服屋でコーディベート
「うーん……この服の方がいいのかな。コーディネートからの意見はどうかな?」
「そうね。この坊やに合うならこっちの方がいいんじゃないかしら?」
「私も、それも一つの候補で悩んでるんだよね……。でも、こっちの方も捨てがたいし、これも似合うんじゃないかな? 颯ちゃんはどっちがいいと思う?」
「|どうでもいい《どっちでもいいと思う》」
――――なんでこうなってるの?
昨晩真奈ちゃんに約束を取り付けられて、朝から連れ出された場所は魔王城の下にある城下町。
城下町の街並みは中世ヨーロッパの様な石造りやレンガなどで造られた建物が並び。
石畳で整備された道に。荷台を積んだ|小型竜《リザード》らしき生物が走っていても、近代的な車やバイクは走っていない。
往来する人々は勿論人間ではない。
エルフ、オーガ、リザードマン、ナーガ……etc.
多種族の魔族たちが往来する大通りは活気だっていた。
聞いた話では今日は特に祭りとかではないらしいのだが、大通りには数多くの露店が所狭しと並んでいる。
今日採れた新鮮な野菜を売る店。人間界から直送な新鮮魚と謳う店。香ばしい匂いを漂わす店など。
これがいつも通りの光景らしい。毎日がお祭り騒ぎなんて羨ましいな。
そんな活気立つ大通りの露店を僕達は無視して向かった場所。
それは入り口がガラス張りの壁で、中の様子が窺える服屋だった。
そこで僕は、主君であり彼女の真奈ちゃんと、オカマ口調のエルフに着せ替え人形にされていた。
「次はこっちの黒のパーカーに黒のジャージの黒ずくめで勝負だよ! この上下を揃えた時、魔法威力は増大! さらにさらに高速詠唱、魔力回復効果も付与される! 魔王の部下なら黙って黒を着ようね!」
「甘いわね魔王ちゃん! 自分が黒色が好きだからって付与効果を餌に着せるなんてナンセンス! こういった若い子はね、ピンクが好きなのよ! だから水色のシャツにピンクのカーディガンを着せて……下は適当でいいわね。これを着れば今どきの若者に大変身よ!」
「ぐっ……! さすが魔界随一と自称するコーディネーターだね。確かにそれも似合うと思う……けど、それは貴方の掲げるエゴで、今の若い人達はそんな物を着るかな。ピンクなんかよりも男は皆黒が好きだよ! だから次はこれを推奨する――!」
と、何故か白熱な服着せバトルを繰り広げる真奈ちゃんとオカマエルフ。
勝負内容はどちらが如何に僕が似合いそうな服をチョイスするのからしいけど。
先ほどから店内にある服装を二人が選び、僕に試着室で更衣した後に二人で品定めをする。
始まってから2時間が経過していて、着ては脱いで、着ては脱いでの繰り返しで、正直僕は帰りたい。魔王城に。
昨晩の内に真奈ちゃんは|キョウ《教育係》にスケジュールを聞いたところ。
明日、つまり今日は色々と仕事を教えるつもりだったそうだけど、キョウも真奈ちゃんの意図が読めたらしく、一緒の外出を認めてくれた……まではいいのだけど。
僕の仕事は少なからず残しておくらしく、帰りが遅くなるにつれて仕事量が増えるらしい。
あの猫又娘が、随分嫌らしいことしてくれたよ!
