魔王らしからぬ魔王
「そう言えば、魔界でのお金の単位って『マナ』って言うんだね? これは昔からなの?」
店を出て大通りを歩く中、僕がそんな事を真奈ちゃんに聞く。
「魔界通貨の単位は、その時の魔王の名前から取られるんだ。次の魔王が即位した時、魔界全体で古いのは回収して、同じ額のお金を支給する。父の時の単位は『エル』だったけど、ここ最近でやっとフル稼働してくれたらしくてね。変更当時はあれほど大変だとは思わなかったよ」
自己完結してうんうんと頷く真奈ちゃん。
日本も昔からちょくちょくお金の単位は変わってたけど、最近は全く変わってない。
どれくらいの間隔で魔王が交代されるのかは知らないけど、即位する度にお金が変わるのは大変そうだ。
僕達が大通りを歩いていると、甲高い声が響く。
「あぁー! 魔王様だ! こんにちわぁー!」
「「「「こんにちわぁー!」」」」
最初の一人に続いて子供の甲高い声が重なりキーンと耳に響く。
キャッキャッとこちらに近づいて来る子供の集団。
エルフに獣人にリザードマン……etc.。
多くの種族の子供達が仲良く笑顔で真奈ちゃんを囲む。
「ねぇねぇ魔王様! 私ね、学校のテストで百点取ったんだよ!」
「俺なんて、かけっこで一番取ったんだぜ!」
「そうなの? 凄いね君たち! 偉い偉い」
笑顔で報告する子供達に屈んで優しく子供の頭を撫でる真奈ちゃん。
撫でられるのが気持ちいいのか、目を細めて嬉しそうにする子供の表情を見て、僕も思わず口元が緩む。
他の子供達も真奈ちゃんに褒めてもらおうと、私も僕もと四方から言葉が飛び交い、真奈ちゃんの手が追いつかないでいる。
と、一人のキツネ耳を生やす獣人の少女が僕の存在に気づいて指をさす。
「にんげん……さん?」
と少女が呟くと他の子供達も僕に視線を集め、
「あぁー! 本当だ人間だ! なんで下等生物のお前がここにいるんだぐふっ!」
とリザードマンの子供がいきり立って僕に食って掛かろうとしたところを、硬そうな頭部の鱗にも響く真奈ちゃんの拳骨が飛んだ。
頭を押さえて蹲るリザードマンの子供の肩を掴んで、少し怒った表情で真奈ちゃんは言う。
「ねえ、学校で習わなかった? 少なくとも私はいつも演説で言っているけど。人間だからって相手を毛嫌いしない。人間だろうと魔族だろうと同じ血を通わす者同士だから、相手を差別してはいけないって。確かに|魔界《ここ》にいれば人間と会う機会は極稀だと思うけど。だからってその教えは心に秘めといてね」
最初は怒った表情だったけど、言葉が進むにつれて優しくなり、諭すように言った真奈ちゃんは、自分が殴ったリザードマンの頭を優しく撫で微笑む。
真奈ちゃんに説教されたリザードマンは涙目だったけど、最後にはうんと力強く笑顔で頷いた。
僕は歳と変わらないけど、やはり魔族を統べるだけあって気持ちは強い。
真奈ちゃんを関心していると、クイクイと僕の手に持つ紙袋を誰かに引かれる。
さきほどのキツネ耳を生やした獣人の少女が、指を食わせて紙袋を引っ張っていた。
「ねえ人間さん。この袋に入っているのはなぁに?」
そんな事を聞いてきて、僕が答えようとする前に、獣人の少女は紙袋に手を突っ込みガサガサと漁る。
「あ、ちょっと勝手に!」
僕が漁るのを止めさせようとするが、獣人の少女は何かを掴んだ様に紙袋から物を取り出した。
「あぁー! お洋服だ! かわいいッ!」
目を輝かせて取り出した真奈ちゃんが購入した服を見る獣人の少女。
取り出した服はやはり子供服を大人サイズまで大きくした服だった。
それを真奈ちゃんに見せ、
「ねえ。このお洋服は魔王様の?」
訝し気な表情で首を傾げる獣人の少女に、クスリと笑う真奈ちゃんが言う。
「そうだ――――」
「んなわけないじゃん! 俺達の王様が、そんなガキっちょい服を着るかよ! 少し頭を使って言えよ馬鹿!」
前に、エルフの少年が叫びたてた。
真奈ちゃんは唇を噛み口を閉じている……。
エルフの少年に頭を使えよと馬鹿にされた獣人の少女は、
「なによ! 馬鹿って言った方が馬鹿だもん! それに、魔王様が持っていたからそう思ったんだもん!」
「崇高で気高い魔王様がそんな服を持っているわけがないだろ。それは多分、頭のいかれた奴に頼まれて、心優しい魔王様はそれを嫌と言わずに引き受けたに違いないだろ」
おいおい君。その崇高で気高い頭のいかれた魔王様が唇から血を流す程に震えてるぞ?
