銀髪の女性
「おーっ。あれが噂に聞いていた絶対契約かー。あれを最後に発動させたのって、もう何千年前だったかな? 初めてみた」
黒雲を貫く天高く放たれた光の柱を、崖の上から佇み眺めていた女性。
腰まで伸びた銀色の髪を風に靡かせながら、横目を隣に向け。
「もういいの? もう現世に未練とかはないんだね」
銀色の髪の女性が誰もいないはずの隣に訊ねると。
『うん。短い時間だったけど、言いたい事は言えたから俺は満足だよ。ありがとな、銀髪の姉ちゃん』
どこからとなく聞こえる少年の声。
普通の者には目視は出来ないが、この銀色の髪の女性の目にはハッキリとその者の姿を捉えている。
先の白い空間で天に昇天したと思われる新川夏史が、崖に腰掛け、プラプラと足を泳がしていた。
「別に礼はいらないよ。迷える魂を導くのが天界の住人の役目だからね。それにしても驚いたよ。転校手続きで転校先の学校に訪れたら、ふらふらと校内を漂う霊魂がいるんだから」
『俺にはよくは分からないけど、姉ちゃんの会うまでの記憶がないし。姉ちゃんと話してから、自分が何なのかが分かったしな』
霊は生前の記憶を無いままに本能に現世を漂う。
しかし、霊となった魂が天界の住人と言葉を交わした時、己が何なのかを思い出すのだ。
この夏史も例外ではなく。
彼も死後は肉体から魂が剥がれ、現世を本能のままに漂い、漂着したのが、銀色の髪の女性の転校先の学校だったのだ。
恐らく、本能で真奈を追っていたのかもしれない。
「それにしても、ほんとうに君は危ない状況だったんだからね。後少しでも私と出会わなかったら、完全に消滅してたんだから。あまり死者に礼を言われるのは嫌だけど、それだけは感謝してほしいよ」
元来魂は肉体に憑依してない限り現世に留まる事が出来ない存在。
その為、本能のままに現世を漂う魂たちは、時間が進むにつれてその霊力は弱まり。
次第にその存在は消滅しかけ、最後には無となり完全にこの世から消えさるのだ。
無となった魂は言葉通りで無であるため、転生も出来ず、解脱も出来ないのだ。
そして夏史の魂も、その一歩手前まで消滅しかかっていたのだ。
普通であれば、人の死後、魂が肉体から離れた時に、天界の者が迎えに来るのだが。
彼は不運にも取り零しにあい。現世を漂う羽目になったのだ。
『それに関しては本当にありがとう。けど。俺を見つけてくれたのは感謝するけど。姉ちゃんって真奈ちゃんの知り合いみたいだけど。真奈ちゃんとは友達なのか?』
夏史がそう問うと、女性は鼻で笑い。
「だーれがあんな性悪女の魔王と友達だ。私とあいつは宿敵で|永遠の好敵手《ライバル》。水と油。犬猿の仲。決して相容れない存在。私の生涯の目標はあいつを倒す事なんだからね」
『ふーん。そうなんだ?』
「……正直言って。私の言ってること興味ないでしょ?」
『うん』
キッパリと告げる少年に、女性はぼそっと零す。
「来世はゴキブリに転生させようかな」
『ごめんなさいごめんなさい! 姉ちゃんの話は本当に面白くてずっと聞いていたいな! だからお願いだからそれだけは勘弁してくれ! 美人で綺麗なお姉さん!』
「美人で綺麗なお姉さん……!? ……そうでしょそうでしょ! 仕方ないね。この美人で綺麗なお姉さんは、この度の君の失言を許そう。だから安心していいよ。来世は必ず心躍る世界に転生させてあげるから。この美人で綺麗なお姉さんが保証してあげる!」
美人で綺麗なお姉さんって言われたのが嬉しかったのか、鼻を伸ばして胸高らかに上機嫌な女性。
そんな、子供みたいな人だな……と内心呟く夏史は、とある部分を見てボソッ呟く。
『胸だけじゃなく、心も小さい人だな……』
「なにか言った?」
『なにも言ってないです、はい』
真奈と比べたら貧相な胸を見て、哀れんだ目で夏史は目を逸らす。
『それにしても姉ちゃんって。幽霊の俺が見えるらしいけど。霊媒師か天使の人なのか?』
「霊媒師は論外として。私は天使じゃないよ。私があんな下級役職なわけないじゃん。あんな天界の人なら履歴書を送れば簡単になれる役職じゃなくて、私は天界では神の次に偉いんだからね。いや、実力なら現神以上の力を持つ。そう、この美人で綺麗なお姉さんの正体は――――!」
『うわっ、えっ! ね、姉ちゃん! お、俺の体がなんか消えかかってるんだけど!?』
「最後まで言わせてよ! って、本当だね……。つまり、これが君が現世に留まれる限界ってことか」
足元から徐々に消え始める夏史を見て、冷静に解析する女性だが。
『姉ちゃん早くどうにしかしてよ! 俺、消えたくないよ!』
狼狽えて絶叫をあげる夏史に、たくぅと嘆息気味に息を吐く女性は手を翳し。
「安心して。今直ぐに君を天界に送るから。そこで女神とか名乗る税金の無駄遣いな人達に、『ロトレアから202135世界に転生させてやれと言われた』って言いなさい。そうすれば、君が望むファンタジーな世界が待っているから」
『わ、分かった。ありがとな。うわっ、なんだこれ!?』
女性が言い終わると、夏史を包み込む様に青い魔法陣が発生する。
夏史の魂は天へと上り、そんな彼を見て女性は儚げに優しい笑みを浮かばせ。
「新川夏史様。あなたの次なる人生に祝福があることを、私、ゆ――――」
女性が何やら言おうとした矢先、夏史の魂は忽然と姿を消した。
別に消滅したのではない。
夏史の魂が天界へと転送されたのだ。
一度ならず二度も、自分の決め台詞を折られた女性はわなわなと震わし。
「せめて最後まで言わせてよぉおおおおおお! 私の正体気になるでしょぉおおお!?」
ぜぇぜぇと叫び疲れた女性は、自身の銀色の髪を掻き。
「たくぅ……。普通の魂ならここまでしないのに、恩知らずな子供だね。生前が魔王の親友だからってわざわざここまで連れてきてあげたのに」
ぶつぶつと零しながら、再び崖から見渡せる光の柱が立った場所へと目をやる。
光の柱は消えており、そこには数多くの魔族たちが集まっていた。
距離は10キロと離れているのに、女性の目にはまるで目の前にあるかの様に目視出来ていた。
「まあ、私なら、あの程度の傷ぐらいすぐに治せたけど。面白い物が見れたからよしとしようか。今はなんか喧嘩を売れる雰囲気でもないし。部外者は退散でもするかな」
女性が魔界に来た目的は先の独り言にあった様に、夏史の魂を真奈に会わせるためだった。
それを終えた女性にもうここに留まる理由がないからと、踵を返して背中を向ける。
「けど、魔王に貸しを作る良い機会だったけど。それにしても……。魔王と絶対契約を結ぶなんて面白いじゃんあの人間。けど、あの人間の今後の人生、波乱万丈が待っているかもね」
意味深に告げた言葉は空気となって消える。
そして、碧眼な瞳を光らせて女性は囁く。
「まあ、もし彼が私の前に立ちはだかるのなら、魔王諸共屠るだけだけどね。このゆ――――」
『キィイイイヤァアアアアア!』
「……………………」
二度ある事は三度ある。
空を舞う巨大な怪鳥は、女性の今晩の材料になったのでした。