と、一人心の中で拳を握っていると。
「さすが我々の王ね。そのファッションセンス御見それしたわ」
「あなたも、感服の念しかでない素晴らしいセンスだったよ。これからそれを磨いて精進してね」
まるで熱い戦いを終えたかの様に握手を交わす二人。
どうやら勝負は終わったらしく。結果は引き分けらしい。
ここまで人を着せ替え人形にしたのだから、せめて勝敗は付けてほしいのが本音だけど、反撃を喰らいそうなので我慢する。
僕の服は上下合わせて6セット。計12着の服を購入するらしい。
……僕が決めてないから、どれを買うのかは知らないけど。
「それじゃあ颯ちゃんの分はこれぐらいでいいして。前に注文した品は出来てるかな?」
僕の以外にも真奈ちゃんは何かしら頼んでいたらしく。
「出来てるわよ」とオカマエルフは店の奥から巨大な手提げの紙袋を4つ運んでくる。
「前に魔王ちゃんがデザインしてくれた服をそのまま再現したけど。本当にこんなんでよかったのかしら?」
「魔王の私がデザインしたのをこんなのって言われたくないな……。うん。これこれありがとうバールバ」
紙袋から取り出された透明袋で包装された服を確認して悦を浮かばす真奈ちゃん。
今更だけど、オカマエルフの名前はバールバって言うらしい。
さっきから流していたけど、真奈ちゃんに対して魔王ちゃんって凄くなれなれしいけど。
二人の口ぶりから昔からの馴染みらしく、|魔王《本人》は気にしてない様子だから口出しはしない。
真奈ちゃんは包装された透明袋を破って、垂らして広げると。
フリルの付いた、白の水玉模様が載ったピンク色のパジャマが姿を現す。
それは幼稚園や小学生の低学年の女の子が着る様にデザインされた服を大人サイズまで引き伸ばした様な、子供っぽい服だった。
「前に学校の人が見せてくれたファッション雑誌の記事に載っていた服なんだけど、サイズを見たら私が着れるサイズがなくてね。どうしても欲しかったからバールバに頼んで正解だったよ!」
多分だけど、それはその人が見せようとした記事じゃないと思うよ?
多分それ、キッズ服が載ったページを見ているよ!?
「相変わらず魔王ちゃんの趣味も大概よね。前に頼んだ服も、クマ耳が付いたフードのパジャマだったし。その前はカエルだったかしら? その前は服の真ん中にドドンとネコの顔をプリントした服を作らされたわね。人の服選びはまともなのに、なんで自分のになるとこうなるのかしら? ホント、幼稚よね」
「幼稚って言わないでよ! 可愛いじゃん!? なんで誰も私の趣味を理解してくれないの!? ホロウに至っては、ベットにぬいぐるみを置いてたら魔王の威厳がなくなるって言ってクローゼットに毎度しまうし、なんで!?」
自室にぬいぐるみの一つもなかったのはそれが理由か……。
まあ、確かにぬいぐるみが散乱する魔王の部屋って……。
「颯ちゃんは、高校生の歳になっても幼稚趣味っておかしくないよね、ね!?」
目尻に涙を溜めて吐息がかかる距離まで顔を詰め寄られる。
僕は別に馬鹿にはしないけど、あの寛容なホロウさんがそこまでするからには、相当度が過ぎているのだろう。
顔を近づけて僕の返答を待つ真奈ちゃんに、僕は苦笑いを浮かばして顔を逸らすと。
「やっぱり颯ちゃんも可笑しいって思ってるんだ!? もう怒った! 今度ある魔界規定改正会で『魔界民
幼稚趣味笑う者。禁固15年の罰に処す』って規定作ってやるからね!」
「そんな完全に私利私欲な理由で魔界の規定を変えないでよ! 大丈夫! いつの日か真奈ちゃんの趣味を分かり合える人が絶対に現れるから! 後、それだけで禁固15年は流石に暴動が起きるから!」
学校での清廉潔白で、お淑やかで、シャボン玉の様な儚げな笑みを浮かばす真奈ちゃん像が瓦解する。
魔王としての真奈ちゃんは駄々をこねる子供だ。
僕が自暴自棄になる真奈ちゃんを必死に宥めてる中。
「それじゃあ、そろそろ会計行くわね。坊やの服が12点で5万6200マナ。魔王ちゃんのオーダーメイドの服が34点で38万2200マナで。合計で43万8400マナね。坊やと魔王ちゃんのは合わせて会計していいのよね?」
と、我関せずで会計を進めるバールバさん。
自暴自棄気味になっていた真奈ちゃんは我に帰り、少し頬と耳を赤くしてコクンと頷き、懐から長財布を取り出す。
「……44万マナでお願い……」
「それじゃあ、おつりは1600マナね。毎度ありがとね。これからもご贔屓に」
と営業スマイルを浮かばすバールバさんは小さくしっしっと僕達を追い払う。
よくよく見れば、バールバさんの店には他の客がおり、全員がこちらに痛い視線を送っている。
多分、このまま真奈ちゃんに暴れられると営業妨害になるからさっさと出て行ってほしいのだろう。
……って、事の原因の一端はバールバさんにもあると思うんだけど!?
後真奈ちゃん服買ってくれてありがとうね! 今度絶対に返すから!
店で買い物を済ませた僕達は、僕が自分のと真奈ちゃんの服が入った紙袋を手に店を出た。