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自室にて勉強


「――――――――――ちゃん!」

「ほげぇ~」

「――――――――うちゃん!」

「ふにゃ~」

「―――――颯ちゃん! 話聞いてるの!?」

 バンと机を強く叩かれ僕はハッと我に返る。
 机を転がる鉛筆を落ちる寸前にキャッチして、オロオロと周りを見渡すと僕の横には真奈ちゃんがいた。

「あ、あれ……真奈ちゃん……? ここはどこ? なんで真奈ちゃんがここに……」

「なに軽い記憶障害を起こしているのかな? ここは颯ちゃんの部屋で、私は颯ちゃんに魔界の文字を教示するためにここにいるんでしょ? なんか仕事中から上の空だったらしいけど、仕事で疲れたんだったら今日はこれぐらいにする?」

「い、いや、ごめん。このまま勉強を続けて」

 気づいた時には時間は過ぎ、いつの間にやら夜になっていたらしい。
 そして、僕が現在いる場所は僕の部屋である魔王城地下の独房。
 机上の燭台に刺さる蝋燭の光が淡く照らす部屋で、僕と真奈ちゃんは二人きりで、真奈ちゃんの指導の許、今魔界の文字を教えてもらっているらしい。
 真奈ちゃんの部屋で日記を見た後の記憶が曖昧で、その後どう過ごしたのか覚えてない。

 僕の不真面目な態度を見て、真奈ちゃんは深い息を鼻で吐くと、教科書らしき本の中央を指で挟んで持ちあげ勉強を再開するのだが、

「真奈ちゃん……その教科書はなに? 見た感じ学校の教科書じゃないけど?」

「……やっぱり全然勉強に集中してなかったんだね……まあ、始まって5分も経ってないから、別にいいけど……」

 ホント、申し訳ないです……。
 漫画の様にガクッとこけた真奈ちゃんは気を取り直して、一から説明を入れてくれた。

「これは魔界の文字の意味が記された本で、一般的に主流になっている文字なら全部これに書かれているんだ。颯ちゃんにはこれを貸すから、文字の解読と、書ける様に何度も練習して」

 そう言って真奈ちゃんは魔界文字の教科書、後、それとは違うピンクのノートも渡す。

「それと並行しながら、魔界の情勢や種族、歴史も教えていくからね。これはその教科書」

 真奈ちゃんが差し出すピンクのノートを受け取り、開いて中を見る。
 中を見て、あれ? と首を傾げる僕。

「これって……日本語……だよね? 『魔界歴○△×年8月11日。アルドレッド伯爵とビルバール伯爵の|東地区《イーストエリア》シュリルベーンの領地問題にて紛争が勃発する。これにより両家の兵のみならず、争いに無関係な住民も多大な被害が遭い、魔王軍はそれを直ぐに鎮静させる。この紛争を教訓に争いに対しての法を強化、未然に争いを防ぐために各地に魔王軍の支部を建設、これ以上の争いによる被害を無くさねばならない』……てか、この字って……」

 僕は日本語で書かれた魔界の歴史を朗読した後、文字のタッチに見覚えがあり、真奈ちゃんへと目を向けとこくんと頷き。

「これは私が直筆した教科書で、元々は魔界文字で書かれたのをわざわざ日本語訳したんだ。魔界文字を覚えた後に歴史とかの勉強をしても効率が悪いし、文字を覚えるまでは日本語で書かれたこっちで勉強をしようね」

「使い慣れている日本語にしてくれるのはありがたいんだけど……昨日と今日でこれを……もしかして真奈ちゃんが仕事を溜め込んでいた理由って……」

「……うん、そうだよ。昨日の分の仕事をしようと昨晩机に向かってたんだけど、この事を思いついて昨晩はこれを作成するのに時間がかかって……今眠くて眠くて……」

 ふわぁとこれ見よがしに欠伸する真奈ちゃん。口端が少しだけ吊りあがっているのが気になるけど。
 僕の為に一生懸命作ってくれたことに感極まりかけ、

「ありがとう真奈ちゃん。その頑張りに答えて、僕も早く文字を覚えないといけないね」

「そう思うんだったら、真面目に勉強をする」

 呆れ口調でコツンと本の角で僕の頭を小突く。

「それじゃあ、手始めに文字の書き取りから、まずはその行の文字を一文字20回ずつ紙に書いて」

 真奈ちゃんに言われた通りに僕は魔界文字の教科書の一番上の一行から文字を書いていく。
 魔界文字は珍妙な形をしている。
 ミミズの様に波打つ文字に丸を書いたり、亀の甲羅の様な模様を描いたと思えば悪魔の翼を書いたり、杖からなんか電波の様なギザギザな絵を放ったりと……まるで子供のお絵かきみたいな文字を開発した人の顔が見たいよ。

「……颯ちゃんのその疑問に答えるけど、その文字を作ったの先代魔王。私の先祖だよ」

「うえ!? 僕口に出していた!?」

「……颯ちゃんって分かり易いよね。思っている事がザルに流れるくらいに表情に出るから」

 今度からポーカーフェイスを鍛えよう……と、そんな事よりも、

「この文字一つ一つに意味があるのかな?」

「違うよ。一つの文字では意味を成さず、色々な文字を組み合わせる事でやっと意味を表すんだ」

 なるほど。つまりAやBなどのアルファベットだけを覚えては意味がない。それらを組み合わせてやっとで一つの英単語が表れるみたいなやつか……。
 魔界文字自体は24種類。それらを組み合わせ方を覚えるのが難題かもな……。

