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動き出す影

「魔王様。ご気分はいかかですか? どこか異常はありませんか? もし何かあればわたくしに直ぐにおっしゃってください」

「大丈夫だよ、ホロウ。私の方はなんともないよ。元気そのもので有り余ってるぐらいだから。そんな過保護にならなくても大丈夫だから」

――――列車の事故が起きてから三日が経過していた。
 そして今、魔王城内の道すがら、私の隣を歩くホロウと会話をしていた。

 私は魔王のみが扱える契約術『絶対契約』を使用してからずっと、魔王城の自室で安眠させられていた。
 というのも、あの事故の後、私が絶対契約を行った後、直ぐにホロウ達が駆けつけてくれたのだけど。
 颯ちゃんは勿論、直ぐに魔王城で緊急治療を行うまではいいとして、全く傷を負ってない私にも安静にしろと言われてしまったのだ。
 ホロウは昔から少し過保護で、どうということはないでも少し過剰に動いてしまう。
 そのおかげで三日間、私はベットの上で過ごしていたのだが。体が訛ってしょうがない。

 緊急治療と大それたことを書いたが、そもそも颯ちゃんにそれは必要ないのだが。
 瀕死の重傷を負った颯ちゃんにも休息が必要で、颯ちゃんは死んだかの様に魔王城に帰っても寝ているのだ。

「それにしても魔王様。まさか魔王様があの、魔王にしか扱えない絶対契約をなされるとは……」

「……不服かな?」

「い、いえ。魔王様のお決めになったことでしたらわたくしは異存はありません。ただ……」

 言い淀むホロウは、おそるおそると言葉を発する。

「あの契約をなさった颯太さんは、もう普通の人間としては生きていけないのではと思いまして……」

 暗く言った言葉に私は眉根を寄せる。
 確かにホロウの言う通りで、私もする時には懸念した程だ。
  
 私は自分の左手薬指に刻まれた、絶対契約の紋章へと目をやる。

 元来の主従契約の効果である、感知や生存確認などは引き継いでいるが、相違する点が二つある。

 一つは。
 この契約は魔王と契約者の魂を繋ぐもので、契約者は魔王の許可なくして死ぬことが出来ないのだ。
 人間でどんな致死レベルの傷を負おうと、契約の許肉体は再生され、死ぬことができない。。
 所謂不死身みたいなものだ。颯ちゃんはこの契約が施されている以上、人として死ぬことが出来ない。
 死ぬ方法があるとしたら二つ。
 主従契約から引き継いだ、主に対しての反逆。
 そして……私が死んだ場合だ。

 前者は颯ちゃんの場合は起こさないと信じてるけど。
 後者の場合は、私と颯ちゃんは運命共同体、共存関係にあるってことだ。
 
 要は前者の颯ちゃんが私を裏切らない限り、颯ちゃんは私が死なない限りは死ぬことのない体になったのだ。
 
 そして二つ目は、

「まあ、確かに普通の人間として余生は暮らせなくても、存外喜ぶかもね。颯ちゃん、使えないとはいえ、なんだかんだで|魔法を使い《・ ・ ・ ・ ・》|たい《・ ・》感じだったしね」

 絶対契約と主従契約のもう一つの違い。
 それは、颯ちゃんにとっては喜びに震えるかもしれないけど。
 颯ちゃんは念願の魔法を扱う事が出来るのだ。
 元が人間だからこそ、この様な効果が表れたんだけどね。

 少し補足をすると、颯ちゃんの体内には魔力は蓄積されてない。
 人間には魔族が持っている魔力を取り込む機能がなく、魔界に流れる魔力を己の心臓に貯める事が出来ない。
 なら何故、颯ちゃんが魔法を扱える様になるのか。

 絶対契約で繋がっているのはお互いの魂だけではない。
 見えない魔力のケーブルも、私と颯ちゃんは繋がっているのだ。

 颯ちゃんが魔法を扱う際、必要の応じた量を私から取り込むことで、魔法を使用できる。
 一朝一夕で魔法の取得は出来なくとも、本来使えない魔法が使えると知れて喜ぶ颯ちゃんの姿が目に浮かぶ。

「多分、今度から魔界文字の勉強だけじゃくて、魔法も教えてとせがまれるかもね」

 微笑を浮かばす私に同感とホロウは頷き。

「その時は微弱ながらお手伝いいたしますよ。それはビシバシと颯太さんをどこに出しても可笑しくない立派な側近に育て上げますので」

「ふふっ。なんだかんだ言って。ホロウって少し教えたがりな気質があるよね」

「そ、そうですか……?」

 クスクスと笑う私に、気恥ずかしそうに顔を逸らすホロウ。
 実際に私も、現在使用できる魔法で何個かはホロウから教わった魔法もあり。
 ホロウは教えるのが上手だから、その時は頼もうと心に誓う中。
 
