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虫を飼う

 吐く息凍る冬の朝。
 生きているのか、死んでいるのか。
 汚らしい床に転がる、一匹の青虫を見つけた。
 潰さぬようにそっとつまみ上げる。
 生きているのを確めたあと、甘藍《かんらん》の葉を敷き詰めた、小さな籠の中へと放り込んだ。
 
 
  やがて青虫は、暖炉の傍で温々《ぬくぬく》と、春を待たず蝶になる。
 羽を広げれば、籠の中は狭かろう。
 外へ出してやっても、蝶は羽を閉じたまま、庭石に留まって微動だにしない。
 
 知らない世界に怯えているのか。
 あまりの寒さに凍えているのかーー。
 
 
 飛んだところで、花も蜜もどこにも無いが。仲間もいない。
 蝶はやがて、孤独の中で死ぬだろう。
 自分の姿を重ねては、残酷な結末に、人知れず心を痛めた。


 
 
 持て余す暇を虫の観察に費やす四郎を見て、気味悪がる者はいても、関わろうとする者はひとりとしていない。
 
 自分はなんの為に生まれてきたのかーー。
 
 長く苦しめられて来た疑問も、いつの間にか消えてなくなった。
 

 十一匹目の蝶を外へ放ったあと、四郎は使用人を連れて、久しぶりに屋敷の外へ出てみることにした。
 何でもいい。
 憂き世を忘れさせてくれる、刺激が欲しかった。


 

 馬車を降りて、賑わう市場の中を歩く。
 面白いものはないか。
 さほど期待もせず、生き生きと動く人の波を、死んだ瞳ですり抜けていった。
 

 「お兄さん、こちらへいらっしゃい」

 ボロ布を身に纏った爺に袖を掴まれ、足を止めた。
 人売と思しきその男は、横に座らせた少女を指差しこう言った。

「この娘を買っておいきなさいよ。面白いものが見れますぞ」
 
 
 人形のような少女だった。
 紫色した無垢な瞳で、こちらをじっと見上げている。

 「なりませぬ」

 無口な使用人が、珍しく咎めてくる。
 言われずとも、端から女などに興味は無い。
 黙って立ち去るつもりだったのだが……。
 
 
 「薄羽《うすばね》の話はご存知ないか?」

 「薄羽?」

 興味深い話に、足を止めてしまった。
 
 
 爺がニタリと笑う。

 「この地に古くから伝わる、大きな虫の化け物のことですじゃ」

 「知らんな」

 「この娘は薄羽の幼虫ですぞ。

あと五日もすれば蛹《さなぎ》になり、満月の夜には成虫になりましょう。

さあ、騙されたと思って。

立花家の四郎坊ちゃま、貴方だから、特別に勧めているのです」
 
 
 人に名を呼ばれたのは久し振りだった。悪い気はしない。
 迷信じみた話はとても信じられないが、騙されている間は、暇つぶしくらいにはなるだろう。
 金もあったので、少女を買うことにした。
 胡散臭いと、使用人が何度も止めてきたが、取り合わなかった。


 
 
 四郎の父親が、四郎を躾ける為に造らせた座敷牢。それを籠にして、少女を飼うことにした。

 四郎と目を合わせるものは、とうとう居なくなった。

 父親は特に興味も無いようで、何も言っては来なかった。


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