幼虫
「名前は?」
「……」
言葉を知らないのか、声が出ないのか。少女は一言も喋らない。
問いかけには、のろい動作で首を傾げるばかり。
感情も無いのか。綺麗な着物を着せても笑わず、ひっ叩こうが、泣きもしない。
心を病んでいるのだろうか。
少女が何かに興味を示すことはなかったが、唯一食事には、凄まじい執着を見せた。
手掴みで、一心不乱に皿の中身へ喰らい付く姿はまるで、青虫と同じだ。
人と接する感覚は薄れ、いつもの虫を観察する気分に浸る。
若く美しい娘。一体、どんな醜い姿へと変貌を遂げるのか……。
何を語りかけても、ただじっと目を見つめて来るだけの少女。
それは静かに耳を傾け、共感してくれているようでもあり、四郎の心の穴を埋めていく。
四郎がすっかり心囚われるまで、それほど時間は掛からなかった。
月が綺麗な夜が続くと、少女は格子窓に張り付いて、食い入るようにその景色を眺めるようになった。
四郎は、青白い光に照らされる美しい横顔を、じっと眺める。
そんな日が何日も続いた。
同じ籠の中。
少女から、離れられなくなっていた。
日に日に美しさを増すその姿に、何かが起こる予感がしていた。