 そうこうしていると、僕は一通り全ての魔界文字を20回ずつ書き記して、紙一面は文字で染まる。

「文字の書くのは今度から反復練習して、次は文字の組み合わせの方の覚えてもらうよ。次のページに簡単な挨拶文が書いたのがあるから、それをさっきみたいに各10回ずつ書いてみて」

 次は単語を書き始める僕だが、挨拶の単語の二文字目を書こうとした時、真奈ちゃんに止められる。

「ちょっと待って、ここ間違ってるよ」

 真奈ちゃんが指差す文字。それは鳥の様な獣の様な文字の足の部分。
 
「ここは跳ねないよ。跳ねずに真っ直ぐね。これだと文字が違ってくるから」

 確かに僕は線の足を書き終えた時に癖でか少しだけ跳ねている。
 そして、魔界の文字にも形の近い文字があり、この鳥の様で獣の様な文字に近い形がもう一つある。
 それが足の線が跳ねているか跳ねていないかの差だ。

「えぇ……これぐらいのミスぐらい大目にみても……。日本語のカタカナにだってツやシ、ソやンとかの形が近い文字があるけど、どう書いても大体分かるじゃん?」

「それを今までし続けた颯ちゃんの感性を疑うよ……。けど駄目だよ。このまま単語を完成させると、「おはよう」から「お前を殺す」になるんだから。完全に相手に対して宣戦布告になるよ?」

「たった一文字の跳ねるか跳ねないかの差でなんで挨拶から物騒な言葉になるの!? 怖いよ! 魔界文字怖いよ!」

「そうだよ、たった一文字でも違えば意味が大分違くなるんだから、キッチリ綺麗に書かないとね。そういうわけで、追加としてこのページ全部の文字各30回ずつ書いてね」

 うげぇ……と露骨に嫌な顔をする僕だが渋々と言われた通りに書く。
 半ば嫌々ながら紙に魔界単語を書く僕に、自室から持って来たと思われる書物を読みながら真奈ちゃんが声をかける。

「颯ちゃんってさ、明日は何か用事とかあるの? キョウが明日はなにをする的なこと言われた?」

「え、あぁ、特に覚えてる限りでは明日は特にすることはないと思うな……覚えてないけど」

 正直午後の記憶が曖昧な僕は答えが出なかった。
 なんとも複雑そうな表情を浮かばす真奈ちゃんは、頬を掻きながら言う。

「後で私からキョウに明日のスケジュールとかを聞くとして。もし明日空いてるなら、私と一緒に城下町に行かない?」

「城下町? って、あの魔王城が建つ丘の下にある街のことだよね? なんで?」

 僕は書く鉛筆を止めて返すと、無言で続きを促す真奈ちゃんの目で再び手を動かす。

「私は定期的に市中見回りする事にしてるんだ、月1程度の間隔でね。明日が丁度その一ヵ月が経つし。後、颯ちゃんの買い物とかもしないといけないからね」

「僕の買い物? なにを?」

 僕の質問に真奈ちゃんは僕が着る服を指差し。

「服。颯ちゃんの手持ちの服って今着てる制服だけでしょ? 他にも後何着か着替えがないと困るから、明日城下町の服屋で購入をしよ」

「え、別にいいよ……。この服も昨日僕が風呂に入っている短時間で洗濯されてたようだし、臭いは大丈夫だと……」

「……颯ちゃん。颯ちゃんがよくても周りが嫌なの。不潔っていうか、私も全力で引くぐらいに嫌なんだけど」

 うわっお。ゴミを見る様な冷徹な目が僕を貫く。
 
「わ、分かったよ。け、けど一々買わなくても、明後日には学校に行くんだし、その帰りに家に取りに帰ればいいんだし。魔界の服を買わなくてもいいんじゃないかな」

 僕が言うと、チッチッと指を振る真奈ちゃん。

「魔界の服を舐めちゃ困るよ。魔界で売られる服には裁縫一つ一つが術式を組んで、編み終えた服にはそれぞれ多彩な効果が付くんだよ。例えば防御力アップとか、素早さアップ、魔法力増大など。着ているだけで十分に役に立つものばかりなんだから」

「ふーん。じゃあ……いいや」

 えぇえ!?と僕の返答が予想外だったのか驚きの声をあげる真奈ちゃん。
 ……だってさ。

「それを聞いてファンタジー感溢れてて心躍りそうになるのは確かだよ。けど、僕は魔法は扱えないし、闘うこともあるかも分からない。着たとしてもガッカリ感が増すだけだよ……」

 うぐっと口を詰まらす真奈ちゃんだが、取り繕う様に僕に言う。

「け、けど、ほら。買い物をしなくたって街中探索として街を案内も出来るし。じょ、城下町には美味しい魔界料理の名店だってあるから、お昼はそこで食事を……颯ちゃんにも来てほしい場所もあるし」

「来てほしい場所、ってどこ?」

「うーん。それは行ってからのお楽しみかな?」

「じゃあいいや」

「お願いだから一緒に行こうよ! 先にそれを言ったら色々と台無しというか意味を成さなくなるんだよ! 私の側近なんだから素直に頷けバカー!」

 なんでか食い下がらない真奈ちゃんに気づかれない様に舌を出す僕。
 僕は最初から別に真奈ちゃんと市中見回りに行っていいと思っていた。
 けど、最初から行くと言ったら癪に思う僕。
 だって、付き合いだしての一ヵ月の間に、僕が何度も休日の買い物を誘っても断って来た真奈ちゃんだから、これは僕からの細やかな復讐だ。
 

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