 ホロウは声音を一変させ。真摯に潜む声で報告する。

「それで魔王様……。指示通りにあの事故現場を調べたのですが……。やはり魔王様の予想通り、魔王様たち以外の乗客はいませんでした。……運転士を含めて」

 その報告を聞いて、私は少し表情を強張らせる。
――――やっぱりか……。

 私と颯ちゃんが魔王の陵墓近くの無人駅から列車に乗る時、私は少し違和感を感じていた。
 列車から全くの気配が感じられなかったのだ。
 百歩譲って車掌がいない事はいい。
 けど、その列車を運転する運転士がいないことに、私は少なからずの危惧を抱いていた。

 ただの杞憂で終わってほしいと思っていたけど、まさか私が気を沈ませたタイミングであの事故が起きるなんてね……。
 油断は禁物とはよく言ったものだよ。
 
「つまりあれは。事故じゃなくて、誰かの陰謀だという路線も考えられるってことだね?」

「そうですね。私が部下と共に調査をした所、操縦席に微弱な魔力の痕跡が残っており。おそらく、遠隔操作で列車を操り、あの事故を勃発させたのでしょう」

 それってつまり……。

「誰かが私の命を狙っていた、ってことになるのかな?」

「それはあまり考えられませんね。魔界に住む者なら、あの程度の事故で魔王様が死亡するなんて思いませんので。恐らく狙いは……」

「……颯ちゃん……」

 ボソリと呟く言葉に首肯するホロウ。

「魔界の情報伝達は速いです。軽帯や|脳波送受《ブレインリンク》で簡単に遠くの者との通信が一つの要因です。誰かが魔王に仇なす者に颯太さんの情報を与え、今回の行動に出た。予想は二つありまして。一つは魔王様の失墜。部下を守れなかった魔王の評判を落として、魔王の座から引きずり落とす……か。もしくは、人間に恨みがある者が、|颯太さん《人間》を殺そうとしたか、ですね」

 前者の方は確かに私を魔王の座から失墜させるには良い手かもしれない。
 魔王が傍にいながら、自分の右手たる存在の側近を亡くすこととなれば、私の名誉に傷がつく。
 颯ちゃん以外の側近なら、死亡する可能性が低い事から、側近の中で一番脆弱な人間を襲うのは理にかなっている。

 後者の方も考えられないことではない。
 昔、まだ人間達が悪魔や天使を空想上の者とは断言せずいた時代。
 何かしらの方法で悪魔を召喚して、対価を支払わずに、無理やりと隷属として使役されたっていう暗黒の時代もある。
 魔族の中には、その本人やその者の親族もいたりして、人間の恨みを持つ者がいないってわけではない。
 
「ほんと……卑劣なことをするもんだ。まあ、どっちにしても目論見は外れて悔しがっているかもね」

「それで魔王様。この事は颯太さんにはお話しになられますか?」

 確かに当人に話すのが一番なんだろうけど、私は首を横に振り。

「それはしないでいいと思う。颯ちゃんに魔界に対して不安を持たせるのは色々と支障をきたすと思うからね。この件は私とホロウの二人だけで事を進めよう。他の調査に向かった部下達にも緘口令を敷いといて」

 分かりましたと返事を貰ってから、重苦しい空気を払拭して。

――――私とホロウは目的の場所に辿り着く。

 魔王城一階の大広間の端の扉から降りて、石畳の螺旋階段を下り切った地下。
 じめじめとした空気の中に少しひんやりと肌を冷やす隙間風。
 ここに住めと言われたら絶対に嫌だと拒みたくなる魔王城の地下に彼はいる。

 私が空き部屋がないとしての苦肉の策で与えた部屋だけど、今度しっかりとした部屋を与えないとね。
 少し前に三日間深い眠りについていた颯ちゃんが目を覚ましたと朗報が入って、私も足を運んだのだけど。
 颯ちゃんの部屋の扉の前で、木製の扉を叩こうとした私は、なぜか尻込みしていた。

――――あ、あれ? な、なんでだろう……。なんで私、こんな緊張しているの!?