「それになんだレナ。お前はもう12歳にもなるのに、まだそんなガキっぽい服を着ているのか?」
「き、着てないし! 私だってもう12歳なんだから、とっくに卒業しているよ! もう大人だからね!」
あ、ヤバい……。真奈ちゃんの目から光が失い始めた。
なにやらぶつぶつ言ってるけど、怖くて聞きたくない……。
「これは魔王様が頼まれて買った物なんだよな、な、な!?」
エルフの少年は真奈ちゃんに振り、キラキラとした目で真奈ちゃんの返事を待つ。
突然に振られてビクッと体を震わす真奈ちゃんは、死んだ魚の様な目で言った。
「ウン……。ソウダヨ。ソレハブカノヒトカラタノマレタモノナンダヨネ」
「だよなだよな! 魔王様がこんな服着るわけがないよな! こんな子供っぽい服なんて」
「ソウダヨ……。コンナ……こんな子供っぽい……服を……魔王の私が着るわけないよ!」
ハハハッ! と笑い合う真奈ちゃんと少年。
不思議と真奈ちゃんから生気が感じられない。笑いも中身のない空元気だ。目尻に涙が光って見える。
真奈ちゃん……。真奈ちゃんは少年の夢を守った偉い人だよ! 心の底から尊敬する!
「けど……この服って凄くスタイルが良い人が着る感じだけど……。魔王城の人でこれだけのスタイルの人っていたかな?」
「うわっ! 本当だ! 見た目はガキっぽいけど胸の部分とかデケェ!?」
いつの間にか包装をしていた透明袋を破り、服に手を突っ込んでいた少年少女たち。
服を見ただけでその服の持ち主のスタイルが分かるって凄いな。
「これ誰が着るんだろう……。このサイズに合うのって、やっぱり魔王様じゃないのかな?」
「馬鹿ッ! だから|違《ちげ》えって言ってるだろ! 魔王様はこんな服は着ない。何度言わせれば気が済むんだよあんぽんたん!」
なにおー!と獣人の少女がエルフの少年に掴みかかるとはよそに。
涙目で、顔を真っ赤に染めて、プルプルと震える真奈ちゃん。
「なら誰が……私、魔王城の人でこんなスタイルの良い人って、あの人しか知らないんだけど……」
「あの人って誰?」
「ほら、あの人だよ。あのサキュバスお姉ちゃん」
「あぁー! あのエロイ姉ちゃんか! けど、あのエロイ姉ちゃんがこれを着るか? あの大人の色気を出すエロエロな姉ちゃんが、こんなガキっぽい服を」
グサッ! と刃が胸を穿いた様に前のめりに崩れる真奈ちゃん。
子供の言葉って、どんな物よりも鋭いよね……。
「けど案外。本当にあの姉ちゃんが着ていたりしてな。あの姉ちゃんって、魔王城では相当問題児らしいし。頭がいかれて着てたりして」
おっと……。
次は問題児扱いしている人と、誤解されているとはいえ同列扱いされて、手で顔を覆う真奈ちゃん。
……君たち。そろそろ許してあげて。真奈ちゃんの精神がどんどん擦り減っているから。
羞恥を煽られ、顔を真っ赤に染めて手で顔を覆う真奈ちゃんに、ニヤリと子供達が悪戯笑顔を浮かばせ。
「――――それじゃあ、魔王様をからかうのはここまでにして、そろそろ行くか!」
「そうだね! 魔王様。私は魔王様がどんな子供っぽい服を着ていても、魔界で一番に尊敬できる人だってのは変わらないから安心して!」
……あれ? なんだか子供達がとんでもない爆弾発言をしたような……。
ドッと笑いだす子供達。僕はんん? と今でも状況が呑み込めない。
いち早く状況を呑み込めた真奈ちゃんはプルプル震えをピタッと止め、
「…………ねえ。もしかしてだけど……この服が私のだって、皆知っていたのかな?」
「うん! 知ってたぜ! だって魔王様は月一回アニキの店に出向ていること知ってるし。魔王様がなにを買ったかなんて、直ぐに街中に広まるぜ!」
確かに。高貴な人が店で何かを購入すれば、その後噂は広まるだろう。
それがどんな店でどんな物を買ったとしても。噂って広まるの早いからね。
後、このエルフの少年はあのオカマエルフのバールバさんの弟だったんだ。
子供達は悪戯心での行動だと思うけど、それが真奈ちゃんの逆鱗に触れたらしい。
次は羞恥で震えているのではなく、憤怒で体を震え始めた。
「よーし。みんなー。今から私と遊ぼうか。
「おっ。来るか! よし! 今回は絶対に逃げ切ってやるからな! お前らも絶対に逃げ切れよ!」
おぉー! と拳を突き立てる子供達。気合は十分だ。
って、いつも通りとか今回はって……。
いつもこんな感じで真奈ちゃんを怒らして鬼ごっこをしているのか悪ガキども……。
「おい人間! お前がスタートの合図を出せ!」
エルフの少年に指をさされた僕はやれやれと肩を竦めて手を挙げる。
「よーい、スタート」
気怠い声音で合図を出すと、子供達は蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。
その表情は喜々とした子供の笑顔で楽しそうだ……この瞬間までは。
「待ちなさぃいいいいいいいい!」
――――大人気ってなんだっけ?
