開戦の予兆
漆黒が覆う空間に、くっくっくっと不気味な笑い声が響く。
「時は満ちた! 今こそ、血で血を洗う聖戦の開幕じゃ!」
バッと黒のマントを翻して高らかに宣言する幼女。
幼女の叫びと共に、ボッボッと幼女を囲む燭台たちが一斉に灯を照らす。
薄暗い部屋の真ん中で、魔法陣の上に立つ幼女は、片目に眼帯を付け、もう片方の赤い瞳を光らせ。
「父上の遺言により魔王の座に就いた我が妹、マナルデリシアよ。我を差し置き魔王の座に就いた事を、骨の髄まで後悔させ、魔王に最も相応しいのが我だと証明してやろう」
ドガァンと背景に青き稲妻が奔るのはこの際触れないでほしい。
幼女は演出として魔法で落としているのだ。
「父上も愚かな者だ。年端も行かぬ|童《わっぱ》に魔王の座を譲るなど。だが、冥界より見ていようとも我らが聖戦に口答えはさせぬぞ。必ずや、我が魔王の座に君臨してやる! そして歴代の魔王を超す天界にも負けぬ最強の魔族軍を創り上げるのだ!」
幼女が哄笑をあげていると。
「……………なにをしているのですか、ロリロリッタ様?」
パチンと電気を付けられ、背中を後ろに逸らして高笑いをあげる幼女はピタリと固まる。
「…………デュレイクか……。なんじゃ、我の儀式を邪魔するなら、貴様とて許さぬぞ?」
「儀式ったって、特に悪魔召喚と魔獣召喚とかするわけでもなくて。ただのごっこ遊びじゃないですか」
やれやれと呆れ顔で首を横に振る燕尾服を着た悪魔耳の男性。名はデュレイク。
ごっこ遊びと言われ、こめかみを引き攣らす黒いマントを羽織る幼女。名はロリロリッタ。
「貴様……我の側近だとしても、我を愚弄すると灰に返すぞ? 後、我の事はロリロリッタと呼ぶでない。主と呼べ」
「はいはい、主様主様。んで、主様。もうお食事の時間ですので、食堂に来てください。今日は主殿のご所望だった、オムライスと、ミートスパゲティー、みかんのサラダをご用意しておりますので」
「我が頼んだのはそんな物でない。我が所望したのは、紅蓮なる血肉を黄金色に覆った島と、マグマと大地のパスタに、悪魔より落とされ禁断の涙が連なる草原だ。決してそんな幼稚な物ではない」
「言っている意味が分からねえんだよ。黙って食べやがれ」
「貴様、今、我にタメ口を使った?」
「使っておりません、ロリロリッタ様」
「だからロリロリッタと呼ぶでない! その呼び名をされるとなんだか不愉快なんじゃ!」
ロリロリッタは自分の名前が不服らしい。
そんな憤慨するロリロリッタの体を頭から足先まで目線を下げたデュレイクがぽつりと。
「それは……|ロリ《あれ》ですからね。しかも×2で」
ぷぷっと失笑するデュライク。
「おい貴様、今の”あれ”の中に何を隠した? 怒らないでやるから素直に言ってみ。場合によっては喉元を抉り切るぐらいはするがな」
「うあーっ。完全に殺す気まんまんですね。安心してください。俺は、ロリロリッタ様の体、大好きですよ!」
「全然励ましになっておらんわってなんで我は励まされてるのだ!? てか貴様、やはり我の体が小童だと言いたいのだろう! 親指を立てて満面な笑みを浮かばすでない!」
青筋を立てて詠唱を唱え始めるロリロリッタに、デュレイクは慌てて止める。
「ま、待ってください主様! もうさすがにこれ以上城を壊さないでください謝りますので! 今月でもう6度も城を破損させてるんですよ!? なんか『我を納めるにはこの城は小さすぎる』とか言い訳して。修繕費も馬鹿にならないので本当にやめてください! 今月のおやつの量減らしますよ!」
その言葉を聞いて、ロリロリッタは眉をピクリと反応させ。
「ぐぬっ……。貴様! 卑劣な人質を取りおって!……まあよい。今回の貴様の無礼は許してやろう。我も毎日の楽しみの菓子を減らされるのは、我が肉親を傷つけられたに等しいからな」
「凄くカッコいい台詞を最後言ってますが。その肉親から魔王の座を奪ったりするあたりどうかと思いますよ? 後、もしおやつと同等なら、4人の妹様が可哀想です」
苦渋の選択を決断したかの様な表情を歪ますロリロリッタに冷ややかにツッコむデュレイク。
そしてデュレイクは小さく溜息を吐くと、本来の目的を果たす。
「それじゃあ、お戯れはここまでとして。急いで食堂に向われてください。食事が冷めてしまいます。今日は主様の大好物なオムライスなどですので。冷めては美味しくありませんよ」
「ふん。誰がそんな幼稚な食事を口にするか。高貴で崇高な我は、もっと鮮やかな食事を所望する。高貴で崇高な我の口にあう物が、この世界にあるのならな」
「あーはいはい。分かりました分かりました。高貴で崇高なロリロリッタ様にはオムライスは口に合わないようなので、代わりに俺が食べておきますので。後でお腹空いたとか言われても知らないですよ」
特にツッコむことなく、適当にあしらい颯爽と部屋を後にするディレイク。
バタンと扉は閉まり、部屋の真ん中の描く魔法陣の上に佇むロリロリッタは。
「ふ、ふん! 好きにせい! だ、誰がそんな下賤な物を口にするか!……するかぁ……」
最初は意固地になって語気は強めでも、最後には消え入りそうに呟き。
体を微動させて、涙ぐんで扉をバタンと開き。全力疾走で廊下を駆ける。
「食べる! 食べるから! お願いだから食べないでくれぇえええええ! それは私の大好物なんだぁあああああ!」
|北地区《ノースエリア》を統括する最高責任者の悲嘆な叫びは、宵闇の世界に響く。
ロリロリッタの開いた扉の風圧で、部屋の机に置かれた一枚の羊皮紙が宙に舞い、床を滑る。
その羊皮紙には――――
『|魔王解職請求『ベリアルリコール》』と共に、四人の名前が記されていた。