量ということにしただけだ。
「確かにマスターには必要なもんだな、こりゃ。弟子君、頑張りたまえ」
けらけらと笑いながら高根がサインして、そのまま弟子に渡した。
「君たちも調査クエストをキャンセルして、今の体調で受けれそうなものをやるこったな」
「そうそう。さっさとポーション代稼いでね」
高根が言えば、井瀬も未熟な探求者たちにおいうちをかけていく、
いくらポーションが探求者にとってはお手頃価格とはいえ、上級や特級が安いわけがない。
これから「調査」をするために喜びが隠せない常連と、今回の痛い出費に肩を落とした「探求者」をマスターは見送った。