僕は心の中で議論を開く。
鬼の形相ならぬ、魔王の形相を浮かばす真奈ちゃんは、目にも止まらぬ速さで地面を蹴り、子供達を追う。
子供達が逃げ出してから数十メートルの地点だけど、ここからでも子供達の顔から色が失うのが分かった。
また一人、また一人と子供達を捕まえて行く真奈ちゃん。
子供の数は十人はいたのだが、瞬く間に捕まり、最後の一番気合が入っていたエルフの少年が捕まる。
……流石にそれは……大人げない……否。魔王気ないよ真奈ちゃん……。
そんな寒い事を思っていると、大通りに10発の鈍い音が響き渡る。
「それじゃあ魔王様! これからも仕事頑張ってくれよ! 後、幼稚趣味は程々にな!」
「まだいうか悪ガキ! 今度言ったらもっとキツイ一撃与えるよ!?」
最後まで真奈ちゃんを揶揄しながら、たんこぶを頭に生やす子供達は笑顔で去って行く。
怒りながらも姿が見えなくなるまで手を振った真奈ちゃんはたくぅと嘆息して腰に手を当てる。
「それにしても、あらためて思うけど。真奈ちゃんって魔王っぽくないよね?」
「なに? 今度は颯ちゃんが私を弄るきなのかな? 颯ちゃんには拳骨だけじゃなくて、頭突きもオプションで付いてくるけどいいかな?」
これ程いらないオプションは聞いた事がない。僕がドMならともかく。
「別にそういっているわけじゃないよ。ただ……僕が思っていた魔王像と、目の前にいる本物の魔王があまりにもかけ離れていて困惑しているだけ」
「……その颯ちゃんが思う魔王像と私ってどう違うのか説明できる?」
特に怒っているわけでもないが、どこか儚げに聞く真奈ちゃんに僕は頷く。
「僕がここに来る前に抱いていた魔王ってのは、真奈ちゃんには悪いと思うけど。人をゴミの様に思う残虐性と、世界を支配を目論める程の狡猾さ。力で全てを屈服させ、それを統治する程のカリスマ性を持つ、ファンタジー世界での主人公の最強で最悪のライバルだと思っていたんだ」
「……最後のはともかく、今までの魔王の中にそんな人がいなかったわけじゃないけどね……。それで私は?」
「真奈ちゃんは、さっきも言ったけど僕が抱いていた魔王像とは全然違っていた。人をゴミの様に思う残虐性もなく、それはまるで子供を叱る母親の様に、頼れる姉の様な存在で。狡猾さを持っているかと思ったらどこか抜けていて、恥ずかしい思いをする。力で相手を屈服させるんじゃなくて、相手と同じ目線に立ち、相手の気持ちに直面して接する。正直、今の所は真奈ちゃんからは魔王としてのカリスマ性は感じないかな。だって子供達にも馬鹿にされてるし」
「……うるさいよ」
真奈ちゃんがコツンと僕の頭を叩くも全然痛くなかった。
頬を赤くして口をぐもぐもさせる真奈ちゃんに僕は言葉を続ける。
「最初は本当に驚いたよ。魔界にこれた以上に、真奈ちゃんの色々な一面が見れた事を。僕が学校で見て来たモノがほんの僅かな真奈ちゃんの顔だったんだと知れて悔しかった……そして知れた事が嬉しかった」
学校では誰かも頼られる憧れの存在の真奈ちゃん。
だけど、魔王としての真奈ちゃんは皆から慕われ頼られ、そして真奈ちゃんも皆に頼っている。
「……それで。そんな私の知られざる一面が見れて、失望した?」
「全然。失望どころか増々好きになったよ」
自分で言って顔を赤くする僕。真奈ちゃんも直球に言われて恥ずかしそうに僕から目を逸らす。
人間と魔族。
種族は違い。相手の正体が分かっても種族関係なく接してられる。
そして僕と真奈ちゃんは主君と側近。彼氏彼女の恋人でもある。
だから言ってほしい。我儘であるけど、真奈ちゃんの全てを。
あの真奈ちゃんの部屋にあった日記に書かれたことを。
どんな気持ちであれを書いたのか。
あれを書かざるえなくなった真奈ちゃんの心境を。
どうしてそれが起こったのかを。
けど……もし聞いたとして、僕は今まで通りに真奈ちゃんの事を好きでいられるのか、不安でもあった。