 顔を熱くして俯く私は意味が分からずにいた。
 颯ちゃんの部屋には何度か訪れた事はあるけど、ここまで緊張したことはなかった。
 
「あ、あの……魔王様? どうかなされたのですか? 入らないのでしたら、わたくしから」

「ダメ」

 食い気味に扉を開けようとするホロウを制止する。
 んん? と訳も分からず鎧を傾げるホロウだけど、私もよく分かってない。

――――もしかしてこれって、あれかな。私が颯ちゃんを本気で好きになって、その気恥ずかしさなのかな?
 うぅ……どんな顔で颯ちゃんに会えばいいかな……。
 変な顔してないよね? 髪型もちゃんと出る前に鏡で確認した。身だしなみもしっかり整えている。
 それに今まで思い出さない様にはしてたけど、私は颯ちゃんと、キ、キキキキキスをしたんだよね!
 いや、別に嫌だったとかじゃないんだけど。
 何故か今、瀕死に陥っている好きな人の唇を奪った罪悪感がインターバルで襲って来たんだけど。

 頭の中で葛藤をして扉の前に尻込みしていると、部屋の中からガタタァンと音が漏れた。
 その音を聞いて私は、ハッと顔を上げてバンと扉を勢いよく開く。

「颯ちゃん大丈夫!? 今の……音……は」

 徐々に途切れ途切れになって最終的には消えるかの様に囁く私。
 扉を開き入った光景。

「―――――――――――!」

「こーら暴れないの颯太君。私がサキュバス式の看護をしてあげるから、体から力を抜いてリラックスして。直ぐに天国に逝くぐらいの気持ちよさを味わえちゃうんだから」

「そーだぞソータ。さっさと大人しくして、なされるがままにされるが吉だゾ。安心しロ。キョウがしっかり見といてやるかラ。そして後世にソータの有志を語り継ごうと思ったけド、面倒だから嫌ダ」

「――――――――――――!」

 ガムテープで口を塞がれ、縄で身動きが出来なくされて、メアが馬乗り、キョウが颯ちゃんの腕を掴んで拘束している光景が目に入った。

「―――――――――!?」

 ガムテープで言葉が発せない颯ちゃんは、何やら必死で私に訴えかけている。
 メアとキョウも私を見るや固まったかの様にぽかんと動かないでいる。

――――あれ~おかしいな~。よく分からないけど、ふつふつと怒りが込み上げて来たんだけど。

「ま、魔王様!? ちょ、ここで魔王様が魔法を使うと崩落が起きます――――! どうなされたのですか!? 今日の魔王様はなにやら少しおかしいですよ!?」

 私を見るや狼狽えた声をあげるホロウ。
 どうしたのかな? 私はなにもおかしくないけどね。

「ちょっと待って魔王様!? 私達はただ颯太君の看病をしていただけで、決してやましい事はないから!……7割しか」

「うんうン! そうそウ! 決してキョウ達はやましい気持ちがっテ、7割!? それ殆ど疚しい気持ちしかないじゃないカ! つカ、キョウはただソータに悪戯が出来るって言われたかラ手伝っただけデ!」

 見苦しい言い訳を言い連ねるメアとキョウ。
 そしてキョウが、お前もなにか言って怒りを鎮めろと、颯ちゃんの口に貼られるガムテープを剥がし。

「た、助けて真奈ちゃん! 痴女二人に襲われる!」

「「お、おい!?」」

 ぶちり!
 私の頭の何かが切れたような感覚がした。
 
 颯ちゃんの事が好きだと自覚する前から、彼が女性と親密になるとモヤモヤした気持ちになった。
 けどあれは、飼っているペットが別の人に尻尾を振る様な。
 または、街中を歩くカップルに対してリア充爆発しろと思うような感じだった。

 だけど今ならハッキリ分かる。
 これは嫉妬だ。
 ふつふつと底から沸き立つドス黒い怒りの炎が、私の全身を震わす。
 
 バチバチと抑えが効かない魔力を放電へと変化させ。
 
 颯ちゃんが死にかけた際、私が言った言葉を覚えてるかな。
 「恋人関係を続けても浮気だってなんだってしていい」って言ったけど。

 あれは嘘ね。

 颯ちゃんに死んでほしくないが為に出た言葉の綾で。微塵も浮気を容認するつもりはない。
 そんなの横暴だって? 自分勝手だ?
 知らないよ。
 だって、|魔界《ここ》では私こそがルールだからね!

「なに不埒な好意をしてるんだぁあああああ!」

「「「「ひぃいいいいいいいいい!」」」」

 魔王城に響く咆哮をあげ、私は魔力を放った。
 
――――今日から本当の意味で、颯ちゃんを含めた私達の、波乱万丈な毎日が幕を開くのだった。

しおり